ラビリンスパレード~追放令嬢と挑む惑星横断レース   作:源治

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08話:作戦会議とお勉強

 

 チーム「エメラルド・アイ」の本拠地となった元空き家。

 その二階の一室が、急ごしらえの作戦室となっていた。

 

 部屋の中央に置かれた古びたちゃぶ台を囲んでいるのは、たった三つの影。

 

 一人は、腕を組み、鋭い目でちゃぶ台に広げられた第7セクターの地図を睨む、ブレーダーのジン・カミシロ。

 もう一人は、背筋を伸ばし、真剣な面持ちでジンの言葉を待つ、チーム代表のスィラ・マクマハウゼン。

 

 そして、なぜか当然のようにスィラの隣にちょこんと座り、ちゃぶ台の木目を指でなぞって遊んでいる、先日助けたネートの幼体。

 

「……で、だ」

 

 重い沈黙を破ったのは、ジンだった。

 

「チーム結成だの、本拠地設立だの、景気のいい話で盛り上がったが、ここからは現実的な話をする。俺たちの目標は、三年後のラビリンスパレード。そうだろ、代表?」

 

「はい! もちろんですわ!」

 

 スィラは、力強く頷く。その瞳には、一点の曇りもない。

 ジンは、そんな彼女の様子に小さく頷くと、説明を続けた。

 

「ならまずはいろいろと、お互いの知識と認識のすり合わせといこう。最初はレースについてだ。この星で最も人気があって注目を集めるブレードレースだが、それには大きく分けて三つの階級(リーグ)がある」

 

 ジンは指を一本立てる。

 

「一番下が『ガンマリーグ』。観光のときに使ったフロートバイクより、ちょいデカいサイズの『ガンマブレード』で競うレースだ。サイズの関係もあって、ブレードの製作費が抑えられる。

 だからスポンサーがいなくても、ある程度の予算があれば個人でも参加できるんだが……そのぶん賞金も名誉も、上位のリーグに比べると落ちる。つってもまあ、この星じゃどんなイベントよりも人気のあるレースだから、それでも結構すごいけどな。とにかく、上を目指すチームにとっては、腕試しや実績作りの最初のステップだ。

 ただしセルレース(下位)ならともかく、セクターレース(上位)ともなると、ガンマレースで食ってるベテランもいて手ごわいし、賞金なんかのリターンも全然違うわけだが、ひとまず置いとく」

 

 次に二本目の指を立てる。

 

「その上が『ベータリーグ』。俺がこの前までいた場所だ。上位リーグのマシンのベースにも使われる、本格的な『ベータブレード』を使う。サイズもガンマブレードの二倍以上だ。

 こっちも各セクターが主催するセクターレース(上位)と、各セルが開催してるセルレース(下位)があるな。

 上のリーグと兼業してるチームも多いから、注目度も高い。だが、マシン開発維持費にチームの維持費と、中小企業のスポンサーがなきゃ運営は不可能だ」

 

 そして、三本目の指。

 

「そして頂点が『アルファリーグ』。すなわち、ラビリンスパレードだ。三年に一度の、惑星全土が注目する最高の舞台。複座式の『アルファブレード』に乗って、ナビネートと共にラビリンス領域に挑む。技術、資金、人材、その全てが最高レベルじゃないと、参加したところで無駄死にするだけだ」

 

 

 ジンの説明に、スィラはゴクリと喉を鳴らした。

 

「嬢ちゃんはうちのチームがいきなりアルファリーグ……ラビリンスパレードに挑めると思うか?」

 

「……挑むだけなら可能かと思いますが、制覇となると足りないものがあるように思えます」

 

「その認識であってる。そうだな……俺たちがラビリンスパレードを目指すにあたって、いろいろと足りないものがあるが、特に必要なもの……それは、ずばり“知名度”だ」

 

「知名度、ですの……?」

 

「ああ。嬢ちゃんの持ってる資産は確かに大したものだが、それはあくまで個人として、だ。チームを運営し、アルファやベータに挑むには、桁が二つも三つも足りない。だから、俺たちの活動を支援してくれるスポンサーを集める必要がある」

 

 ジンは、厳しい現実を淡々と突きつける。

 

「だが、設立されたばかりの、実績ゼロのチームに金を出してくれる酔狂な企業はまず無い。腕のいいメカニックやスタッフも、将来性のないチームには来てくれん。そしてなにより、ネートにとっての政府みたいなもん、『ネートリトヴァ神殿』は信頼と実績のないチームに、優秀なナビネートを派遣してはくれない」

