少々短いですが投稿です。
元々は1話として書いていたのを長く感じたので、
2話に分割した次第です。
なのでストーリーとしてはあまり進みません。
プロローグはまだ続くんじゃよ。
2.
―*―*―*―
その病室を目指して走る。
途中で何人かの看護師さんに注意されたけど、構うものか。
ようやく、待ちわびたこの日が来たのだから。
今日に至るまでお行儀よくお座りして待っていたのだから、今日ぐらいはがっつかせて欲しい。
心のどこかにいる冷静な自分が、アッシがワンコになってどうすんの、と呆れているのがわかるが、そんなのどうだっていい。
今日、ようやく”彼”に会えるのだから。
「はいはいィ!ごめんなさいよォ~~~!!」
弱冠16歳の美少女がまっすぐにおろした髪とミニスカートをなびかせて病院の廊下を爆走する。
そんな私を見た廊下にたむろしていた患者たちやら老人たちやらが慌てて道を開けていく。ちょっと申し訳なく思ったけど、お説教は後で受けるから今は勘弁してほしい。
中にはスカートの中をどさくさに紛れて覗こうとした不埒者もいたようだが、なんてことはない。顔は覚えた。後日改めてこの病院に来る用事ができただけだ。
何も問題はない。
急げ。急げ。急げ。
直線、直角コーナー、階段、踊り場。
コースを突っ切ってただすら走る。
あの人の病室は、すぐそこだ。
目的の病室の外には京都大学の教授で、われらが形而上生物学研究室の先生である冬月コウゾウ先生がベンチに座っていた。相変わらず、のりがきいた渋くてかっちりとしたスーツを着こなしている。
そんな先生は廊下を全力疾走してきた私を見て、ギョッとした表情をしていた。普段そんなに表情を変えない先生にしてはとても珍しいなと、ゼェゼェと息を整え、今生もあの人からもらった赤縁のメガネをかけ直しながら思った。
「マリ君、もう少しお淑やかに来られないのかね。」
「にゃはは…、つい張り切っちゃいまして。」
「…まぁいい、看護婦長からのお説教は責任をもって聞き給えよ。」
「うへぇい。それよりも先生。ユイさんは?ゲンドウ君は病室の中ですか?」
「あぁ、つい先ほどこの病室に母子ともども戻ったようでな。碇も中にいるよ。」
「そう…ですか。楽しみですね。ユイさんのお子さんの顔を見るの。」
「近頃はずっとそれに固執していたな。そんなに気になるかね。」
「えぇ。なにせ、ユイさんのお子さんですから。」
最近名字が変わったユイさんが出産を終えたと連絡されたのが一週間と少し前。
本音を言うならその時点でユイさんのところにすっ飛んでいきたかったものの、母子ともに産後の疲労が著しいとのことで、今の今まで訪問できなかったのだ。
そして、ユイさんと彼の状態を診て、それが本日面会が解禁されたのだった。
お預けを食らったことを踏まえても、今先生に言ったことは半分嘘で半分ホント。その時を楽しみにしているのは「敬愛しているユイさんの子供」だからではなく、「ユイさんの子供が誰なのかを知っている」からだけど。まぁ、この程度の言葉遊びなんて、この人の前じゃ意味ないかもだけどね。
「ならば、そういうことにしておいてやろう。」
訝しむような顔であたしにそう言う先生。
ほらやっぱり。この人の感のよさにはいつまでたっても敵いそうにない。
冷や汗をかきながら心の中でそうぼやく。
ふいにガララ、と病室の戸が開く音。
先生と私が揃ってそちらに目を向ける。
主治医と思しき中年の女性医師を送り出すようにして、その男はいた。
白いよれよれのYシャツと着古したジーンズ、ボサボサ髪と無精ひげ、黒縁のメガネをかけた目つきの悪い身長の高い男が一人。
この一見するとヤの付く人に見える男こそが、このマリさんが愛してやまない綾波ユイこと、碇ユイを射とめた憎いあンちくしょう、碇ゲンドウ君である。
「なんだ真希波、俺の顔に何かついているのか?」
「ぶぇっつにー、今日も不健康そうな顔色してんにゃー、て思っただけ~。」
「余計なお世話だ。」
「碇、細君の体調はいかがかね。」
