4.
―*―*―*―
またあった。
今から2年ほど前の大学の冬休み。
学生の特権たる最後の大型連休で、ただ気まぐれに実家へ帰省するその道中。
手元のスマホからふと目を離した時、偶然それに気付いた。
実家の近所にある古い、けれども手入れの行き届いた神社の鳥居。
その足元にそれはあった。
幾人が見れば、それは蜃気楼の様だといい、また幾人に見ればそれはまさしく歪みだのと言うであろうそれ。
サイズは手のひら大であろうが、周りの景色をマーブル状に巻き込み、あるいはかすむ様に歪んでいる。
今生で幼い頃からたびたび目にしてきた、私が世界の歪みと呼ぶそれ。
私以外の人間が決して認識することのないものがそこにあった。
放っておいても問題はない。
少なくとも今目の前にあるそれよりも大きい歪みを私は知らないし、
この歪みがそこにあったことで何かが起こったこともない。
これはただそこにあるだけのものだ。
けれども、この歪みを見るたび私の中で何かが警鐘を鳴らす。
直さねば、と。
20年近く生きてなおいまだにその正体をつかめない衝動。あるいは本能か。
私は、この歪みは私たちがこの世界に生を受けたためにできてしまったものだと直感的にわかっていた。
そして、この歪みを直す力を私が持っていることも。
わけのわからん衝動に従って歪みに近寄り腰を下ろす。
手をかざす。
そして、ベッドシーツのしわを延ばすようになでるだけ。
なんてことはない。これだけで歪みは消えて元通り。
(*´Д`)ハァ、とため息が出る。
簡単ちゃ簡単だが、いかんせん少し疲れる。
なんというかこう…自分の中にある、あってもなくてもどうでもいい何かが少しづつなくなるような感じ。
この感覚がこの力と密接に関係しているのであれば、この力もいずれは消えるんだろうなーと思う。
が、これ以外に力を使えたこともないし、実生活ではなんも役に立たない。
ぶっちゃけどーでもいい力だ。
まぁ客観的に見れば世界そのものに直接干渉する力なんて、
神様じみてるんだろうけどね。
これ以上この力の正体について考えたってわかんない領域だ。
てきとーにシンジ君がプレゼントしてくれた力と思い込もう。
再三いうがどうでもいいことを考えてたせいで小腹がすいてきた。
時刻は15時。おやつ時。
ふと見るとご近所のがきんちょどもが元気に走り回っているのが見える。
今生でアッシにあんな無邪気な時間はあったっけ?
少し暗い感情が首をもたげたが気にしない。
子供時代の本ばっかり読んでたぼっちの自分なんか黒歴史という扉に押し込んでくれよう。
あーあ、なんだかせっかく帰省したってのに、もう帰りたくなってきた。
帰省したけどやることねー、地元に友達を作るべきだったかにゃー、
早くシンジ君の顔見たいにゃー、なんて。
気が緩んでたんだろうな。
少なくとも人目は気にするべきだった。
「ねぇ、お前今何をしたの?」
言い忘れていたが、このご近所さんの神社の名前は“篠ノ之神社”。
後々“天災”だなどと呼ばれ、腐れ縁となる駄兎とアッシの最高に不幸で不幸な出会い(あたしにとって)だった。
てかあたし以外にも歪みが見えるやつがいるとは思わんやん。
―*―*―*―
「ハロハロ、束さんだよー!」
「いや帰れ」
回想終了。
誰かこの駄兎をつまみ出してくれ。
「ねぇねぇまーちゃんったらなんで無視すんのー!!」
「誰がまーちゃんじゃ」
眉間を揉んで頭痛をこらえつつ、その元凶と向き合う。
今年中学生になる年頃だそうだが、年不相応なメリハリの付きすぎた体つき。
同年代の男子諸君を虜にするであろう見目麗しい顔立ちだが、
それを台無しにする目元の濃いくま。
紫がかった色のボサボサの腰まで届く長髪。
何処の国のアリスじゃい、と突っ込みたくなるようなファンシーなドレスを着て、
