2話に分割しようとも思ったんですが、
いい加減プロローグから話を進めたかったのでこのまま投稿します。
長いけど許して。
3.
―*―*―*―
シトシト。ポツポツ。
雨が暗い研究室の窓をたたく。
周りが暗くなってきたことで、手元にある卓上ライトの明かりが目に刺さるような眩しさ
に感じる。
ふと、手元にあるそこそこ分厚い資料から視線を外し、デスクのデジタル置き時計を見る。
19時。
資料に目を通し始めてからおおよそ2時間半。小難しい単語の羅列の一つ一つを嚙み砕きながら内容を頭に入れていく作業で疲れ果てるには十分すぎる時間だった。
「ふぃ~…、ちかれたー…。」
ずれた赤縁のメガネを直して「ん~」と大きく伸び、凝り固まった肩やら首をほぐす。
周りを見ても誰もいない。
ちょっと前まではゲンドウ君あたりがいつも残っていた時間帯だが、妻子ができてからは定時帰りというものを学んだらしい。
研究室で寝泊まり三昧が当たり前の不健康な生活してたくせに。
博士号を取得して助教となった今、ちゃんと大学の就労ガイドラインに則った健全な研究活動をしているようだった。
ゲンドウ君に次いで研究の虫だったユイさんも育児で忙しいみたいで、最近はなかなか研究室に顔を出せられていない。
冬月先生も出張で先日から留守にしているため、遅くまで残る人間が私しかいなかったのだろう。
静まり返った薄暗い研究室。
これで想い人を連れ込んで2人きりになれば、即座に組んで解れての運動会なことができるわけだが、今は生憎の一人。
…一人ねぇ。
「もう16年か…」
私がこの世界で真希波・マリ・イラストリアスというヒトとしての生を受けてから流れた時間。
ただ一人だけ、元の世界の記憶を保持したまま生きた時間。
前世と同じく飛び級で京都大学に入学して、見覚えのある懐かしい人たちと再び出会って、彼らと一緒に平穏を享受してきた時間。
そして、愛しのシンジ君に再会するまでにかかった時間。
彼にも会えず、ユイさんたちとまた出会うまでの間は、さみしくはあったけど、不思議と怖くはなかった。
シンジ君がつないでくれた絆。
私の、そしておそらくはシンジ君も一緒に願って、ついに叶えてくれたその願い。
それを感じ取ることができたから。
だから、今は会えずともいつかきっと出会える。そう思えたのだ。
そして、その念願が叶ったのが3カ月前。
シンジ君も覚えてたりするのかな。
あの世界での日々とその悲劇、そしてそこで起きた奇跡を。
もしそうなら、嬉しい。
なんてったって、文字通りの世界で二人だけの秘密だからね、これ。
もーたまんないっスわ。
ロマンチックというか、少女漫画チックというか。
なんか乙女拗らせてたであろう姫が今のアッシの立ち位置だったらたまんないシチュなんじゃない?
(妄想)
「これ知ってんの、私とアンタだけなんだから。誰にも言うんじゃないわよ、
バカシンジ…(顔真っ赤)」
うん、死ねる。
これ聞けたら我が生涯に一片の悔いもない感じで逝けりゅ。
いやぁ考えただけでこの若返ったマリさんの無尽蔵な性欲がガンガン刺激されるわけですよ。なんならもうすぐにワンコ君に襲い掛かりに……は論外か。むむぅ、このリビドーをどうやって発散したものか。あぁーもうこんな時にどぉこに行っちゃったのさ姫ぇー。姫とイチャイチャしたいー、姫をからかったりぃ、ハグして姫の匂いをクンカクンカしたいー。なんなら姫もろともワンコ君と”仲良し”したいよぉ…!!
顔を上気させて自分の体を抱きながら床でゴロゴロと悶える
吐息をハアハアさせて、ときどきビクンッビクンッと痙攣している。
もしここにアスカ本人がいてこれを見たのなら、さぞ生ゴミを見るような眼差しを向けたことだろう。
十数分後。
ムラムラを解消した私はいそいそと帰宅の準備をしていた。
興奮状態からふと我に返った時の虚しさはかなり心に来るものがあったとだけ言っておこう。
とりあえず欲求不満を鎮静化させたところで、これから私が考えていかなければならないことについて思慮を深めるとする。
ハイ、そこ。どうせまたエロいこと妄想するんだろ、とか言わない。
マリさんだってたまにはシリアスにもなるのだ。
あの時、マイナス宇宙のあの浜辺で、シンジ君と私はガイウスの槍に宿る力と彼がユイさんから引き継いだ神の権能を行使して、この世界に漂着した。
エヴァンゲリオンが生み出されることのない世界。
それによる悲劇が引き起こされることのない世界。
けれど、本物の神様でさえ7日間かけてようやく創れるのが『世界』というもの。
「綻び」とかいう物騒なワードがでてきたが、今すぐ世界の崩壊につながるようなものじゃない。
要するにテーブルクロスを掛けた時にできた皺のようなものだ。
取るに足らないものだね。
それらはこの世界の住人達には認識できない、手のひら大の「空間の歪み」のようなものであったり、この世界の技術力では再現できないエヴァの残骸などの旧世界の遺物、巷じゃ先史文明が遺した「オーパーツ」やら「聖遺物」やらといわれているような残骸がアッシらと同じように漂着していたりなど、その形態は様々だけど。
…え、不穏な単語ばかりが出てきてる?ホントに大丈夫かって?
