【ボツ】秘密結社のエージェントに所属する物語の導入 途中まで   作:祐。

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【ボツ】秘密結社のエージェントに所属する物語の導入 途中

 現時点で思い出すことができる最古の記憶は、自分が推定18歳の時に体験した火災現場の光景だった。

 

 先進的な機械が揃えられた研究所にて、全てを呑み込む火の海と無限に立ち上る黒煙の中に放置された自分という無力な人間。満身創痍の身体で惨めにも床を這いつくばり、本能的な危機感に突き動かされるよう出口を目指したものだが、自由の利かない両脚は余計な重量として吊り下がる枷となり、唯一と機能した右腕で身体を引き摺るよう前進するも、その努力はあまりにも虚しく、無情だった。

 

 肺に侵入する煙は気道を塞ぎ、灼熱の床は未だ意識のある生物を鉄板でいたぶるよう表面から焦がし尽くす。飛び交う火の粉か、故障した機械の火花か、弾け飛ぶ熱の欠片が頬に落ち、絶望するには自覚した記憶が浅すぎて恐怖の感情すら芽生えない。ただ自分は“その瞬間に生まれた”だけの無知な人間であり、例えるなら誕生して間もない小鹿が如く、外界を知らず、概念も知らず、唯一と無意識下で働く警鐘(けいしょう)にのみ従っていた。

 

 だからこそ、最初に目にした“彼”という人間を『親』と認識したのかもしれない。

 燃え盛る研究所に現れた3つの人影。内の2つが揺らめく火炎で足止めを食らう中、視界の中央からは1人、真っ直ぐな足取りでこちら目掛けて駆け付けてくる。それは近付くにつれて姿をより鮮明に映し出すと、床に響かせた靴音をこの耳元に力強く打ち鳴らしながら、彼は無垢の瞳を向けたこちらを真正面から捉えつつ片膝をついて姿勢を下げた。

 

 彼は183cmほどの背丈をした人物であり、外ハネが刺々しい印象を与える黒色のウルフカットヘアーと、病的な色白肌に化粧を施した女性的な容貌が特徴的だった。髪型は、右目を隠すように流した前髪と、毛先へ向かうにつれて黒色から銀色へと変化するグラデーションカラー。容貌は、ピンクパープルを基調としたアイシャドウやチークに、深紅のリップと長いまつ毛、彫刻のような顔立ちに黒色の瞳というもの。

 

 服装は、影を連想させる黒色のヴィンテージコートに、ボタンを2つ外してタックインした黒色のシャツと、長い脚を強調する黒色のスラックス、黒色のブーツ。コートに関しては、ハロウィンの仮装を想起させるボロい布切れのような裾が印象的であり、それを(なび)かせた彼のシルエットはまさに“影の中で暗躍する存在”を体現していたと思える。

 

 今でもよく憶えている。この世に生まれ出でたばかりの赤子を見守るような、そんな神妙な表情でこちらと向かい合ってきた彼の様子のことを。崩落を直前とした煉獄に包まれし研究所内部を背景に、この瞬間を彼との邂逅と定め、且つ自分という人間の運命を決定付けたターニングポイントでもあったことを、自分は今でもよく憶えていた。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 4年後……。

 

 西暦2030年 日本 東京 時刻は午後2時過ぎ、天候は晴れ――

 

 降車したタクシーの扉が閉まり、それは発車する。つい先程まで利用していた自動車が離れ往く感覚を覚えた自分は、咄嗟に振り返って直角90°のお辞儀をしながら見送った。

 

 次第にも顔を上げ、意を決したようなサマで口角をきゅっと結び付ける。それから視線を降車直後に向いていた方角へ戻していくと、町の正面とも言えるだろう左右のビルに挟まれた一直線の街道と真っ直ぐ向かい合っていった。

 

 ……東京の一角に存在する、新参者らしい真新しげな質感を伴った繁華街『龍明(りゅうめい)』。都市部に設けられた商業地において、主張を弁えるかのように小規模からなる事業展開を行っているこの町は、客の巡りこそ悪くはないが周辺の競合と比べるには特筆するべき個性も見当たらないごく平凡な地域という印象を与える。

 

 一見すると繫華街と呼ぶには素朴な作りである当該(とうがい)の街並みだが、どうやら現在、遊びの入門として最適な環境という口コミがSNSを中心に広まりつつある様子。結果、近年では珍しい幅広いニーズに応えたレクリエーション施設として徐々に人気を上げ始めているとのことらしい。

 

 さすがに平日の昼下がりという条件下では、酒気も色気も感じさせないもの寂しさが漂う空気感。見受けられる通行者に関しても、主にビジネスシーンに重きを置いたサラリーマンやOLといった人物達が、交通量が少なく快適かつ閑静な近道として歓楽街『龍明』を横断しているようにうかがえる。

 

 これでは遊び目的に訪れた人間がかえって忍びないなと、そう思えてさえしまえる景色を前に立ち尽くしていた時だった。

 スマートフォンのバイブレーションが、尻ポケットの中で通達を知らせてくる。まるで“こちらの到着を見透かしたかのようなタイミング”で鳴らされたそれを取り出すと、自分は画面を確認した後に応答した。

 

「もしもし?」

 

『“柏島(かしわじま)歓喜(かんき)様”で間違いありませんね?』

 

 物腰の柔らかそうな男性の声が聞こえてきたが、言葉遣いとは裏腹に声音は厳つく淡泊だ。(さなが)ら“テリトリーに踏み入った侵入者への警告が如く”言い渡された言葉を聞き、自分は緊張感で唾を呑み込みながら返答する。

 

「はい、そうです。この度、新しく配属になりました柏島歓喜です」

 

『“ボス”より配属の話を伺っております。これより柏島様には、(わたくし)共の指示に従いながらお手続きを進めていただきますので、ご了承の程よろしくお願いいたします』

 

「かしこまりました」

 

 意識せずとも自然と背筋が伸びていた。町の何処からか監視されているのだろうか。そんな余念を脳裏に()ぎらせながら、スマートフォン越しの言葉に耳を傾ける。

 

『詳しくは案内役を務める者に任せておりますので、まずは正面に見えている道を直進していただきますようお願いします。現在位置から2、3分と歩いてくだされば案内役の人間から柏島様にお声掛けいたしますので、引き続き指示に従いながら手続きを済ませていただけると幸いです』

 

「承知しました」

 

『恐れ入ります。では、失礼いたします』

 

 必要最低限という言葉に相応しい機械じみた対応の後、通話相手は電話を切った。

 ツー、ツー、という音すらも、こちらの能力を見定めんとする厳正な試験の一部に感じてしまう。スマートフォンを尻ポケットに戻した自分は緊張を鎮めるために深呼吸を行い、さも自然な仕草で一拍置くことで自身のペースを取り戻しながら、「よし」といった具合に気持ちを引き締める意味合いも兼ねてその淀みない一歩を踏み出したものだ。

 

 

 

 

 to be continued

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