戦艦擬人化系生徒な先生と司令長官な先生が透き通る世界を守る話   作:SR-71改

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 引き続きご覧いただき、誠にありがとうございます。
 ここからは「もう一人の先生」にして、シャーレの顧問を務める存在がキヴォトスにエンカウントする展開を描きます。

 それでは、どうぞ。

追記:2025/9/29 01:50 内容を修正




PRE-0-001 <<TIME REQUIEM(時空の残響)>>

───OFFLINE.

 

 

 最期の記憶は、キャノピーの内側が光に満たされた瞬間で途切れていた。

 

 忌まわしき_____を遂に葬り去ったと思った直後、全てを道連れにせんとばかりに万物を取り込む熱と光の奔流を前に、男は愛機ともども熱量に呑み込まれ、世界から消えた。

 

 だが意識が焼滅する瞬間、男は確かにその言葉を聞いた。

 

 機能を失ったHUDの上に、淡い青の晄輪(ヘイロー)が、十字架のように浮かび上がる中で。

 

 嘆くようにも願うようにも聞こえた、その言葉が。

 

 

 

 

 

 

──我々は望む、七つの嘆きを。

 

──我々は覚えている、ジェリコの古則を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


────

──

 

 

 

──視界には、記憶にない光景が広がっていた。

 

 そこで何があったのか、私は知らない。だがそこでは間違いなく、かつて“何か”が起こった──あるいは今、起きていた。

 

 私はその光景を“見せられていた”。肉体も輪郭もない見物人(Spectator)のように、私の視線だけが、その世界にあった。

 

 舞台はどこかの“都市”に似ていた。だがその都市景観は今や、惨憺たる有り様を呈していた。

 

 天を衝くような摩天楼の数々は地へと崩れ落ち、空は黒く()()()いた。天と地の境界は曖昧で、赤黒く煙る霞が世界を支配している。

 

 確かにここは見覚えのない都市ではあったが、こうして荒廃した都市の前例ならば、私は知っていた。だがそれは明らかに、私の知る手段によって滅ぼされた光景ではなかった。

 

 巡航ミサイルでも、弾道ミサイルでも、戦略爆撃機でもない。もっと何か、別の───

 

 

 

 銃声が三発、何処かで響いたような気がした。

 拳銃を手にした黒いドレスの女が、グレーの長髪を揺らしながら歩みを進める。頭には狼の耳を思わせる器官が一対生え、光を失った目と黒く濁った晄輪が、全てを吸い込むような闇を湛えている。

 

 眼前には、入院着と思しき薄手の衣服を着用したまま、地に倒れ伏した“誰か”。

 服は擦り切れ、頭部は煤と血で汚れた包帯で覆われ、手足は枯れ枝のように痩せ細っていた。

 

「もう、先生を守る方法はない。これで……これで全部、終わるはずだから……」

 

 銃痕を刻まれて光を失ったタブレット端末を見遣った女は、次は倒れ伏した者に銃口を向ける。

 

…助けなければ。

 

 私は踏み出そうとした、だが視界が動くことはなかった。

 手足の感覚はない。身体の位置も、今の自分がどのような状況にあるのかも分からない。ただ、眼前の光景を見せられるだけの傍観者。それが、その時の私だった。

 

 女が撃鉄を下ろし、引き金に指を掛ける。

 

───待て

 

 叫びあげる前に、女は徐ろに銃を下ろした。

 疲れ果てたように腕を垂れ下げた女は────泣いていた。

 

「……だめ、私……私には、出来ない」

 

 膝を折り、倒れたその者を抱き締め──泣いた。

 名も知らぬその人物の姿は、私にははっきり見えなかった。

 だがその者が、彼女にとっての“先生”であることは、直感的に分かった。

 

「先生、ごめんなさい……私が、生きているせいで……」

 

 そのときだった。

 

 空に、裂け目が生じた。

 

 そこから、“それ”が現れた。

 

 目で追ったのではない。

 空に生きた者としての本能が、視界を無理やり上へと引き上げたのだ。

 

 視界に映った“それ”は、名も、形も、定義も持たない光だった。ただ、そこに()()()きた。

 

 

 私は、動けなかった。

 視線は固定され、身体は凍りつき、声も出ない。

 

 この世界に放り出された意識だけが、“それ”を観測していた。

 