頭にはうさ耳のヘッドギアを付けている。
これで身だしなみやら感性やら出会ってからの言動さえなければ、是非ともお近づきになりたい美少女だったのだが、
「あのぉ、篠ノ之さん?何度も言ってるけど、ここは一般人の立ち入りは禁止されてるんだけど…」
「うるさいなぁ凡人は黙っててよ私は今忙しいんだよ」
これだよ。
この変人を優しくいなめようとしたユイさんに対してこの物言い。
こいつは自分が認めた者以外の人間とかかわることを極端に嫌う。
産まれながらに高度な知能をもっていたこいつにとって、自分の知能レベルに達しない、
あるいは自身の感性や興味に惹かれないものは邪魔でしかないのだ。
それとは逆に一度認めた者や興味を惹かれた者には異常なほどの執着を見せるのだが。
2年前のあの日。
くしくも何故か歪みが見えていたこいつの目の前で歪みを消してしまった私は、その日からこいつにストーカーされている状況なのだ。
お前は何者なのか。何をしていたのか。あの歪みみたいなのは何なのか。
会いたくもないのに毎日ストーキングされ、実家から京都に戻った後もそれは続き、
危うくノイローゼになるところだった。
こいつの親友には何度助けられたことか。
もちろん力だったり前世のことだったりについては一言も話していない。
話したくもない。
ただこいつに至っては話さなくてもそれにたどり着いてしまいそうで恐ろしいが。
そんな天才様の荒い感性の網目に私は引っかかり、ユイさんはスルーされている、てわけで。
その結果、可哀想に、ユイさんはこいつの不躾な言い様にすっかり肩を落としてしまっているわけだ。
ストーキングされていたってのもあるが、私がこいつを嫌っているのはそこだ。
毎度ユイさんと顔を合わせるたび酷く扱き下ろしやがってからに。
ここにユイさんがいなければアイアンクローを極めていたぐらいには嫌いだ。
さて、頬を引きつらせながらそんなことを考えていたわけだが、
そんなアッシに代わり駄兎の頭蓋を握りつぶさんとする勇者が現れる。
「失礼だぞ束」
「あだだだだだだだだッ⁉ちーちゃん潰れるゥ⁉束さんの高性能な脳みそがはじけ飛んじゃうゥ!!」
「大丈夫だ、お前の頭蓋はこの程度じゃ潰れん、毎日握っているからな」
あだだだー、と悲鳴を上げる駄兎。
その頭をつかみ上げているのはこいつと同じ年頃の少女であり、不本意ながらアッシと同じくこいつと対等に話せる数少ない人間である織斑千冬ちゃんである。
「お久しぶりです、マリさん、ユイさん。毎度こいつがご迷惑をおかけしてすみません」
「千冬ちゃんおひさー。元気そうで何より。できればその生モノはあとでゴミ箱にでも捨てといてくれたら助かるよー」
「はい、そうさせていただきます。」
「束さんは生ごみじゃないよッ⁉」
やかましい、とさらに力が籠められたようで、こちらにもギチギチというきしむ音が聞こえてくる。
この駄兎とは違い礼儀正しい少女が、自分の背丈と同じ物体をこともなげに片手で締め上げ、折檻しているさまは毎度のごとく圧巻で見ごたえがある。
いやぁこの光景のなんと愉快なことか。これぞ愉悦。
愉悦しながら千冬ちゃんをまじまじと見てみる。
黒いセーラー服に包まれた体はすらりとした体躯にもかかわらず、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んだモデル体型。そして切れ長の目と艶のある長い黒髪をポニーテールにした姿はまさしく野生の狼を思わせるクールビューティー。前世でもこの手のタイプの人間とはあまり縁がなかったかもと思わず見とれてしまう。
