百合園セイアに狂わされたTSティーパーティーモブの話 作:グリンピース
彼女を側に置いたあの時、特段なにか考えがあったわけではなかった。未来予知がまだ健在だったあの頃、私の側近が誰かなど些末な事だった。故に未来予知の中でそれを明確に観測したことなどなかった。だから本当に偶然、たまたま彼女が選ばれたというわけだ。
打算的な考えがなかったわけではない。ある程度私に良い感情を持っている、且つ野心が少なそうな人間を選んだ。正確には利己的な野心の少ない人間、だが。
更には元2年生、現3年生を避けて指名した。3年生は派閥全体の繁栄を優先するものが多いが、しかし実際にそうなった後に野心が出てきて結果的に派閥内で更に派閥が分かれるなんてことがあっては本末転倒だ。
そもそも私はあまり仕事をしたくない。誤解を招かないよう多少訂正するが、自分の感情を優先して他のメンバーに負担を押し付けようというわけではない。ただ自分の欲求に反して生きていくのは御免だ、というだけだ。
だから上手くやる。バレないように、帳尻合わせが出来るように、最終的には何事もなく処理できるように。適度にサボり、息を抜き、リラックスして、最高率で仕事を終える。ずっとずっと私はそうやってきた。だからこそそれを知っている人間は口々に言うのだ。百合園セイアがサンクトゥスの代表、ましてやティーパーティーのホストなどと何を考えているのかと。
しかし勘違いしないでいただきたいのが、私の中に責任や意思、野心や願望がないわけではないということだ。私はティーパーティーの一員として、トリニティ総合学園をより良い方向に導きたいと思っている。そして何よりこの世界が滅ばぬよう、全てはそのために力を尽くしてきたと言ってもいいほどに自分の能力に対する責任を果たそうとしたんだ。
結果は……概ね上手くいったと言っていいはずだ。未来予知を失ってしまったものの、最悪の事態を回避し、世界の滅びに対して抗い、自分にやれることは全てやり切った。もちろん先生の力によるものがとても大きいものの、それでも折れた心でここまで歩んできた。
その報酬が今の忙しなくも穏やかな日々であるというのなら、それもまた悪くない。
話が逸れてしまったね。つまるところ彼女を選んだのは私であり、それに対して後悔しているということでは…………ああ、うん、後悔はないさ。ないとも。ない……ないよ。
誤算があるとすれば、彼女が働きすぎることだ。他のメンバーに負担をかけないようサボると言ったが、現状は彼女に負担をかけすぎている。彼女はそれこそが自らの使命と言って休みを取らずに働き続けるが、私としては少々……かなり心苦しい。いや、心苦しかった。彼女の熱意と引き換えに得た自由は享受しがたいものだった。
なぜ過去形なのか。それは彼女───────阿澄アヤの狂気的なまでの私への熱が、私の感情を焼き尽くしてしまったからだ。
無言で私の写真を撮る、しかも目の前で隠れる素振りも見せず。それを勝手にアルバムにし、今や何冊目だったか。
私の発した言葉を脳内で完璧に記憶し、カルタを作る。流石の私も恥に負け、二度と作成しないよう様々な力を使って脅す羽目になってしまったよ。
前述の写真をテーブルに広げ、刺青を入れるならどの表情がいいかという狂った質問を当の本人である私にぶつける。あの時は彼女を説得するのに何時間かかったのだったかな。
これらの奇行はほんの一部に過ぎないが、その問題行動の数々は私の彼女への感情を歪ませるには十分だった。
私は諦めたんだ。何を禁止しようと私の想像もつかないような奇行に及ぶのだから、一部看過できないものを除いて彼女の行動のほぼ全てを容認した。そしてその対価として彼女に労働をしてもらっている。そういうことにしたんだ。
これが彼女と私の全てだ。ああ、彼女の労働量が倍増したのは付け加えた方がいい情報かな?今まででも十分に優秀な過労働だったんだが、労働量を増やせば何をしても良くなると思ったらしい。いいわけがないだろう。