 “それ”は、女の上に降りてくる。

 

 だが、その直前。

 

 “先生”がその身を起こし、彼女の前に立った。

 

 

「………───────っっっ!!!!!」

 

 

 女が、何かを喚こうとした。

 声にならない声。

 彼女の叫びも虚しく、その者は、降りてきた“それ”に触れた。

 

……どこからか、両者のものとは異なる声が響いてくる。

 

「───『色彩』が、箱の主と接触した!!」

 

「この事態は想定していない……それとも、あの者の『苦しみ』に反応したのか?」

 

 どこから来たのか、どこに立っているのかも判然としない、不気味な白装束の連中。

 奴らは、“あれ”に触れたあの者を前に、混乱を極めた状態にあるようだった。

 

「不可能だ、あの者は『神秘』『恐怖』『崇高』のいずれも有していない。『色彩』が無価値なものに接触する理由などない」

 

「つまり、何を意味する───?」

 

「あの者が、死の神の代わりに『色彩の嚮導者』になるというのか?」

 

「理解できぬ……」

 

「だが、あの箱を我々が所有できるのならば、理解する必要もない」

 

「箱の主よ。お前の望み通り、『色彩の嚮導者』の役割を与えよう」

 

 

 その瞬間、空間が軋む。

 

 そして、あの者が──“名前”を与えられる。

 

「お前にプレナパテス(偽りの先生)の名を与える」

 

 “Phrenapates(プレナパテス)”……意は、「自己欺瞞」「魂を欺く者」、だったか。

 

色彩の嚮導者は、我々『無名の司祭』の意志を代弁するのみ。己の意志を持てると思うな」

 

 己の意志を、奪う……?

 人間としての自我を、あの者から、消す……ということか?

 

「箱の力は、我々が預かる」

 

「お前はこの選択を、未来永劫、後悔するだろう────!!!」

 

 白装束共が、あの者を罵っている。

 

 崩れ臥して号哭する黒いドレスの女が、“プレナパテス”とやらに変貌した者に、懺悔のように謝罪の言葉を口にした。

 

「先生、ごめんなさい……私が、生きているせいで……私が、死ねなかったから……」

 

 だが、“先生”はその言葉を否定した。

 

「あなたのせいじゃないよ、___」

 

「……先、生?」

 

 女の名前は、聞き取れなかった。だがその言葉に、女は顔を上げた。

 

 

「己の人生を悔やんだり、責めないで。幸せを願う気持ちを、否定しないで

 

 生きていることを諦めて、苦しみから解き放たれた───だなんて、悲しいことを言わないで

 

 苦しむために生まれてきた──だなんて、思わないで。そんなことは、絶対にないのだから

 

 どんな生徒(子供)も、そう思う必要なんてないのだから

 

 

 子供の『世界』が、苦しみで溢れているのなら……

 

 子供が、絶望と悲しみの淵でその生を終わらせたいと願うのならば……

 

 そんな願いが、この世界の何処かにまだ存在するというのなら、それは───

 

 

 その世界の責任者のせいであって、子供が抱えるものじゃない───世界の『責任を負う者』が抱えるものだよ

 

 たとえ罪を犯したとしても、赦されないことをしたとしても──生徒(子供)が責任を負う世界なんて、あってはならないんだよ

 

 いついかなる時であっても───子供とともに生きていく()()が背負うべきことだからね」

 

 

 背を向ける“先生”。女がその背に手を伸ばし、再び涙を流して叫んだ。

 

 

「せんせぇぇぇぇ──────っっっ!!!!!!」

 

 

 “先生”に、白装束の一人が怒声を叩きつけた。

 

 

「驕るな─────!!!!」

 

「アレは、お前が知る生徒ではない!!!!」

 

「アレは神が顕現した者!『神秘』であり『恐怖』であり『崇高』、『光』である『絶対者』!」

 

「アレは『観念』で、お前が理解できない、畏怖すべき対象なのだ!!」

 

「想像界で表象され、現実界へと至る……象徴界の記号であり隠喩(メタファー)なのだ!!」

 

(違う、あの子は……あの子は、ただ……)

 

 その者は白装束に向かって、掠れた声帯を震わせて反駁する。

 

(_____……_____……、………────)

 

 聞き取れないが、それでも。

 

████高等学校の、█████だよ。)

 