「母子ともども経過は良好だそうです。今は室内で二人とも安静にしています。ご心配をおかけしました、冬月先生。」
「いや、無事ならばそれでいい。中に入っても?」
「えぇ、どうぞ。妻も喜びます。」
慣れた様子でヤっさんモドキと会話する先生。
ついでにとばかりに私も室内に押しかける。ゲンドウ君に睨まれたけどそんなのどこ吹く風だ。この程度のじゃれあいは日常茶飯事。
あぁ、ようやく会えるね。
「失礼。」
「おっ邪魔っしま~す!」
「いらっしゃい、マリ。先生もわざわざありがとうございます。」
「いやなに、無事に出産を終えられたようで良かったよ。ユイ君。」
その人は個室病室の窓際に配置されたベッドに、上半身を起こしてこちらを優しく見つめていた。
落ち着いた、それでいてとても母性を感じさせる声。茶髪のちょっと長めのショートヘア。人懐っこい印象を抱かせる目。前と変わらない憧れの人。私の大好きな人。
そして、その腕に抱かれているのは——。
「ねぇ、ユイさん。この子が?」
「えぇ、そうよ。私と、あの人の子。」
後ろで、ゲンドウ君が身動ぎしているのが気配でわかる。
ふふん、照れておる、照れておる。
よいよい、もっともっと照れて、体中が痒くなるがいい。
「ねぇ、マリ。この子を抱いてくれる?」
「え?いいんですか?こういうのって普通、父親が先なんじゃ。」
「さっき、抱いてもらおうとしたんだけど、この子ったら大泣きしちゃって。」
「oh…。」
チラッと後ろを見てみる。ゲンドウ君はそっぽを向いて窓の外を見ていた。存外、息子から受けた心理的ダメージが大きいらしい。だけどまぁ、もとより抱かせてもらおうと思ってたし、結果オーライか。
“彼”に言ってあげたい言葉もあることだし。
「じゃ、お言葉に甘えて。」
「えぇ、そっとね。」
ユイさんから“彼”を抱かせてもらう。
今までおくるみに隠れていた顔を拝見する。黒曜のように艶のある黒色の瞳と目があった。
“彼”は暫く私を不思議そうに見つめていたけど、やがてニッコリと満面の笑みを浮かべて、紅葉のようなその両手をパタパタと振った。上機嫌だねぇ。
私もそれにつられて微笑みを浮かべる。
うん、変わらないね。君は。
さて、今の今までお蔵に仕舞ってた言葉をかけてあげるとしましょうかね。
あ、でもその前に、聞かなきゃいけないことを聞いておかないと。
「ねぇ、ユイさん、この子の名前は?」
「シンジだ。」
「フニャッ!?」
いつの間にか私の背後まで来ていたゲンドウ君がぶっきらぼうに答えた。
びっくりした。
いきなり背後から話しかけんなという意味を込めてフシャーッと威嚇する。
どうやら息子の笑った顔を見に来たらしい。
…私が聞いたのはユイさんなんだけど。
「碇シンジ。俺が名付けた。」
「ふふ、そうね。いい名前をありがとう、あなた。」
威嚇する私をよそに、人目を憚らず私たちの目の前でイチャつきだすカップル。
だけど、そこには確かな絆があって、繋がりで結ばれていて。
そしてその証である“彼”が産まれた。
とてもお似合いだと感じた。
病室の戸口付近をちらりと見ると、冬月先生がまるでまぶしいものを見るかのように私たちを見ていた。
教え子たちを見る目じゃなくて、なんだか娘夫婦の様子を見に来たおじいちゃんみたいな感じ。
この感じが、ホントに、本当に酷く懐かしい。
懐かしくて、暖かくて、視界がぼやけそうじゃないの。
シンジ君、君がこの景色を護って、そして繋いでくれたんだよ。
「ふーん、シンジ…、シンジ君かぁ。」
初耳の振りをする。流石に初耳のはずの名前を知っていたと知られるのはまずいからね。
でもまぁ、これで君にようやくこの言葉を贈れるね。
「初めまして。これからよろしくね、シンジ君」
そして———。
おかえりなさい。シンジ君。
2.fin
今作のシンジ君とマリは宇部新川駅からOneLastKissしません。
両者ともに元の世界と似ているどこか別の世界に流れ着きました。
彼らの物語がどうなるかはこうご期待、ということで。