黒いその手で掴むもの 作:めがんて
ダイアンズダイナー。実直寡黙ながらも温かみのあるマスターとその娘であるビビアンの二人で経営される大通りの角地にある人気のカフェだ。
「ちわーっす」
「んん?レオじゃん、いらっしゃい」
キャップのつばを後頭部側に向けて被った金髪の女性が片手を上げる。
店内は程々の賑わいで、その客層もほとんど常連客。
慣れたようにレオナルドは、カウンター席の一つに座り彼に倣うようにしてタカヒコも隣の席に腰掛けた。
「ご注文は?」
「俺は、パンケーキプレートを。タカヒコはどうする?」
「ん……この店のオススメは、何かありますか?」
「そだねー……バーガーとかどう?付け合わせに、フレンチフライとコールスローが付いてくる」
「それじゃあ、ソレを」
「はいよー。あ、ウチはコーヒーお代わり自由だから。最初の一杯注文してくれたら良いよ」
「どうも」
奥へと注文を通すビビアンを見送って、タカヒコは一つ息を吐き出した。
「ふぅ……レオはよくこの店に来るのか?」
「まあね。俺もヘルサレムズ・ロットに来てそう長い訳じゃないけど。ここには、結構お世話になったかな」
「成程」
頷きながら、しかしタカヒコはレオナルドがこの街に来た事情を聞こうとはしなかった。
自分の事情もろくに話していないのだから、相手の懐に踏み込むのは良くないと判断しての事だ。
それから、二人は他愛のない話をした。
どこの通りは危険である、とか。公共交通機関の乗り方など。
程なくして、二人の前にそれぞれ皿が置かれた。
「パンケーキプレートとハンバーガーお待ち!そういえば飲み物は?」
「俺、コークで」
「あー……アイスティーを一つ」
「はいよー」
てきぱきと準備をするビビアンは、二人の前にグラスを置いてホッと一息吐き出した。
「そういえばそっちの彼は、日本人なの?」
「んぐっ……ええ、そうですよ。今朝、ヘルサレムズ・ロット入りを果たしたばかりの新入りです」
「へぇー、そっか。観光?」
「いいえ、少し野暮用です」
少し微笑んで、タカヒコは大口を開けてハンバーガーへと食らいつく。
アメリカンサイズのそれは、一口の満足感も高い。オマケに手ごねのパテにざっくりと切られたレタスやトマト玉ねぎは瑞々しく、中に挟まったケチャップやマスタードも実に絶妙。
付け合わせのフレンチフライは揚げ加減が丁度良く、コールスローは水っぽさを覚えないギリギリの水分量。
多くの常連客が居る訳だ、と内心で頷きながら同時にこの店へと連れてきてくれたレオナルドへの感謝を思う。
時折会話を挟みつつ、二人の皿がほぼ空になった頃の事。
「ん?」
不意に、タカヒコが顔を上げた。
見るのは、天井から吊り下げられたテレビ画面。
元々ニュース番組が流れていたその画面に砂嵐が走ったかと思えば、次に表示されたのは目元が金属製にも思えるバイザーで覆われた長髪の男だった。
『やあやあ、凡愚極まる諸君。ごきげんよう。私だよ、“堕落王”フェムトだよ』
「堕落王……?」
騒めく店内に、タカヒコは首を傾げた。
そんな彼に、レオナルドからの補足が飛ぶ。
「ヘルサレムズ・ロットを代表する稀代の怪人だよ。愉快犯で、時々こうして電波ジャックしては街に混乱を呼ぶんだ」
「それは……随分と迷惑な輩だな。警察は捕まえないのか?」
「無理、だと思う。タカヒコも見たと思うけど、
「成程……」
再び、タカヒコはテレビ画面を見上げる。
『今日も今日とて平穏ダラダラと面白味も無い毎日を甘受する豚共よ。随分とまあ、つまらないとは思わないか?僕はね。それはもう、退屈で退屈で退屈過ぎたから、ちょーっとした手遊びをする事にしたよ』
パンパン、と手を叩く怪人。
瞬間、ダイアンズダイナーの大通りに面した窓の向こう側を巨大な何かが凄いスピードで突き抜けていった。
後に残るのは轢き潰されたか撥ね飛ばされて近くの建物の壁にぶつかって肉片の染みとなった何かと、真っ新になった通りだけ。
『う~ん、死者382って所かな?この頃通りを歩いたけど、まあ、人が
パクパク、と両手を口のように動かして怪人は座る椅子に深々と背中を預ける。
『これから33回、このヘルサレムズ・ロットに通る大通りを僕の創ったお掃除魔獣が駆け抜ける。学習できる猿程度の知能レベルはあるかもしれない賢い君達なら、まさか態々建物の外に出る様な愚を犯したりはしないだろうねぇ』
それでは、と手を振ってテレビ画面は消えた。店の外では悲鳴と破砕音が木霊している
「……レオナルド、コレを渡しておく」