 

「……」

 

「だから、俺たちがまずやるべきことは一つだ。いまある予算をなるべく使わずに、誰の目にも明らかな“実績”を積むこと。……どうするべきか、わかるか代表?」

 

 ジンは、試すようにスィラに問いかける。

 代表としての器量を、彼は見極めようとしていた。

 

 スィラは、ぐっと唇を結び、数秒間、真剣に考え込んだ。

 やがて、一つの結論に達したのか、顔を上げ、決意を込めて答えた。

 

「……ガンマリーグで、ひと暴れする……でしょうか?」

 

 それは、ジンの説明から彼女が導き出した、彼女にとっての現実的な答えだった。

 ジンは、その答えを聞くと、ニヤリと口の端を上げた。

 

「悪くない。それでいこう」

 

 あまりにもあっさりとした、即決だった。

 

『いぎなしー』

 

 ちゃぶ台の木目をなぞっていたネートの幼体が、気の抜けた声でゆるく同意する。

 

「えっ!? よ、よろしいのですか!? もっと、こう、議論とか……!」

 

 スィラは、思わず声を上げた。

 ジンは、そんなスィラの様子を楽しそうに眺めながら、地図をトントンと叩く。

 

「いいんだよ。たしかに他にも手はいくつかある。だがな、これは嬢ちゃんのチームだ。チームが踏み出す最初の一歩くらい、運試しも兼ねて、代表のひらめきに賭けてみるのも悪くねぇ」

 

「……っ!」

 

 スィラは、ジンの言葉に胸を突かれた。

 彼は、自分を共に戦うチームの代表として、確かに認めてくれている。

 その事実が、じわりと彼女の心を温かくした。

 

「……はいっ!」

 

 スィラは、椅子から立ち上がると、深く頭を下げた。

 

「ジン様の期待、必ずや応えてみせますわ!」

 

「ああ、期待してるぜ、代表」

 

 ジンは満足げに頷くと立ち上がった。

 

「よし、方針は決まった。じゃあ、さっそく準備に取り掛かるぞ」

 

 ジンに促され、三人は一階へと移動する。

 そこは、がらんとした土間の空間で、奥にはガレージとして使えそうな広いスペースがあった。

 

「まず必要なのは、なによりマシンだ。ガンマブレードを手に入れなきゃならん」

 

「でしたら、すぐにでも最新鋭のものを手配いたしますわ! この星で一番速いと評判のメーカーは……」

 

「待て待て、落ち着け」

 

 意気込むスィラを、ジンは手で制した。

 

「新品を買ったり、一から作ったりするのは予算の無駄だ。そこに、もっといいベース機がある」

 

 そう言ってジンが指差したのは、部屋の隅に置かれた、見覚えのある乗り物だった。

 それは、先日、島を案内した時に使った、古びたフロートバイク。

 ラビリンス領域のエネルギー波に煽られ、海に投げ出されたはずの、あのバイクだ。

 

「これ……! 回収なさったのですか!?」

 

「ああ。父さんが岩礁に引っかかってたのを、引き揚げてくれたんだ。海水に浸かっちまったから、一度全部バラしてオーバーホールしなきゃならんが、まだまだ使える」

 

 ジンは、バイクのボディをポンと叩く。

 その目には、古い相棒に対するような愛着が浮かんでいた。

 

「幸い昔取ったなんとやらで、俺にはこれを、ガンマレース仕様に改造する技術がある。つまりはこれをガンマブレードに仕上げるのが、いまのところ一番安上がりだ」

 

「なるほど……! さすがですわ、ジン様!」

 

 スィラは感心したように頷く。

 ジンは、そんな彼女に向き直った。

 

「で、だ。改造するにあたって、嬢ちゃんに頼みたいことがある。役場にある『LPG』の窓口に行って、推進力を得るパーツの『ベクトル推進コイル』と、ブレードを浮かせる『フロート磁力コイル』、そしてエンジンにあたる『D機関』を手配してくれ」

 

『えるぴーじー……?』

 

 ネートの幼生体が、不思議そうにつぶやきながら、身体をゆらゆらと揺らした。

 

「……LPGを知らないのか?」

 

『しらなーい、ジンおしえてー』

 

「あらあら」

 

「お前なら、共有思念網ですぐ調べられるだろ」

 

『やだー、ジンにおしえてもらうー』

 

「ふふふ、いいではありませんか。わたくしも、そこまで詳しいわけではありませんし。ジン様の知識とのすり合わせをさせていただきたいですわ」

 