その声には、確かな覚悟があった。

 

(私の「世界」で苦しんでいる、ただの「子供」だよ)

 

「お前はこの選択を、未来永劫、後悔するだろう────!!!」

 

(そうかもしれない、でも……大人として、子供を守り───先生として、生徒を守るため。大人の責任……先生の義務を、果たすためだよ。

 

どんな方法だったとしても、いかなる代償を支払うことになったとしても───)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──違う。

 

 

 

 

 

『!!?!?!?!?』

 

 

 

 漸く、声が出た。

 空気が震え、世界が軋む。崩落しゆく世界が、一拍だけ息を呑んだように静まり返った。

 

 白装束共が、ドレスの女が、“先生”が、私に視線を注いだ。

 

 向けられた表情は、驚愕の一色に染まっていた。まるで虚空に存在する音源から、予想だにしない声を投げられたかのように、その視線が束となって一点に集中する。

 

 だが、その視線が集まる一点は、確かに私に一致していた。

 この世界ではその輪郭すら曖昧な、私という存在に。

 

 

「馬鹿な!!?異分子……観測されざる因子だと!?」

 

「なぜこの場に在る!??この時空には属していないはずだ!!」

 

「識別不能……位記なし、署名なし、目録に記載なし。肢体なき声、輪郭なき視線。何者だ」

 

──私が何者であるかなど、ここでは関係ない。重要なのは、そこで続いている“処理”が、人間を人間ではない“部品”に落とすという現実だ

 

「……構わん、捨て置け。未詳の声など取るに足らぬ。式次第は継続する」

 

 “先生”に向き直って告げようとした白装束の背に、私は声を投げ、視線を放つ。

 

──続けるのは勝手だが、それが人間の尊厳を踏み潰すならば、私はここで否を唱えるまでだ

 

「……何だと?」

 

 鬱陶しいとばかりに振り向いた白装束に続き、他の者も私に再び視線を集中させる。

 

「仮初の皮膜は剝落し、死の神は恐怖(テラー)へと反転した。『生徒』のテクスチャは崩れ、器は観念へ転じた。なおも幼き名で縛るつもりか?」

 

「受肉は解除された!貴様も箱の主と同じく、尚も人間という薄衣を重ね塗りして崇高なる概念を汚すつもりか!!」

 

──違う。貴様らが幾らその少女の呼称を変えても、彼女の人間性は変わらない

 

──名称の言い換えで、責任の所在を──人権と尊厳を有耶無耶にするな

 

 白装束らの合声が揺らぎ、崩れた空の亀裂の奥で“それ”が微かに脈動する。

 輪郭が曖昧となった“先生”が、私を見たように思えた。

 

(貴方は……誰……?)

 

──名乗りなど不要だ。ここには守るべき対象がいる。それだけで全て事足りる

 

「未詳の声に惑うな、嚮導者よ。名のない助言は儀礼に与らぬ」

 

外来の残響(OUTSIDER)よ。貴様は人か、器か、殻か──未定義。人間のタグは照合不能となった。ここに在るのは役割、導標、処理のみ」

 

──それは貴様らの勝手な都合だ

 

──貴様らが何を成すつもりかは知らないが、世界の存亡に係る負荷を少女に与えた挙げ句、教師がそれを肩代わりする“責任”を問われるなど……社会の在り方として甚だしい錯誤だ

 

──子供の人生に、大人が責任を取る。その原理について、私も異議はない

 

──だが忘れるな。大人であろうと子供であろうと、皆一様に人間であることを。等しく守られるべき人生と権利、そして尊厳がそこにあることを

 

──人間の背負うべき責任が、人間の尊厳を蹂躙するものであってはならない。その枠を踏み越えた瞬間、それは責任と呼ぶに値しない。単なる暴力であり、責任の名を借りた人間性の破壊だ

 

 白装束が、無言の嘲笑で仮面の下を歪ませる。

 

「では問う──誰がその負荷を受ける」

 

──それは、私たちのような──戦いを生業とする存在(軍人)が背負うべきものだ

 

──それを背負うべきは無辜の民ではない。前線に立つ者の職分だ。矛先を受け、代価を払うのは我々の任務だ

 

「未詳の兵よ、貴様はいずれの規範に服す」

 

──軍律、任務、そして最低限の倫理。要点は単純だ

 

──子供に背負わせるな、教員に背負わせるな。民間人に背負わせるな

 

 私の声に震えたのか、僅かな光の粒子が“先生”の周りでほどける。

 声が、聞こえた。

 

(いいんです……私は、これでいい。私が“人間”でなくなることで……誰かが生きられるのなら。それで、生徒が守られるのなら……私は、その道を選ぶ。それが、“大人”としての責任だから)

 

──お前は、そのために“人間であること”すら捨てるのか?