外を睨んだタカヒコは、ポケットから財布を取り出してカウンターに置くと席を立った。
だが、コレをレオナルドは慌てて止める。
「ちょ!待った待った!タカヒコ、どこ行くつもり!?」
「外だ。避難誘導は、まだ間に合うかもしれない」
「いやいやいやいや!?何言ってんの!何言っちゃってんの!?流石に今この状況で飛び出すのは自殺行為以外の何物でもないって!?大人しく、待ってて――――」
「室内が絶対的に安全という確証はない」
扉へと向かいながら、タカヒコはレオナルドの言葉を遮った。
「あの男、明らかに人命を何とも思っていない様子だった。そんな奴の言葉を鵜吞みには出来ない。そもそも、何故
「えっ……?」
「奴の言い分の内、通りから人や物を無くしたいのなら、態々回数を指定する必要はないだろう?」
言われれば、そうだ。レオナルドも言い淀むしかない。
瞬間、彼のポケットに突っ込まれた端末が鳴り響く。
慌てて取り出して耳へと押し当てた。
『少年、無事か?』
「あ、はい!無事です!」
『そうか。ニュースは?』
「確認しました!」
『とりあえず、室内に居るのならそのまま待機を。今回は荒事ばかりで――――』
「それなんですけど、スティーブンさん!」
『どうした?』
「いや、俺の連れが何で堕落王は回数をしてしたのか、って!」
『数?確か奴は33回…………まさか……!』
通話口で何やら騒がしくなる。
『不味いぞ、少年。その気付いた連れってのはまだ居るかい?』
「えっと――――」
レオナルドが扉へと顔を向ければ、既に青い羽織の背中はそこには無かった。
「やっべ……」
『どうした!?』
「気付いた奴が、外に出ました!避難誘導に行くって!」
『不味いな……!少年。恐らく、堕落王の狙いは数秘術を用いた召喚魔術だ。魔獣で荒らした通りをそのまま術式として、流した血を生贄代わりにするつもりだ』
「ええ!?そ、それでどうなるんすか!?」
『術式が発動した時点で、街は終わる。とにかく、通りを荒らしてる魔獣をどうにかしなくちゃならない』
「俺はどうしたら!?」
『魔獣の出現タイミングを探せ!それから、勘の良い連れもな!』
「分かりました!」
そこで通話が切れ、レオナルドも席を立つ。
「ビビアンさん!コレ、俺の財布とタカヒコの財布です!ここから、今日の代金分抜いといてください!」
「え、ちょっと!」
「お願いします!」
止める間もなく、レオナルドも店を飛び出していく。
残されたビビアンはため息を吐くと、他の客が手を出す前に二つの財布を手に取るのだった。
*
「あの怪物は、通りを走り回るだけか」
ビルの上から確認したタカヒコは、壁面を伝って通りへと降りて駆け出した。
通りを蹂躙する魔獣は、一定距離を進む黒い靄の様な歪みに呑まれて消えて。少しするとまた別の通りに現れて蹂躙していく。
「くそっ……今は何度目だったか……」
店を飛び出したは良いものの、正面からかち合わなければタカヒコに出来る事はない。
既に、多くの通りは蹂躙されるか、もしくは通りに面した建物がすし詰め状態になるか、といった所。
「おかあさーん!!おねぇちゃーん!うわぁああああああああん!!」
走るタカヒコの耳が、子供の泣き声を聞き取った。
地面を滑って止まりながら、周囲を見渡せば一人の少女が声を上げて泣いているではないか。
頭の上に大きなはっぱを生やした明らかに人ならざる存在だが、タカヒコは気にすることなくそちらへと駆け寄る。
「大丈夫か、君。どこか怪我をしたのか?」
「ぴっ!……う、ううん……だいじょーぶ……」
目の前にやって来て膝をついたタカヒコに、子供の肩が跳ねる。
恐る恐る、赤い瞳が少年を捉えた。
「お母さんがいないのか?」
「……わかんない……」
緑のワンピースの裾を掴んで俯く子供に、タカヒコは頭を掻いた。
彼は、自分があまり愛想のいいタイプではないと自覚している。子供相手にもどうするべきかいまいち分からない。
しかし、悩んでいる時間は――――ない。
「ッ、来たか……!」
タカヒコの後方から響いてくる地響き。騒音。
振り返れば、魔獣がその大口を開けて通りを蹂躙してくる所が確認できた。
逃げる、という選択肢が頭を過る。少なくとも、自分の声を掛けた子供を抱えて逃げる程度なら出来るだろう。
だが、その選択肢を彼は切り捨てた。
(回数制限がある以上、何が起きるか分からない。なら――――)
飛び出す。
魔獣の真正面へと躍り出て、タカヒコは待ち構える格好を取った。
大型トレーラーすら一飲みにする巨体が迫り、
――――朱が滴る。