黒いその手で掴むもの 作:めがんて
その日、レオナルド・ウォッチはついていなかった。
朝から寝坊してマグカップが割れて、バイトに出向けば区画クジによって場所が変わって吹っ飛んだ挙句、バイト代は出ない。
そして今。
「おうおうおうおう、ぶつかっておいて詫びの一つも無いとはどうなんだ?お?」
「キッヒヒヒヒ、出すもん出してもらおうか!」
「誠意って奴だよ。せ・い・い」
(最、悪だ……!)
質の悪いチンピラに絡まれている始末。
ここは、ヘルサレムズ・ロット。三年前に起きた
ここには、
今現在レオナルド・ウォッチに絡んでいる三人組も、人類ではない。
揃いも揃って奇怪。特に中央の一際大柄の二メートルは超えているだろう四本腕の巨漢はその厳めし面で鼻息を噴き出した。
「とりあえず、アレだ。腕の一本でもおいて行けよ。若しくは、内臓各種でも良いぞ?」
(シームレスに、臓器カツアゲ!?つーか、殺害予告じゃねぇか!?)
内心で突っ込めども、状況は悪い。
レオナルドの戦闘力は低い。この場を切り抜ける事は出来るかもしれないが、しかし彼はその手段を躊躇していた。
手に入れた経緯から、その力を私利私欲に使う事に抵抗がある為だ。命の危機などに瀕すれば話は別だが。
「おい、何とか言えよ」
巨漢の腕の一本が伸びてきた。掴まれれば、特殊能力以外一般人であるレオナルドは逃げられないだろう。
だが、その指先は胸ぐらを掴み上げる前に空を切った。
「えっ……」
慌ててレオナルドが見るのは、隣。
「そこまでにしておけ。往来で騒ぐのは、みっともないだろう?」
「あ゛あ゛!?」
巨漢の腕を掴んで止めるのは、レオナルドと歳の近そうな少年だった。
黒髪に、意志の強そうな黒い瞳。ベージュのワークパンツに黒いシャツ。そして蒼い羽織を着た彼は、その強い意志の宿った瞳で巨漢を見ていた。
「おいおいおいおい、そういうお節介はこの街じゃ寿命を縮めるだけだぜ?
「そうだろうと何だろうと、俺が無視をする理由にはならない」
「嘗めやがって!」
巨漢は唾を飛ばして腕に力を込めた。
異界の住人と人類では、その身体能力にはそう簡単には越えられない隔たりというものが存在する。
巨漢もまた、この無鉄砲な少年を振り払ってついでにその内臓でも売り飛ばしてやろうと腕に力を込めた。
だが、
「…………あ?」
動かない。まるで、萬力でその場に縫い止められたように、ピクリとも動かない。
少年の右手は、黒い手袋に包まれておりその下に覗くであろう肌にも真っ白な包帯がキッチリと巻かれて分からなかった。左手は普通に露出しているからこそ、余計に目立つ。
異様な少年は、スッと目を細める。
「俺は暴力はあまり好きじゃない。拳を振るわせないでくれ」
「抜かせ!ガキが!!」
一瞬で沸騰したのか、巨漢の残り三本の腕が拳を握って振るわれる。
咄嗟に、レオナルドは首から下げたゴーグルを嵌めようとする。だが、その前に少年は腕を掴んでいた右手を放した。
四本腕と二本腕。数の上では、前者に軍配が上がる。
だが、実の所生物の構造上m腕が多ければ必ずしも有利という訳ではない。特に、二足歩行で人型であるのなら猶の事だ。
「え……」
ゴーグルの下で、レオナルドは目を見開く。
少年と巨漢の体格差は明白だ。
だが、それぞれの腕一本分の働きが違った。
少年の、特に右腕が力強い。
接触の瞬間、巨漢の腕は一方的に押し込まれ次の連打に対応できないのだ。
「おげっ!?ぶげっ!?ほぶっ!?」
巨漢の上半身が面白い様に跳ね回る。一発撃ち込まれるたびに、巨漢の膝が震え。反撃に振るわれていた四本腕の動きも鈍っていった。
そして、
「フッ!」