駄兎がよく千冬ちゃんの胸を揉みしだこうとして折檻されるさまを見るたび、自分もお近づきになりたいものだと惹かれることがあるが、支払う代償はデカいとわかっているので我慢している。そういった意味では千冬ちゃんと姫は少し似ているのかもしれない。
「ユイさんも毎回押しかけてすみません」
「いいのよ、千冬ちゃんにはあの子たちもお世話になったこともあるし、危ないから立ち入り禁止区画にさえ入らなければいつでも遊びに来てね」
「そう言っていただけると助かります、いつか弟たちも連れてきてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、事前に連絡してくれればいつでもどうぞ」
「ありがとうございます」
とうとう悲鳴も漏らさなくなった駄兎をよそに、和やかに会話をする二人。
ここにいる千冬ちゃんを含めた三人は毎回このゴミに振り回され、そのたびに尻ぬぐいをしてきたという共通点があるため仲がいい。
その関係でシンジ君たちも千冬ちゃんと面識があったりするのだ。
「てか、すっかり聞きそびれてたけど今日はどうしてこっちに?この駄兎のことだから先生にまたダルがらみしに来たんだろうけど。千冬ちゃんはその付き添いかにゃー?」
「はい。束の奴が冬月先生が研究している人工筋肉についてどうしても見に行きたいと駄々をこねまして」
「まるで子守りみたいだにゃー」
あの駄兎の感性センサーに引っかかったのは実は私だけじゃなかったりする。
該当者は我らが冬月コウゾウ先生、私に付きまとう間に面識を持ったらしく、
今では先生が受け持っている研究について真面目に見学しに来たと思いきや、急にケチをつけだしたり、その勢いで先生と議論したり、偶然その場を通りかかったゲンドウ君も交えて研究談議が盛り上がったりしている。そのこともあってか始末の悪いことに先生とゲンドウ君の駄兎への評価は悪くなかったりする。
曰く、「言い方は尊大だが、彼女との議論はこちらの研究の糧になる」なんてね。
「では束の用事も済みましたので、私たちはこれで」
「大丈夫?送っていこうかにゃ?」
「いえ、束のご両親が迎えに来てくださるみたいなので、お気遣いありがとうございます」
では、これで。とぐったりした様子の駄兎の襟首を掴み、ズルズルと引きずりながら去っていく千冬ちゃん。
アッシもそれを慣れてるにゃーと思いながら見送る。
ちなみにここ、人工進化研究所は千冬ちゃんたちの実家から割かし近いところにあるため、
多分明日も押しかけてくることは間違いない。
そうしてまた今日みたいなことを繰り返すのだ。
これがアッシたちの日常となっていた。
「さて、迷惑客もいなくなったし、研究室に戻りますか、ユイさん」
「え、えぇ。そうね。…束ちゃん大丈夫かしら?」
「明日にはケロッとしてますよ」
「…それもそうかしらね」
「ほらっ、早く戻りましょう!」
「あぁ、ちょっと、押さないで」
ユイさんの背を押しながら研究室へと戻る。
駄兎との出会いは最悪と呼べるものだったが、千冬ちゃんに出会えたことは良かったと思うし、なんだかんだ言ってこういったドタバタとした日常も悪くない。
ずっとこんな平和な日々が続けばいいのになぁ…。
―*―*―*―
モーター音が鳴り、目の前の自動ドアが開く。
極秘の会議から戻った私は所長室のデスクに戻っていた。
一般区画では、もはや日常となりつつある騒ぎがあったようだが、まぁ問題はない。
私は私の理想を実現するため計画を進めるだけだ。
その為なら使える駒は何でも使う。
無論あの少女も例外ではない。
デスクの上にある書類に目を向ける。
そこにはConfidentialの印が押された研究計画書がおかれていた。
『Project EVA』
4.fin
おや?ゲンドウ君の様子が…?
モチベーションにつながりますので、
感想、評価お待ちしております。