「……ええっと、つまりセイアちゃんは何が言いたいのかな?」
目の前の少女は顔を引き攣らせている。
「ミカ、君が尋ねてきたんだよ。何故私の側近である阿澄アヤの奇行を、私が黙認しているのかと」
「う、うん。アヤちゃんって言うんだね。要するに、セイアちゃんの代わりに仕事をしてるからあんまり強く断れないってことだよね?」
「君は何を聞いていたんだ。断れないのではなく、容認しているんだよ。労働の対価として私を崇拝することを……いや違うな、私を巻き込んだ奇行を許しているということさ」
危ない、もう少しで私の周辺が宗教めいた何かになってしまうところだった。
「ああ、もちろんカルタの作成は現在も禁止しているよ。あんな狂った制作物が万が一にでも私以外の人間に知られてしまったら、どうなるかわかったものじゃないからね」
「へ、へぇ……カルタ……。あ、でもセイアちゃんって無駄に難しい言い方するから、面白がってイジりたくなる気持ちはわかるかも!」
「彼女は君より知的な人間だからね、私の言葉の趣深さが理解できるのだろう。感動のあまり何か形に残して保存したいという気持ちもわからなくはないさ」
「セイアちゃん何言って……いや、カルタ?ねぇ、なんでカルタなの?」
「さあね。私に聞かれても困るよ」
「カルタって事は言葉にして誰かに聞かせるってことだよね?これもし通してたら世の中に出回ってたんじゃない?」
「彼女もそこまで分別のない人間では───────」
そこまで口に出し、私は彼女の言葉を思い出した。
『これも政治活動の一環ですよ』
もしも。もしも、彼女の政治活動としてこれが世に出る可能性があるとしたら。
現に彼女の作成したアルバムは、そのままで使われることはなくとも中身の写真が色んなものに使われている。ナギサと比べる意味すらなかった私のメディア露出は、今やそれに並ぶほどのものになってしまっている。
「セイアちゃん?」
「いずれにせよ無駄な議論だよ。私がこの先もそれの禁止を解くことはないのだから」
考える意味などない。であれば考えない。それに付随する如何なる感情も無意味だ。
「ともかく、彼女が私に遠慮しないのであれば私もそう在ろうということだ。彼女は私が有する権利を半ば強引に侵害しながら己の欲求を満たし、それに対しての辛辣な物言いも彼女は受け入れている。そういう話さ」
「ふーん。なんか、意外な一面って感じ。セイアちゃんそういうの嫌がると思ってたのに」
「最初は宣材写真などと言って巧妙に隠していたからね。エスカレートしていったのはいつからだったか…………ああ、そうだ」
「え、なんでそこで黙るの?口にしたんだから全部言ってよ」
「……いいや、君に話さなくともいいと判断しただけさ」
「なにそれ!?気持ち悪いから言い切ってよー!」
その先はきっと彼女を傷つけてしまうから。別に気を使って触れないなんてことは無いし、時には触れてその傷跡を確かめることもある。だが必要がなければ不必要に傷つける意味もなく、こんな真面目な空気で茶化すためのものじゃない。
それに、この記憶は私の中だけにあればいいのだから。
──────────────
『お待ちしておりました』
聖園ミカによるクーデター、アリウスによるトリニティ襲撃、色彩との接触、全てが終わったあとに私を待っていたのは、私が側近として秘書業務を任せた阿澄アヤだった。
前提として私はアリウスの襲撃から身を守るため、その存在を闇の中に隠した。私の存在そのものを葬ったのだ。そしてそれは側近である彼女も例外ではなく、彼女は私の死を以てその秘書業務から解放されたはずだった。
しかし彼女は恭しくお辞儀をし、丁寧な態度と言葉で死んだはずの私を出迎えた。
私は言葉を発することが出来なかった。私の護衛兼体調管理を行っていた蒼森ミネが情報を漏らしたとは考えられない。であれば彼女はどのようにして私が生きていることを確信したのか。
『ここにアタシがいる理由ですか?今日は業務が忙しく、この時間まで執務室にいなければならなかったので。あ、それともセイア様がここに来ると知っていたんじゃないかって疑ってます?残念ながら偶然ですよ。愛の力でも未来予知は出来ませんでした』