「ゴッ――――!?」
一際沈み込んでからの、右のアッパーカットがグロッキーとなった巨漢の顎を真下から捉える。
一瞬の間を挟んで、その体は高い弧を描くようにして打ち上げられ、数秒の滞空時間を経て近くのゴミ捨て場へと落下。
幸い、今日はゴミ回収を終えた後らしくゴミなどはなかったが、代わりに滅多打ちにされた巨漢がゴミのように転がり沈黙する。
振り上げたこぶしを戻して、少年は呆気にとられている巨漢の連れへと目を向けた。
「お前たちはどうする」
「ッ……!」
「逃げるというのなら、見逃そう。あの男を連れて、直ぐに消えろ」
少年が強く言い放てば、二人は一目散にゴミ捨て場で伸びている巨漢を回収して駆け去って行った。元より、リーダー格の巨漢の暴力性の下で虎の威を借りる狐をしていたにすぎない彼らにとって、巨漢を殴り飛ばす様な相手と事を構える様な度胸は無かったからだ。
彼らの背中が人ごみに消えた事を確認して、少年は改めてレオナルドへと向かい合う。
「申し訳ない。もっと事を穏便に済ませるつもりだったが結局は、暴力に訴えてしまった」
「え……いやいやいやいや!そのお陰で俺は助かったし、あのままだったら内臓カツアゲコースまっしぐらだったし!寧ろ、命の恩人だよ!」
「そう、だろうか……?いや、この街は物騒だと公園でドーナツを売っていたキッチンカーのご老人が言っていたんだ。
「ああー……確かに」
少年の言葉に、レオナルドは頷く。
先の通り、異界の住民と比べて人類は脆く儚い。肉体面で勝る者など、まず居ない。
それこそ、先程巨漢を殴り飛ばした少年などは一握りの例外に過ぎない。
「とにかく、助けてくれてありがとう。俺は、レオ。レオナルド・ウォッチね」
「気にしなくて良い。俺は、
「タカヒコ……えっと、日本人って事?英語上手いね」
「ありがとう。実は、訳在って半年ほど勉強したんだ。現地の人に褒められると、その甲斐があったとも思う」
微笑むタカヒコに、改めてレオナルドは舌を巻いた。
日本人の英語取得率は、かなり低い。中学、高校の六年間で英語を習うが会話できる者が、果たしてどれほど居るだろうか。
その点、半年間という期限の中で文字通り必死に英語を学び、そして今彼は原語話者であるレオナルドも聞き取りやすい英語を話している。
「へぇー……それじゃあ、タカヒコはこのヘルサレムズ・ロットに何をしに?」
「ああ、それは――――」
レオナルドの問いに答えようとしたタカヒコだったがその前に、とある音が言葉を遮った。
音の出所は、タカヒコの腹部。バツが悪そうに、彼は自身の腹の虫を慰める様に腹を擦る。
「腹が減ってんの?」
「実は、昨日の夜の便で今朝こっちに着いたばかりなんだ。ドーナツを少し摘まんだ程度で、後は余裕がなくて……」
「成程ね……それじゃあ、このままここで立ち話もなんだし昼食べない?」
「良いのか?」
「うん。こっちから誘ってるんだし、オススメの店に連れてくよ。ほら、この街って
「ああ……」
言い淀むレオナルドに、タカヒコは周囲を見渡した。
人型に近い者も居ないでもないが、圧倒的大多数は異形ばかりだ。そして、見た目が違えば内臓器官は愚かそもそもの食性や文化なども違う。
オマケに衛生文化なども違う。割と洒落にならない飲食店が珍しくないのだ。
割と真面目に、タカヒコが朝に買ったドーナツのキッチンカーは当たりも当たり。
人が食べても問題なく、且つこの霧の街であるヘルサレムズ・ロットの外で販売しても食品衛生法に引っかかる事のない物だったのだから。
思わぬ出会いを経て、二人は歩き出す。
目指すは、客を選ばず人類、異形問わずに人気のコーヒーを出す名店だ。