ダイジョブダイジョブ、“空間の歪み“自体はこのマリさんの、ワンコ君からいつのまにかおすそ分けされてた「謎のゴッドパワー(仮)」でもって触れれば何にもなかったように消える程度のもんだし。
それに、こっちに流れ着く漂着物だって大概その本来の力を失ってるものばかりだから。
今じゃあれらはガラクタも同然だからネ。
だと思いたい。
…そう思いたかった。
うん、うっかり失念してたんだ。何事にも例外があるってこと。
改めてデスクの上に置いた資料の表紙をみやる。それはつい最近発表された論文の資料だった。大雑把な内容を言うなら南極大陸の永久凍土から聖遺物が2つも発掘されたからいろいろ調べてみたよ~、だけど結局何も分かんなかったよ~、て内容。正直この程度の内容の論文なら、今時掃いて捨てるほど転がっているもんだ。普段なら気に留めることもなかっただろう。幸か不幸か、一緒に添付されていた聖遺物とやらの画像を見るまでは。
それらは一見槍のような見た目をしていた。
一つは二又の、螺旋を描くようにして捻じれた槍。
もう一つは碧玉が埋め込まれた、幅広の分厚い両刃の穂を持つ槍。
どちらも、血の色のような深紅の長槍。
氷河の中とはいえ長い年月眠っていたせいか、以前見た時よりも色がくすんでいたり、その大きさも天を衝くほどの巨大なそれではなく、せいぜい大人2人か3人分ほどの大きさでしかなかったりと、差異こそあるが。
それでも。
私にとっては、見覚えのありすぎる代物だった。
ロンギヌスの槍とカシウスの槍。
向こうの世界における人類補完計画の要であり、向こうのゲンドウ君が引き起こしたアディショナルインパクトによって消費されたはずの、神が造りしモノ。
なぜこれらが、この世界に流れ着いたのかはわからない。ひょっとしたら槍の残滓がここにたどり着いて、それが自己修復のような力によって元の形になったのか。
あるいは何者かによって復元、あるいは複製されたのか。
前者ならまだいい。もともと人外の手によって作られた
だが問題なのは後者。仮にも神造兵器に手を加えるなど、そんなことができる者は私が知る限りあの組織くらいしかない。
あの世界の裏で蠢いていた顔のない悪意。
余計なお世話な大義を掲げた、傍迷惑なシナリオメーカー。
あの老人たちがこの世界にもいるかもしれないと思うと気が気でないし、本当にいるとするならば今度はどんな悪だくみを考えていることやら。
不気味なのはどれだけ調べても奴らの影が一切見えないことだ。
このアタシが、ハッキングなり何なりあらゆる手を尽くして探しても奴らの存在する痕跡を見つけられないでいる。
学生の身分+αの領域の調査だからたかが知れてるかもだけどさ。
今のところ碇夫妻の背後にも奴らの影は見当たらないし。
なーんて、奴らがいるような前提で話してるけどここまで探して見つかんないんだったら、とりあえずは放置してもいいだろう。
あくまでいたらまずいよねって話だ。
いないならいないでぜーーーんぜん問題ない。
ちなみに以前、ゲンドウ君にそれとなーく鎌をかけてみたりもしたけど収穫は全くのゼロだったし。
その時の聞き方が悪かったのか、ゲンドウ君から痛いものを見る目で見られたけど。
なんでや。
さて、色々と思考を凝らしてはみたが、あくまでもこれは奴らがこの世界に存在したらの話。前にも言った通り、槍の残滓が自己再生した可能性もあるし(そもそもあの2本の槍が野ざらしで放っぽかれている時点で、誰かがあれを復元した可能性なんて低いもんだけど)、今はその可能性について議論する必要はない。
「ま、そうであっても、そうでなくても、このマリさんのすることは変わらにゃいけどねん。」
バッグを肩に掛けて研究室から出る。誰もいない、薄暗い廊下に私のヒールの足音が高く響く。
そう、変わらない。
変わらないんだ。昔も、今も。
あの子が、シンジ君が笑って生きていけるように。
その為に私は力を尽くすのだ。
向こう側のユイさんに、私はそう誓ったのだ。
さて、まずはあの槍どうしますかねぇ。
―*―*―*―
4年後——
——人工進化研究所
最先端の工学テクノロジーを応用し、人体機能を外付けデバイス及びインターフェースで拡張することで、工学的な観点から人類の進化にアプローチすることを目的とした国連所属の公開研究施設。
発表した論文で注目を浴びて出世したゲンドウ君が冬月ゼミの面々を先生ごと引き抜いて独立・設立したこの研究施設に、私は一研究員として所属していた。掲げているスローガンは実に胡散臭いが、薬物投与なんかの違法な人体実験なんてものは一切行っていない、あくまで義手義足やパワードスーツなどの工学デバイスによる人体機能の補完を主に研究する、いたってホワイトな研究機関である。
そんな研究所にて。赤みかかった金髪の少女と濡れ羽のような黒髪の少年が元気に駆け回っていた。
「シンジー!はやくきなさいよー!!」
「うぅ…。まってよアスカー!」
それなりに広い研究所の廊下に響く、ちびっ子たちのじゃれあう声。
いいねぇ、実に微笑ましい。癒されるわぁ。
自販機が並ぶ休憩所で、缶コーヒー片手に壁にもたれながら元気に駆け回るシンジ君たちを眺める。
今、アッシの目の前で遊んでいるのは、あたしが前世でも、そして今生においても愛してやまない碇シンジ君と
時の流れは早いもので、ついこの間まで赤ん坊だったシンジ君も、今じゃすっかりお姫様の相手を務める王子様である。いや、あの様子だと王子様ってよりか、やっぱりペットのワンコかな?
