ラビリンスパレード~追放令嬢と挑む惑星横断レース   作:源治

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11話:レッド・ドッグ

 

 ジンの案内に従って、セントラル・ステーションに直結した連絡通路を進むと、やがて巨大な吹き抜け空間が彼らを迎えた。

 そこは、セル3の行政機関が集約された、総合庁舎ビルだった。

 

 LPGの事務所は、そのビルの3階にフロアを構えている。

 エスカレーターで目的の階へ上がると、そこはすでに独特の熱気に包まれていた。

 

 広々としたフロアには、いくつもの受付カウンターが並び、その奥にはガラス張りのオフィスが広がっている。

 壁一面に設置された巨大なモニターには、過去のレース映像や、LPGのロゴが繰り返し映し出されていた。

 

 そしてなにより、フロアを行き交う人々の数が、この場所の重要性を示している。

 チームロゴが入った揃いのユニフォームを着たスタッフ、データ端末を片手に忙しなく歩き回るメカニック、そして──独特の鋭いオーラを放つ、ブレーダーらしき者たち。

 レースの開催が近いこともあって、フロアはまさに関係者たちの坩堝と化していた。

 

「わぁ……! すごいですわ! レース関係者らしき人がたくさん……!」

 

『おー、いっぱいいるー』

 

 独特な熱気に圧倒され、入り口で立ち尽くすスィラとムツハ。

 ジンは、そんな二人の手を軽く引くと、フロアの隅、柱の陰になっている場所へと移動した。

 

「おい、いつまでも入り口で突っ立ってると、出入りする奴らの邪魔になるだろ」

 

「あ、申し訳ありません……。ですが、驚きましたわ。汐凪島では役場の隅っこにある小さな窓口でしたのに、ここではこんなに立派な専用フロアがあるのですね」

 

「セル3のレースは、セクターレースと変わらない賞金が出るからな。注目度も、参加するチームの数も、そこらのセルレースとは倍以上違う」

 

 ジンは、フロア全体に鋭い視線を巡らせながら説明を続けた。

 

「それに、ライバルの視察を兼ねてる連中も多い」

 

「視察、ですの?」

 

「ああ。誰がどのレースに出場するかは、受付が締め切られるまで正式には発表されないからな。だが、こうして事前に事務所を見張ってれば、どのチームがエントリーしに来たか、おおよその見当はつくだろ。そうやって直接情報を集めたり、その情報を売買する情報屋みたいなのが、そこら中で目を光らせてるのさ」

 

 ジンの言葉に、スィラは「なるほど!」と、感心したように頷いた。

 ここは、レースという名の戦いが始まる前の、静かな情報戦の最前線でもあるのだ。

 

 そこまで理解した瞬間、スィラの表情がハッと閃きに変わった。

 彼女は、期待に満ちたキラキラとした瞳で、ジンの袖をぐいっと引っ張る。

 

「ジン様! もしかして、ここから先は、古い書物で語り継がれる“お約束”の展開が待っているのではございませんか!?」

 

「は? お約束?」

 

 突拍子もないスィラの言葉に、ジンは眉をひそめた。

 

「そうですわ! 新参者が、こういった“ギルド”のような場所に登録に来ると、必ずやベテランの、できればスキンヘッドの怖いオジサマあたりが、『おいおい、ここはガキの来るところじゃねぇぜ?』と、絡んでくるのです! でも、主人公はそれを華麗に乗り越え、格の違いを見せつけて『やれやれだ』と呟く! これぞ王道ですわ!」

 

 スィラは、まるで見てきたかのように、興奮気味に熱弁を振るう。

 その瞳は、これから起こるであろうイベントへの期待で、爛々と輝いていた。

 

 ジンは、彼女のあまりの熱量に一瞬絶句したが、その話の内容を吟味し、「ああ……」と、どこか遠い目をして呟いた。

 

「……まあ、似て非なるものなら、あるっちゃあるんだが」

 

「ほんとですの!?」

 

 ジンの渋々といった肯定に、スィラはさらに目を輝かせた。

 

「いや、なんというか……」

 

 ジンは、言葉を選びながら、なんとも言えない表情で続けた。

 

「辺境のセルでデビューしたばかりの、若くて血気盛んなブレーダーが、意気揚々とこの辺のデカいセルのレースに初参加する時のお約束、みたいなのは確かにあるんだ。ただ、その、嬢ちゃんの言うような格好いいもんじゃなくてだな……」

 

 その口ぶりは、過去に何度も同じような光景を見てきた者の、ある種の諦観を滲ませていた。

 

「もしかして、ジン様も昔、そういった洗礼を?」

 

「いや、俺はデビューの時点でちょい歳食ってたから、そういうのはなかったんだが……」

 

 ジンはやんわりと否定すると、頭を掻きながら、本当に言葉にしづらそうに言った。

 

「そういうのを何回も見ているとだな、一周回って、こう、なんとも言えない微笑ましい気持ちになってくるんだよ。たぶん、一回見れば、この気持ちを分かってもらえると思うんだが……」

 