身近に愛がどうのと言う人間がいたせいかあまり疑問に思わなかったが、今思えば彼女のいう愛の力とはまさしく言葉通りの意味だったのだろう。私に対する狂愛とも呼べるそれが、ナギサの言うそれと同じものかはさておき。
『私が生きていると知っていたのかい?』
今でも覚えている。私は一種の恐怖とも呼べる感情を抱き、彼女と交わす言葉にはいつものような遊びが全くなく、味気ないものだった。
『んー……知っていたかと言われたら、いいえですね。この世に絶対はなく、全ては偶然の上で成り立つもの。それがアタシの持論です』
思えば彼女が自分のことを積極的に話したのも、これが初めてだったかもしれない。
『でも、信じてました。きっとセイア様は生きてるって』
『何故だい?私は何者かに襲撃され、ヘイローを破壊された。これが一部のものに伝えられた情報で、公には体調不良により業務の遂行ができないとされていたはずだ。そして君に伝えられた情報は前者、君はこの情報を隠蔽しながら、業務を引き継ぐ準備をしなければならなかったはずだ』
『そうですね。あ、引き継ぎとかはしてないんで、業務への復帰は問題ありませんよ』
『…………』
『確かに人の死を聞けば、多くの人間はパニックに陥り正常の判断ができなくなるかもしれません。それでもアタシはセイア様は死んでないって思ってました。だって、未来予知が出来るお方ですよ?それにセイア様は自分の死がわかっているのに、無策でそれを受け入れるような諦念の塊のような人ではないはずです』
『それは……』
彼女には未来予知の存在を話していた。故にその考えに至る道理は理解できる。
『アタシは馬鹿なんであんまりよくわからないですけど、セイア様は常に未来の何かと対峙しているような、ずっとそんな気がしてたんです。それが今なのかなって思って、だからずっと待ってました』
アヤはそう言うと微笑んだ。口ではそう言っているものの、彼女の目尻には涙が滲んでいた。
『改めて───────おかえりなさい、セイア様』
アヤの頬を雫が伝う。
安心したら涙出てきちゃいました、と笑いながら濡れた頬をハンカチで拭く。
大義のため、と言えばそれまでだ。今でも当時ではこれが最善だと思っている。きっと別の世界線があったとしても、百合園セイアは同じように解決を図ると確信できる。
『……すまなかった。心配をかけたね、アヤ』
それでも彼女の心に大きな傷をつけたことに変わりはなく。故に私は謝罪の言葉を吐き出した。罪悪感に押しつぶされ絞り出されたそれは、彼女の心に響いたのだろうか。それは今でもわからない。
『良いんです。セイア様が生きてたら、なんでもいいんです』
彼女の言葉が鋭い刃物のように心を抉る。
きっとこのまま終わっていたら、私は後悔をひとつ抱えて生きていくことになっただろう。私のことを想い、案じてくれる人間の心を踏み躙ったのだと。
『不安な時はセイア様最高可愛いアルバムを見て元気だしてたんです。3冊で終わっちゃったら、もう本当にどうしようかと思いましたけど……』
『……うん?』
そしてここから全てが変わった。
彼女に連れられて執務室へ行き、彼女が何某かの操作を行ったかと思えば棚のひとつが横に動き、奥から別の棚が出てきた。棚から取り出されたアルバムには、何かしらの理由をつけて撮影された私の写真が全て現像されて収められていた。
『これは……なんだい?』
『セイア様最高可愛いアルバムです』
『いや、え、なん、え?』
『セイア様最高可愛いアルバムです』
『ああ、うん。わかった、わかったよ』
後のことは語るまでもない。急に自身の抱える狂気的なナニカを解放したかと思えば、アヤはその日から私に
大団円とはいかなくとも、一旦はこれにて幕引き。彼女がなぜ隠そうとしなくなったのか、その理由は彼女の中で秘められたままだ。故にこの話はここで終わりなのだ。
それでも私は、たしかに彼女に傷をつけた。