ちょうど14歳の時の顔立ちをそのまま幼くしたかのような顔つきしてるもんだから、ますますワンコみが深いというか。
あの顔で、かつあのくりくりとした潤んだ目で上目遣いに見られてみ?飛ぶよ?
実際に理性が吹っ飛びかけたあたしが言うんだから間違いない。
傍で見ていたアスカちゃんがアッシの脛を蹴飛ばさなければどうなっていたことやら。
それ程の破壊力なのだ。
ちなみに、研究で多忙なユイさんや組織の運営に奔走しているゲンドウ君らに代わってシンジ君とアスカちゃんのお世話をよくしていたためか、ユイさんよりも先に「僕、大きくなったらおねーちゃんと結婚するの!」と言ってくれた。アスカちゃんの脛蹴りのオマケつきで。
もうね、喰われに来てるとしか思えないよね。
何なのこの子は、まったくけしからん(歓喜)。
むふふ、麗しのお二人さんは本日もご機嫌ですなぁ~。
鼻血を垂れ流し、微笑みながらじゃれ合うちびっこを健全に眺める。
アッシと同じく休憩しに来ていた他の職員さん達がそろそろと離れていく気配を感じたが気にしない。
ぱたぱたと走り回り、ときどきシンジ君がコケて、それを呆れた顔をしながらなんだかんだと気遣う惣流アスカちゃん。
そう。惣流。
式波じゃあない。
単純に考えるのなら、SFでいう並行世界の姫の同位体、てことなんだろうけど。
見た目はほぼそのまんまなのに式波の名前じゃないことが少しだけ寂しい自分がいる。
あの世界の悲惨さと業の深さから産み出された姫。
アッシと14年をともに戦い、生き抜いた無二の戦友は、ここにはいないんだなと。
個人的にはそんな姫にこそ、こんななんてことない平和な時間を謳歌してほしかったな、
なんてね。
まぁだからといって、今目の前で駆け回っているアスカちゃんに、今すぐアッシの知ってる姫と入れ替われーなんて、微塵も思わないけどね。
それはそれこれはこれ、というやつ。
生意気なところはあるけれど、あの子もシンジ君と同じくらいアッシの愛し子だしね。
幸せであることに代えられることなんて、あるわけないんだし。
なんて、感傷に浸っている間に、そのアスカちゃんとゆかりの深い人物が話しかけてきた。
アスカちゃんとは違うゴールドブロンドのスタイル抜群なハーフ美人。
ほんとに一児の母親かと思うほど若々しい、おっとりした雰囲気の彼女の名は、
惣流・キョウコ・ツェッペリン。
アスカちゃんの母親である。
「真希波さーん、次の打ち合わせなんですけどー…、って大丈夫?鼻血がでてるけど…」
「にゃははッ!ついチョコを食べすぎちゃいまして、すぐ治まるかと!」
「あら、そうなの。チョコっておいしいものね。この間、私もついつい食べ過ぎちゃって、アスカちゃんから怒られちゃったのよぉ。」
おっとりしているとは言ったが、聞いたこちらが大丈夫かこの人と思わされるレベルである。
せめて娘が見ている前でくらいしっかりしてほしいものなんだが。(ブーメラン
そんな同じ研究員であり、同僚の彼女を加えて、ちびっ子たちを眺めながらコーヒーブレイクを楽しむ。
あぁ、なんて穏やかで幸せな時間ですコト。
こんな心穏やかな時間がいつまでも続いてほしいと願わざるを得ないよねぇ。
とはいえ、招かれざるお客というのもいるわけで。
―*―*―*―
「ハロハロ、束さんだよー!」
いや帰れ。
3.fin
やっと原作登場人物が出てきました。
出ただけだけど。