 ジンには、その「お約束」が、スィラの夢見るような英雄譚とは似ても似つかぬ、もっと泥臭くて、少しだけ滑稽なものであることを、どう説明すればいいのか分からなかった。

 

 ジンが、言葉にならないもどかしさを抱えていた、まさにその時だった。

 フロアの入り口が、にわかにざわついた。

 そこに、ターバンを巻いた民族衣装姿の、一人の若い男が姿を現したのだ。

 燃えるような赤い髪をツンツンに逆立て、まだ少年っぽさの残る顔立ちをしているが、その瞳だけは、野心と自信でギラギラと輝いている。

 男は、フロアにいる全員に見せつけるように腕を組むと、出入り口のど真ん中で仁王立ちになった。

 

 明らかに、注目を集めようとするそのポーズ。

 しかし、フロアにいたレース関係者たちの反応は、驚くほど冷ややかだった。

 ほとんどの人間が、チラリと彼に一瞥をくれただけで、すぐに興味を失ったように自分の仕事や会話へと戻っていく。

 まるで、道端の石ころでも見るかのような、無関心。

 

 その反応に、若い男の眉がピクリと動いた。

 ムッとしたのか、彼はわざと床をドスドスと鳴らすように、大股で総合受付カウンターへと歩み寄った。

 

「おい! 俺の登録、ちゃんとできてんだろうな!?」

 

 カウンターの向こうで事務作業をしていたネートに、男は喧嘩を売るような口調で声をかける。

 

『ご用件をお伺いいたします』

 

 受付のネートは、顔色一つ変えず、極めて事務的な声で応じた。

 

「用件だと? 俺だよ、俺! レッド・ドッグ様だ! 今回のガンマリーグに個人出場でエントリーしたはずだが、間違いなく受理されてんだろうな!?」

 

 男――レッド・ドッグは、自分の名前をフロア中に響き渡るほどの大声で強調した。

 その必死さが、かえって彼の小物感を際立たせている。

 

『……確認いたします』

 

 受付のネートは、手元の端末を数秒操作すると、すぐに顔を上げた。

 その表情は、依然として涼やかなままだ。

 

『はい、レッド・ドッグ様のエントリー、確かに受理されております。レースでのご健闘を、心よりお祈り申し上げます』

 

 完璧なまでの、塩対応。

 しかし、レッドはそれに気づく様子もなく、「そうか、そうか!」と満足げに大きく頷いた。

 そして、くるりと踵を返し、再びフロアにいるレース関係者たちを見渡すと、高らかに叫んだのだ。

 

「聞いたか、てめぇら! 俺はセル27出身のブレーダー、レッド・ドッグ! 先日、ついにデビュー戦を突破したばかりだが、いずれはこの俺が、ラビリンスパレードを制覇する!」

 

 彼の言った「デビュー戦」とは、LPGが主催する、公式戦未勝利の新人だけが参加を許される特殊なレースのことだ。

 このレースで一度でも勝利を収めなければ、正式なブレーダーライセンスは発行されず、ガンマリーグ以上の公式戦には出場できない。

 いわば、プロへの登竜門。彼は、その最初の関門をようやく突破したばかりの、正真正銘のルーキーだった。

 

「このレースは、その伝説の第一歩に過ぎねぇ! お前らは、俺様の栄光への道筋を彩る、ただの踏み台だ! よく覚えとけ!」

 

 自信満々に、天に向かって拳を突き上げるレッド。

 彼のビッグマウスは、広いフロアに虚しく響き渡った。

 だが、その演説に耳を傾ける者は、誰一人としていなかった。

 

 そのあまりにも痛々しい光景を、柱の陰から見ていた三者三様の反応。

 

 すん……。

 

 スィラは、先ほどまでのキラキラとした期待の光を完全に消し去り、真顔で、ただ静かにその男を見つめていた。

 

「……うぅ」

 

 ジンは、もはや見ていられないとばかりに、両手で顔を覆って俯いてしまった。

 

『おー、げんきだねー』

 

 ムツハだけが、状況をよく理解していないのか、無邪気に感心したような声を上げた。

 

 やがて、静寂を破ったのはスィラだった。

 彼女は、まるで悟りを開いた高僧のような、穏やかで、全てを受け入れた表情で、静かにジンに問いかけた。

 

「……ジン様。もしかして、先ほど仰っていた“お約束”とは、アレのことですの……?」

 

「……うん」

 

 ジンは、顔を覆ったまま、か細い声で肯定した。

 

「なるほど……」

 

 スィラは、短く、しかし万感の思いを込めて、そう呟くことしかできなかった。

 彼女が夢見た英雄譚は、目の前で、あまりにも無惨な形で打ち砕かれたのだった。

 

 レッド・ドッグの虚しい高笑いだけが、しんと静まり返ったフロアに響き渡っている。

 そのあまりの気まずさに、ジンは覆っていた手をそっと下ろし、気を取り直すように一つ息を吐いた。

 

「ただまあ……」

 

 ジンは、呆れと憐憫が入り混じった複雑な表情で、未だに一人で盛り上がっているレッドを見ながら、スィラに説明を始めた。

 