 

(はい───私は、“先生”だから。大人だから。生徒のためなら…私なんて、いくら傷ついても構わない。生徒たちだけは、守られなければならない)

 

──違う

 

(え…?)

 

──“守る”ことと“消える”ことは違う。“傷つく”ことと“壊れる”ことは違う

 

──守ることは許される。だが、尊厳を砕く負荷は“責任”ではない

 

──人間であるからこそ、責任は意味を持つ。人間であるからこそ、間違いも、赦しも、願いも存在する

 

──それを捨てた時点で──お前が希ったその思いは、もはや誰にも届かんぞ

 

 白装束らが怒気を帯び、苛立った口調で式次第の継続を宣告する。

 

「式は完了する。嚮導者は我らの詞を通す管。未登録の声は記録に残らぬ」

 

「流離う者よ、貴様の軍律はテウルギアの外にある。目録に載らぬ倫理で機構を動かせると思うな」

 

──記録など要らない。結果を残せ。

 

──子供が()()()()()()()()()()()()()()()世界という結果を。

 

 “先生”の視線が、壊れかけの空の縁で揺れた。“それ”の光が、次第に濃くなっていく。

 

(貴方はきっと、強い人なんですね)

 

──……私は、無力な存在だ。お前達を前にして、声以外に存在を知らしめる(すべ)を持たない

 

──だが、そんなことはどうでもいい。私の身など、どうなろうと構わん

 

──“人間らしくあろうと願う者たち”の尊厳だけは、何があろうと踏み躙らせはしない

 

──プレナパテスとやら……いや、“先生”。お前が背負おうとしている“それ”は、言うなれば人格の否定、そして尊厳の破壊だ。責任という名目で美化してはならん。甘受してはならん

 

(っ……!)

 

──確かにお前の選択は、大人として、教員としての責任を果たそうとした結果なのかもしれない。生徒のために命を張る、誰にも真似できない、尊ばれて然るべきものかもしれない

 

──お前の選択は、確かに“善”だ

 

──だがそれは、お前自身の権利と尊厳を放棄する理由にはなり得ない

 

──消える役、そして背負う役とは──本来、戦う者が引き受けるべきものだ

 

──故に、私は異を唱える。お前や、そこにいる少女のような犠牲が、繰り返されることのないように

 

──たとえ私が、この世界に記録(アーカイブ)されない存在だったとしても

 

──抗う意思だけは、ここに在る

 

 白装束らが、最後の文を読み上げる。

 

「嚮導者よ。己が意を捨て、我らの詞を通わせ」

 

「箱は我らが保管し、門は我らが選別する。未詳の声は記載外」

 

「遍く方舟を等しく沈め、忘れられた神々に破滅を齎せ。今の汝はそのためだけに在る」

 

「貴様の“責任”を果たし、死の神と『色彩』に方位を示す羅針儀となれ」

 

 光が落ち、音が引き、世界が薄紙のように剝がれていく。

 “それ”の光が“先生”を包み、プレナパテスという“名”が定着する。

 

 

(……ありがとう───貴方の意志が、誰かを救ってくれると、いいですね)

 

──人を救うのは意志ではない。そこに伴う行動だ

 

 

 崩れ落ちる鉛色の天蓋の下、最後に“先生”の声が残る。

 光が閉じ、風だけが残った。世界が暗転した。

 

 私がそこにいたのか、確信はない。

 ただ、確かに声を発した。だから、これは私の“記憶”だ。

 

 砕けていく静寂の中で、私はひとつの意味だけを握り締めていた。

 

 

──まだ終わってはいない。寧ろ、これはまだ始まりに過ぎない

 

 

 私だけがただ一人、その意味を刻み続けていた。

 

 

 

 

◆───

 

 

 

 

 

──私はもう、“先生”ではない。

 

 

 

 それでも──まだ、想いは残っている。

 