 ジンは、大きなため息をつくと、がっくりと肩を落とした。

 そして、無言で踵を返し、再び二階の作戦室へと向かう。

 

「……わかったよ、また勉強会だ。ついてこい」

 

 かくして、急遽「LPG講座」が開催されることになった。

 ジンは、ちゃぶ台に両肘をつき、教壇に立つ教師のように厳かな雰囲気で口を開いた。

 

「いいか、よく聞け。LPGを知らずにレースの世界で生きていくのは、ネートリトヴァ神殿の存在を知らずにこの星で暮らすようなもんだ。絶対に覚えろ」

 

 ジンの真剣な眼差しに、スィラとネートの幼体は、背筋を伸ばして居住まいを正した。

 

「LPG。正式名称は『ラビリンスパレードグループ』。惑星プラタマにおける全ての公式ブレードレースを統括し、ラビリンス航路の管理・運営を行う、官民一体の超巨大複合事業体だ。ネートリトヴァ神殿、プラタマ連合政府、各セクターの有力企業が出資してるが、実質的な実権はネートが握ってる」

 

「おお……!」スィラは感心したように声を上げ、熱心にメモを取り始める。

 おそらく彼女の知らない内容が含まれていたらしい。

 

「LPGの主な役割は、レースの主催や公認、ブレードの機体規格や安全基準といったレギュレーションの制定、俺たちブレーダーやナビネートのライセンス管理なんかがそうだ。俺たちがいまから手に入れようとしてるコイルも、LPGが定めた規格品じゃなきゃ、公式レースじゃ使えねぇ。それくらい、絶対的な権威を持ってる」

 

「なるほど……レース界の法律、いえ、支配者のような存在なのですわね」

 

「まあ、そんなとこだな。そして、じつはこれには裏がある」

 

 ジンの声のトーンが、わずかに低くなる。

 

「LPGの本当の目的。それは、ラビリンスパレードを開催し、ネートたちの悲願である聖地『ティールタ』へ到達しうる、次世代の『ヴィーラ』……つまり、最高のブレーダーとブレード、そしてナビネートのペアを選び出すための、壮大な選抜試験の場を作り出すことだ」

 

 その言葉に、スィラのペンを持つ手がピタリと止まった。

 彼女のグリーンの瞳が、真剣な光を宿してジンを見つめる。

 

「例えばだが、LPGはティールタへ到達する条件を、ある程度絞り込めてるんじゃないかって噂がある。その理由が、ネートがブレーダーになることを禁止する項目だ。

 普通に考えれば、ネートがブレードを操縦して、ネートがナビをする、この組み合わせのが強いに決まってる。だけど、禁止されてるってことは、それがティールタへたどり着くための条件から、外れてると知ってるからだ。まあ、公然の秘密みたいなもんだがな」

 

 コホンと、一つ咳払いをしてジンは続ける。

 

「そんなわけで、なんとしても優れた“人間”のブレード乗りを増やしたいLPGは、全てのレースの走行データはもちろん、ブレーダーの精神状態やナビネートとのシンクロ率まで、あらゆる情報を収集・分析してるって話だ。

そして、有望な『ヴィーラ候補』を見つけては、神殿に報告し、時には密かに試練を与える……なんて噂もある。どのみち俺たちレース関係者は、常に監視されているってことだ。わかったか?」

 

「はいっ! よく分かりました! ありがとうございます、ジン様!」

 

 スィラは、興奮冷めやらぬ様子で力強く頷いた。

 その隣で、ネートの幼生体も『ふむふむ』と、分かっているのかいないのか、相槌を打ちながら身体を揺らしている。

 

(……先が思いやられるな)

 

 ジンは、このチームの未来を案じつつも、彼女たちの純粋な学習意欲に、どこか悪い気はしないのだった。

 

 一通りの説明が終わると、スィラは「行ってまいりますわ!」と宣言し、勢いよく部屋を飛び出していった。

 ネートの幼体も、『いってきまー』と気の抜けた声を上げながら、その後を追う。

 

 二人が向かったのは、汐凪島の中心部にある、小さな役場だった。

 

 その一角に、LPGの出張窓口が設けられている。

 カウンターの向こう側に座っていたのは、事務的な眼鏡をかけ、黒い髪を短く整えた、いかにも仕事ができそうな雰囲気の青年期ネートだった。

 

「ごめんくださいまし! ガンマブレード用の三つのパーツ……ベクトル推進コイルと、フロート磁力コイル、D機関を手配していただきたいのですが!」

 