「あの若さでデビュー戦を勝ったってことは、腕は悪くねぇはずだ。それに、親の力か、運良くパトロンを見つけたのかは知らんが、あの歳でガンマブレードを用意できただけでも大したもんだよ」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ。俺がデビューしたのが二十歳の頃だからな。遅くもないが、早くもない。あのレッド君がお前と大して変わらない年齢だとしたら、ちゃんとキャリアを積んでいけば、二十歳の頃の俺よりは優れたブレーダーになる可能性も十分にある」

 

 ジンは、僅かに遠い目をした。

 

「それに、性格はアレだが、無謀さというのは、時に技術に勝る武器になる。勝つか死ぬかの博打は、歳を食えば食うほどできなくなるからな。あの怖いもの知らずの勢いは、若さだけの特権だ」

 

 その言葉には、数々の修羅場をくぐり抜けてきたベテランならではの、確かな実感がこもっていた。

 

「かつて、人類でただ一人、ティールタへ至った伝説のブレーダーも、デビューは十四歳の頃だったらしいからな。なにがきっかけで化けるかなんて、誰にも分からんさ」

 

 ジンは、そこまで言うと、もう一度レッドの方へ視線をやり、締めくくった。

 

「……まあ、性格は、アレだが」

 

 ジンの多角的な分析に、スィラは深く頷いた。

 ただ痛々しい若者だと切り捨てるのではなく、その背景にある可能性まで冷静に評価する。

 それが、プロの世界の視点なのだ。

 

「なるほど……。そういう面もあるのですね。……性格は、アレですけれど」

 

 スィラもまた、ジンの言葉を反芻するように、そう呟いた。

 

「そう言えば、あのレッド氏が着ている民族衣装はどこのものでしょうか?」

 

「あー、多分第5セクターのどっかの部族のだろ。髪の色もあれだし、出身もそのへんかもな。あそこのセクターは宇宙船が内海に沈んだのが多くて、先祖の技術にたよらず、独自に発展を遂げた多民族の集合体なんだ。そのせいかブレーダーやブレードもやたら濃いのが多いんだよなぁ……」

 

「濃い?」

 

「ブレーダーの中にシャーマンって呼ばれるすごいのがいたりしてな、嘘か本当か自然の力を借りたりすることが出来て、ナビネートともやたら相性がいいんだとか。あとは特殊な岩石や大木を削って、D機関やらの部品くっつけて無理やりブレードに仕立て上げたりするのもあってな。原始時代かよって思うんだが、実際ラビリンスパレードにその手のブレードで出場して、そこそこいいところまで行ったりするから侮れん」

 

「ほ、本当なのですか?」

 

「さすがに今じゃ、ちゃんとしたブレードを製造できる企業が進出したり、ブレーダー育成のノウハウが伝わって、そういうのは少なくなったらしいけどな。だが石と木でできたブレードが実在するのは本当だ……」

 

「な、なるほど……」

 

「つっても、よそのセクターからしたら、第7もそう見られてるのかもな。そっちから見るとどうだ? 第1セクターの綺麗な模様やら装飾のついたブレードや、貴族やら騎士やらって華やかなブレーダーと違って、味気なかったりするんじゃないか?」

 

「どうでしょうか……わたくしは、第7セクターの古いものと最先端が混在する雰囲気、嫌いじゃありませんが……」

 

 高笑いを続けるレッドと、完全に彼を無視して日常業務に戻っている室内の人々。

 そのシュールな光景を眺めながら、スィラはまだ諦めきれないのか、一つの疑問を口にした。

 彼女は、フロアの隅で他のチームのメンバーと談笑している、一際体格のいいスキンヘッドの男性に視線を向ける。

 

「ところでジン様。あちらにいらっしゃる、いかにも歴戦の強者といった風格のスキンヘッドのオジサマのような方が、レッド氏に『若造が、調子に乗るな』と、こう、ガツンとわからせたりはしないのでございましょうか?」

 

 その問いに、ジンは心底呆れたように、スィラの頭をやさしく小突く。

 

「お前はスキンヘッドのオジサンをなんだと思ってるんだ。あの人たちもプロだぞ。レース前にわざわざ面倒なガキに絡んで、万が一トラブルになってLPGから出場停止処分でも食らったら、目も当てられねぇだろうが。チームにも、スポンサーにも迷惑がかかる」

 

 ジンは、まるで子供に言い聞かせるように、こんこんと諭した。

 

「だから、ああいうのは『また元気なのが出てきたな』って、遠くから生温かい目で見守るのが、この世界の処世術なんだ。分かったか?」

 

 ジンの現実的な説明に、スィラは自分の夢想が完全に的外れであったことを悟り、素直に頷いた。

 

「はい」

 

『はーい』

 

 隣のムツハも、よく分かっていないながら、元気よく返事をした。

 

 そうして、満足するまで自己顕示欲を発散させたのか、レッド・ドッグは「フン!」と鼻を鳴らすと、ようやくフロアから去っていった。

 

 後に残ったのは、ほんの少しだけ気まずい空気と、ジンの疲れたようなため息だけだった。

 

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