 貴方の声が、届いた気がした。

 

 誰なのかは分からなかった。

 輪郭もなく、記憶にもない。

 

 でも、その言葉は──鋭く突き刺すようで、私には真似できないほど真っ直ぐだった。

 

 どうか、世界を憎まないで。

 どうか、自分を責めないで。

 

 貴方の言う通り、私の願いは───

 

 ……誰かを守りたい、ただそれだけだった。

 

 

 でも、私ではもう、きっと無理なんだ。

 誰かの幸せを、守れる存在でいたかったのに。

 

 

 だから、どうか……貴方に、託したい。

 

 

 私は、これから“嚮導者”になる。

 それに相応しいかどうかなんて、分からない。

 誰かをまた、傷つけることになるかもしれない。

 

 でも──きっと、あなたなら。

 

 

 

 どんなに傷ついても、怒りに染まっても、

 それでもなお、子供たちに手を差し伸べてくれると、信じられる。

 

 

───大人のカードを使う。

 

 

……そうだ。言葉にできなくなる前に。

 

 

 最後に、お願いがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒たち(みんなのこと)を、よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アトミック先生っ!!!!!」

 

「─────…──……─!!」

 

 その意識を闇に閉ざした静寂を、鋭い声が切り裂いた。

 

 その声に脳を揺すられ、「アトミック先生」と呼ばれた男───

 『星屑の艦隊』司令長官アドミラル・アトミックは、覚醒を果たした。

 

 身を預けていたソファーから項垂れた上体を起こして周囲の状況を確認し、敵の有無を確かめる。現在位置は場所不明の室内。どうやら緊急脱出(ベイルアウト)後の降下地点ではないらしく、そこには愛機も僚機も見当たらなかった。

 

 そして視界の中央に立つのは、白いコートと制服に身を包んだ長身の女性───もとい、やけに大人びた女生徒だった。フレームレスの眼鏡のレンズを隔ててアトミックを見つめる碧眼は、微かに揺れているようにも見えた。

 

「……誰だ、お前は」

 

 北欧神話やファンタジー作品で登場するエルフに似た三角形の耳、そして頭上に浮かぶ光の輪など、眼前の女生徒はアトミックの知る「人間」の姿から著しくかけ離れていた。

 コートの内側にちらりと見えたホルスターには白塗りの拳銃が収められており、その制服はアトミックが知る中で、いかなる政府機関及び軍事組織のものとも一致しない。

 アトミックは瞬時に、自分が何らかの異常事態に巻き込まれたらしいことを悟った。

 

「お目覚めになられて良かったです、何度呼びかけてもお返事がなかったので、万が一の事態も想定したんですよ?」

 

「そう、だったのか……」

 

 膝を折ってアトミックの座高に目線を合わせた女生徒は、咳払いを一つ挟んで言葉を続けた。

 

「少々待ってくださいと申し上げておりましたのに、ここまで熟睡されるとは……お疲れのところ大変申し訳ありませんが、ちゃんと目を覚まして、集中してください。もう一度改めて、今の状況をお伝えいたしますので」

 

「……聞こうか」

 

 呆れと憂いが半分ずつ入り混じったような口ぶりに「何様のつもりか」と言いたくなったアトミックだったが、ここではその言葉を押し留めて彼女に向き直った。

 現在の状況がわからない以上、この状況について説明を受けなければ何も判断ができないのも事実だ。浮かんだ疑問をいつでも言えるように脳内へ仕舞い込んだアトミックは、並々ならぬ事情があるらしい女生徒の言い分を改めて聞くことにした。

 

「私は、七神リンと申します。学園都市『キヴォトス(Kivotos)』の連邦生徒会(General School Council)、その首席行政官を務めている者です。そして貴方はおそらく、私たちがここに呼び出した先生……のようですが」

 

 中央行政組織の行政官。

 ───つまり彼女、もといリンと名乗ったこの少女は、生徒であり、政治家。

 常人であれば一瞬にしてその常識を打ち砕かれるであろう自己紹介に、アトミックは一瞬眉間に皺を寄せた。このようなティーンエイジャーに行政決定の重責を任せ、都市運営を行っている世界が存在するものか、と。

 Κιβωτός(キヴォトス)──ギリシャ語で『方舟』を意味する都市名ではあるが、こんな子供に政治的な決定を任せているという行政が、まともな状態で回っているとは到底思えない。これでは泥舟ではないか、と思わされるアトミックであったが、その憂慮は程なくして的中することとなってしまう。

