ウマ娘プリティーダービー~Ode to the Future~ 作:七河隧道
(なンや、三冠ウマ娘物語はもう店仕舞いかいな)
バ群の中段外目に構えたテンメイは遥か先を行くストライクバックに一瞥をくれると、つまらなさげに鼻を鳴らした。鈴を着けに行ったラッキールーラとオサイチセイダイの困惑も宜なるかなだ。標的がすっ飛んで行ってしまってはどうしていいのか分からないのだろう。
(ま、ウチはウチの走りをするだけや。脱落した阿呆のことなんか考えてもしゃーないヮ)
関西出身ウマ娘として、関東
(前の二人は明らかにペースを乱されとる。怖いのは寧ろ後ろの連中か?)
背後には芦毛のウマ娘、プレストウコウが息を潜めるように控えている。母親がスプリント路線で活躍していたらしく、ラジオNIKKEI賞とセントライト記念を快勝している割には評価が伸び悩み、四番人気でレースを迎えている。
(スタミナに自信が無いから後方で死んだふりしとるンか思うとったけど、どうにも気味の悪い雰囲気しとるンよなぁコイツも。マークして共倒れは勘弁やけど、気にはしておくか。あとは……)
バ群の只中、テンメイより少し前目に位置しているカネミノブか。此方の方が適性が菊花賞向きなこともあり、彼女からすれば怖い相手に見える。
(ひとまずはこっちのおチビちゃんをマークしとくか。あとは仕掛けどころやけど……)
――――――
(ルーラ先輩はオリたか。消耗を抑える腹づもりでしょうけど)
実質的な先頭争いをオサイチセイダイに譲って三番手へとポジションを下げたラッキールーラを後方から油断無く観察しながら、カネミノブは算盤を弾いた。
一瞬とはいえペースの乱れへとモロに巻き込まれたのだ、受けた影響は決して小さくはないだろう。それが初の長距離レースともなれば尚更だ。恐らくは冷静さもスタミナも、かなり擦り減らしてしまっていることだろう。油断は禁物だが、まず一着争いからは除外してもよさそうだ。
(それにしても、バック先輩は一体何を考えて……)
可愛らしい顔を僅かに顰め、カネミノブは思案を巡らせる。傍目には、様々な心理的圧力によって冷静さを欠いたストライクバックが暴走したようにしか見えない。カネミノブも恐らくはそうだろう、と踏んでいる。しかし、自分の第六感が警鐘を鳴らしているのだ。あれはなにかがおかしいと。
(擬態?だけど、バック先輩がそういう小細工を弄するタイプには見えないです。今までのレースぶりからしても、明らかに今日の走りは暴走としか見えないし……)
既に第二コーナーを過ぎ、向こう正面の坂に差し掛かっている。依然として遥か前方を征くストライクバックは、
(待って、距離が変わっていない?あれだけ暴走したのに?)
あれだけの暴走だ、スタミナがあれば更に距離が離れているだろうし、そうでなければ坂で息が上がって距離が詰まってくるはずだ。それがない?カネミノブの背を冷や汗が伝った。
(やはりあれは擬態!?くっ、しかし此処で仕掛けるのは早すぎる!だけど此処を逃せば楽逃げの態勢が……!)
じりじりとした葛藤を抱くカネミノブの横を、二人のウマ娘がすり抜けるように駆けてゆく。栗毛のウマ娘、リュウキコウと鹿毛のウマ娘、メグロモガミだ。二人とも表情には切迫した色が強い。ストライクバックの振る舞いが擬態だと気付いたのだ。
(背に腹は代えられませんか……っ!)
ギリ、と歯を食いしばり、カネミノブは次の一歩にあらん限りの力を込めた。坂の登りでのスパート、早仕掛けどころではない理外のロングスパートだ。だが、既に下り坂で更なる加速を見せているストライクバックへ追い縋るにはこれしか手が無いのも事実だ。
(ルーラ先輩も?くっ、これではなし崩しだ!バック先輩、これが貴女の狙いですか!)
悪態を吐きたい気持ちをぐっと堪え、カネミノブは懸命に脚を動かす。比較的早めに仕掛けたことが幸いして先団に出ることは出来たが、釣られるように仕掛けた後方集団は酷いことになっているだろう。前を行くラッキールーラとメグロモガミ、リュウキコウと既に息が上がりつつあるオサイチセイダイを追いながら、更に遥か前を走る
――――――
(なンやねんこれは!ふざッけンな!)
テンメイは内心悪態を吐きながら混乱気味にスパートを駆ける周囲のウマ娘を捌き切り、なんとかバ群の外へ躍り出た。一バ身程前にはカネミノブの背中がある。脱落してきたオサイチセイダイを躱して五番手に付けると、テンメイは遥か前方のストライクバックを睨みつけた。
(巫山戯た真似しおってェ……!これじゃレースプランがご破産や!)
坂を下りながらスピードを稼ぎ、テンメイは止まらない悪罵を舌打ちと共に強いて封じ込めた。こと此処に至ってはなにを言っても負け惜しみだ。悔しいが、自分の武略がストライクバックのそれに及ばなかったのは事実なのだから。
(だからってまだ勝負は諦めたらん!終わるまで分からンのがレースや!)
遠心力に僅かながら身体を振られながら、テンメイは渾身の力で右脚を踏み込んだ。顎の上がったラッキールーラ、あれはもう下がる一方だ。リュウキコウも相手にならない。メグロモガミとカネミノブはまだ余力がある。まずあの二人を後ろから喰いにいく!
ドン!と音がするほどの末脚が炸裂し、テンメイが奔る。ラッキールーラを競り落とすとあっという間に彼我の距離を食い潰し、カネミノブとメグロモガミを並ぶ間もなく躱す。前を行くストライクバックの背中は未だ遠い。
(だが、アイツもゴール板からはまだ遠い!必ず追いつく、追い抜く!)
気迫を満身に漲らせたテンメイの背後に、突如ゾワリとした怖気を放つ気配が肉薄した。それはテンメイが一歩を踏み込む間に並びかけてくる。芦毛の長髪を
(プレストウコウ!?どないしてこンな所まで来おったンや!)
予感が当たったことに舌打ちをする余裕もない。前は遠く、横には降って湧いた強敵。余計なことにリソースを割く訳にはいかなかった。
「く、そがァァァァァッ!」
テンメイに出来ることといえば、声を限りに叫びながら、プレストウコウと凄まじいデッドヒートを演じることだけであった。
――――――
(さて、これで勝ちは貰ったかな)
ストライクバックはちらりと後ろを振り返る。プレストウコウとテンメイの姿はまだ6バ身以上後ろだ。そして、自分にはまだたっぷりと余力がある。このまま行っても勝ちは揺るがないだろうが、しかし手を抜くのも流儀に反する。
(ここはクリフジ先輩に倣うとしようかな、と)
――テンメイとプレストウコウの激しいデッドヒート!果たしてストライクバックに届くのか!?……ああっと、だがストライクバックがさらにスパート!差が広がる広がる!あっという間に二番手以下を置き去りだ!やはりモノが違うのか!
(私を疑う奴らを嗤え)
加速する。
(
加速する。
(
加速する。
(総てを嗤え。私は、
加速する!
――逃げ切った逃げ切った!ハククラマ以来の逃げ切りだ!圧倒的着差でストライクバックが今、ゴールイン!……シンザン以来一三年ぶりの三冠馬が誕生しました!
万雷の拍手と歓声の中、高々と突き上げられた右腕の先には、三本の指が掲げられていた。
ストライクバック
父:トキノミノル
母:イエローコンソルズ
母父:ハロウェー(Fairway系)