 スィラが息を切らしながら用件を伝えると、担当のネートは、手元の端末を操作しながら、淡々と尋ねた。

 

『チーム名と代表者名をどうぞ』

 

「チーム名はエメラルド・アイ、代表名はスィラ・マクマハウゼンですわ!」

 

『……確認いたしました。して、パーツはレンタルになさいますか? それとも、買い切りで?』

 

「『???』」

 

 予期せぬ質問に、スィラとネートの幼生体は、顔を見合わせた。

 

 担当のネートは、そんな二人の様子を見て知らないことを察し、丁寧に説明を始める。

 

『レンタルは、買い切り金額の一割をお支払いいただいたうえで、使用時間、使用距離などから算出した使用料を六ヶ月毎にお支払いいただく形になります。初期費用を抑えられますが、パーツの所有権はLPGにあり、許容範囲以上の改造や調整には制限がかかり、範囲を超えると買い取っていただきます。

 一方、買い切りは、初期費用は高くなりますが、パーツはチームの所有物となり、レギュレーションの範囲内であれば自由に改造・調整が可能です。

 レンタルですと別費用になりますが、保険をかけることも可能ですので、予算に余裕がなければそちらをお勧めしますが』

 

「なるほど……」

 

 スィラは、腕を組んで少しだけ考え込んだ。

 そして、すぐに顔を上げると、迷いのない声で答えた。

 

「では、買い切りでお願いいたしますわ!」

 

『……かしこまりました。参考までに、理由をお伺いしても?』

 

 担当のネートは、少しだけ意外そうな顔で問いかけた。

 新設のチームが、いきなり高価なパーツを買い切るのは珍しいケースだったからだ。

 

 スィラは、その問いに、満面の笑みで答えた。

 その声は、弾むような喜びに満ちていた。

 

「理由ですの? それは……いつでも、ジン様の後ろに乗れるからですわ!」

 

『……は?』

 

「レンタルですと、コストが気になって、レースや練習のときしかバイクに乗れませんでしょう? でも、買い切りなら、わたくしたちのバイクですもの! お散歩でも、デートでも、いつでもジン様の後ろに乗って、あの広い背中にしがみつくことができるのですわ! ふふふっ! あっ、ジン様というのは、我がチームのブレーダーでそれはもう素晴らしい……」

 

 幸せそうに語るスィラの姿に、担当のネートは、一瞬、思考が停止した。

 やがて、我に返ると、無表情のまま手続きを進める。

 

『はぁ……そうですか』

 

 しかし、その口元から、周りには聞き取れないほど小さな声が、ぽつりと漏れた。

 

『……羨ましい』

 

 

 

 

 

 

【ブレードレースのリーグと順位についての補足】

 

■リーグの順位について

・アルファリーグ(通称:ラビリンスパレード)

3年に一度、1ヶ月全7戦の合計タイムで競う、惑星唯一の統一リーグ。

ここで優勝することだけが「惑星最速」の証明となる。

・ベータリーグ/ガンマリーグ

惑星各地のレースに自由に参加し、『年間』獲得賞金の総額で順位を争う。

 順位は各所属のセクターごとに算出される。

 

■ベータリーグ/ガンマリーグの順位の決まり方

両リーグの順位は、各チームが所属するセクター内での獲得賞金の総額によって決まります。

惑星全体の統一ランキングはありません。

そのため、作中で使われる「セクター制覇・リーグ制覇」とは、所属セクター内での年間賞金ランキング1位を指します。

(例:ジンの回想で登場した「ブルー・ゲイル」は第7セクターのベータリーグ制覇チーム)

 

■補足ルールなど

・他セクターへの遠征

 実績を認められ、遠征先セクターの許可が下りれば、所属セクター外のレースにも参加可能です。

(例:第7セクター所属のチームが、第1セクターのレースに参加するなど)

 一発逆転を狙って、賞金額が一番大きい第1セクターのレースに参加するチームも存在します。

 ただし、そこで得た賞金は、あくまで自分の所属セクターのランキングに加算されます。

 第7セクター所属のチームが、いくら第1セクターのレースで勝利しても、第1セクターのランキングに載ることはできません。

 また、他のセクターに遠征するためには、ラビリンス航路を渡る必要があるためリスクがあり、費用もかさむ傾向にあります。

 

・レースの格

 下位の「セルレース」にも、上位の「セクターレース」に匹敵する高額賞金の人気レースが存在します。

 そのため、上位のレースを主戦場にするチームが、賞金目当てで下位のレースに参戦することも珍しくありません。

 

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