 アトミックは手始めに、自らの脳裏に浮かんだ質問をリンに順次突きつけていくことから始めた。

 

「……“ようですが”、とはなんだ。人違いだったらどうするつもりだ」

 

「そのような推測系でお話ししたのは、私達生徒会役員も、先生がここにいらっしゃるまでの経緯を詳しく把握していないためです」

 

 …アトミックがここに至るまでの経緯を知らない。

 愛機もろとも光に呑まれて焼かれ、部隊員もろとも空から消えることとなった、北極圏での洋上決戦を知らない。そこに至るまでの歴史を知らない。

 

────全ての元凶たるあの戦い(第二次世界大戦)を、知らない。

 

 その事実を理解した瞬間、アトミックの脳裏には最悪の仮説が浮かび上がった。

 

「……七神、といったな。お前は、『国連(UN)』──あるいは『国際連合(United Nation)』と名のつく組織を知っているか」

 

「国際連合、ですか……申し訳ありませんが、初めてお聞きした言葉です。その組織が何か、先生と関係が?」

 

「……いや、知らないならいい。その話はまた後だ」

 

 そして、その仮説が立証されてしまった。七神リンと名乗った行政官は、国際連合という組織を知らなかった。つまり連邦生徒会という組織は、その下部組織の存在についても、その存在の一切を知らないということになる。

 現在進行形で世界各地の局地戦に防衛線を敷き、膨大な物量と火力に押し潰されかけている前線を生き永らえさせ、押し寄せる膨大な兵力と一進一退の攻防を続けている、それこそ戦乱とは無縁な未踏の領域に住まう伝統民族でもない限り知らない者などいない、世界最大の軍事組織(国際連合世界平和維持機構軍)についても。

 

 だが、部屋に張られた窓ガラスを隔てて拡がる近代の都市景観を見れば、このキヴォトスが山間部や密林奥深くの伝統民族の住処ではないことなど馬鹿でも分かる。

 つまりこの場所には───正確に言うなら、()()()()()()国際連合が存在しない。アトミックが生きてきた戦禍の時代とは隔絶された、全てが一切異なる世界であるということになる。

 

 キヴォトスの所在について詳細は不明、アトミックがよく知る地球の地図・海図に当てはまる場所とは限らない。文化も、常識も、価値観も、その一切が異なっている可能性すらある…いや、その可能性のほうが圧倒的に高い。

 あまりにも現実離れしたファースト・コンタクトに、頭から引いていく血流を押し留めたアトミックは、やや痛むこめかみを指で抑えつつ問答を続ける。

 

「それで──私は、何故ここにいる? このキヴォトスとやらで、私は一体何をすればいいというのだ」

 

「はい、混乱されているかと思いますが、とりあえず私についてきてください。この学園都市の命運を賭けた大仕事を、先生にお任せしたいのです」

 

「……大仕事、か」

 

「はい」

 

 リンの言葉とともに、室内のスライドドアがエレベーターのチャイムとともに開かれる。キヴォトスの高層ビル群を一望できるガラス張り構造となったエレベーターカーゴが、開かれた扉の向こうで二人を待っていた。

 

「行きましょう、先生」

 

「……ああ」

 

 リンの催促に応じて立ち上がった瞬間、足元に何かが当たる感覚がした。

 ふと見下ろせば、そこには愛機の射出座席に組み込む形で収納されていた『化粧箱(Cosmetics Box)』、もといマットブラックのCFRP(炭素繊維強化プラスチック)で成形されたブリーフケースが鎮座していた。アトミックはそれを手に取り、手触りやラッチの動作を確かめる。ラッチの動作、ゴムで覆われた角の擦り切れ具合、そしてロックを開いて確かめた中身も含め、紛れもない彼の化粧箱そのものだ。

 一通りの確認を終えたアトミックは、何故ここに化粧箱が置かれているのかについての疑問を胸に抱きながらも、リンとともにエレベーターへと乗り込んだのだった。

 





 冒頭部分、原作への理解が不十分なまま執筆した都合上、変な所がありましたら申し訳ありません。ここまで読んでくださった方には感謝申し上げます。
 ご意見や感想、お待ちしております。
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