天才として生まれた俺は生まれた瞬間から鬼殺隊に入ることを義務づけられたんだ。
きっとそうに違いない。
俺の才能は誰にもまねできず、誰にも追い越せない。
俺は天才なのだから。
「…鱗滝さん、1つ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
任務の通達を受けて鱗滝の家を出る前、炭治郎は兼ねてより気になっていることを尋ねることにした。
鱗滝は庵の火を消しながら返答する。重くドスの利いた、それでいて優しさを内包した声であった。
「鱗滝さんの弟子の中に…五郎さんという方はいますか?」
何故そんな疑問を抱いたのか。それは最終選別中のある一幕にあった。
全身を手で覆われた鬼が『鱗滝の弟子…!お前…五郎とかいう奴の弟弟子かッ!!』と炭治郎に迫ったのだ。あれは何だったのか。あの鬼は狐の面を見た瞬間、顔色を変えて襲ってきていた。まるで酷い屈辱を受けたような、そんな恨みつらみの募らせた表情であった。
「……………」
この時、炭治郎は驚いた。自分の師匠である鱗滝が初めて口ごもったのだ。面を付けているため師匠がどんな表情を浮かべているかは定かではないが、彼には匂いでわかった。鱗滝は今現在、なにを言えばいいのか分からず困っているのだ、と。
「…あの男は…」
「あの、男は…?」
「…一言で言うなら…天才、だ…」
おそらく、いや間違いなく言葉を選んでいる。必死に自分の弟子を庇っているのだ、と炭治郎は直観的に悟った。
「今、その五郎さんは…?」
「…活躍、している…」
これもまた、言葉を選んでいる。必死に必死に、言葉を探している。
これだけ喋りづらそうにしている鱗滝を見るのは、無論初めてのことであった。
「とても…とても、頑張っている…らしい…」
これ以上、炭治郎はなにも聞けなかった。
「こんちゃ~!どうも俺ですゴローで~す!」
「…ッ…!!??」
炭治郎が次に五郎の名前を耳にしたのは、那田蜘蛛山の一件の後、柱合会議に引っ張り出された時であった。
バタバタと地面を蹴って小石を蹴とばしながら中庭に入ってきた彼は、一般隊士とは変わらない衣服を身に纏い、にこやかな表情で大きな目がパチパチを瞬かせていたが、縛られて地面に倒れ伏している炭治郎を一瞥すると、思わず驚いた表情を浮かべた。
「えいえい、どうしちゃったんだよその子怪我してんじゃん」
「…チッ…」
「あ、貴方は…っ、…」
どこからか舌打ちが聞こえてきた。
所在は不明だが不思議と誰がしたかは大体わかっている。「鎹烏からの通達を受けているだろう…ソイツは鬼を庇い建てした。これからソイツと鬼の妹、加えて2人を庇った冨岡を裁判にかけ、殺す」と仕方なしに木の上から蛇柱は説明した。
周りの柱たちの反応は三者三葉であった。頬を赤く染めて照れる者、明後日の方向を見る者、またか、とため息をつく者、自分がこの一件の渦中にいる張本人であるというのに黙っている顔を背ける者。
「遅刻してんじゃねえよ、新人なら誰よりも先にこい。派手にな」「…五郎よ…遅刻をするな…」と嗜める音柱、岩柱。「五郎!初めての柱合会議に遅れるとはなんたる不誠!これでは他の隊士に示しがつかん!」と注意する炎柱の3名に対して五郎は両手を合わせて、マジでごめん、のポーズをとった。
「結果ありきの裁判ならやる意味なし、そうだるぉ?それとアンタなんでいつも木の上にいるの?高いところが好きなのか?」
「…」
「それと甘露寺ちゃん」
「は、はい…?」
「今日もいい格好してるねぇ…」
「そ、そうですか…?え、えへへ…」
また何処からか舌打ちが響いた。
「こんなトコで縛ってたら傷口に悪いものが入る。これパワハラだよパワハラ」
「ぱ、わ…何を言っている、それは何処の言葉だ」
「はぁ~~…もういいや、縄を解いてやるからせめてそこに座れ」
「ご、五郎さん、貴方は水の呼吸の…!」
五郎が炭治郎に手を伸ばそうとした瞬間、突然体の動きが止まった。向けられた酷く鋭い殺気に、五郎の体が反応したのである。
視線を殺気の出所へと向けると、そこには全身に切り傷を持つ男、風柱が片手に大きめの木箱を持ちながら立っていた。余ったもう片方の手には刀が握られその切っ先は五郎の方へと向いている。
炭治郎はその木箱を目にすると思わず地面に伏せたまま背中をのけ反らせた。「…ね、禰豆子…!!」まるで木箱が透けて見えるように、彼は真っすぐに中にいる妹を見つめる。
「そこのクソガキから手ェ離せェ新人柱」
「また自傷行為をしたのかアンタは、そろそろカウンセラーを探せよ」
「適当な言葉を並べて話を逸らすなクソ野郎」
「殿中にござるよサネミ殿。リストカットなら自分の部屋でやれよ」
「………ハハッ…!」
ふざけたことを言っているが五郎はその場に立ち上がると、しっかりと風柱の方へと体を向ける。
風柱は思い切り刀を振り上げた。五郎は1秒ほど遅れて真意に気付き「あ」と声を漏らすものの、間に合わず、刀の先が木箱を貫き、中にいた妹の体を突き抜ける。木箱がガタガタと僅かに揺れている様子から中にいる少女が体をうごめかせもがいている様子が伺える。
おい、と五郎は後ろにいた炭治郎に声をかけようとした。しかし、その返答を待つまでもなく炭治郎は本能に従いその場に飛び上がっていた。
「ね…ッ…!!??」
しかし、妹を刺されて激高する彼は寸前でその足を止めた。
風柱が持っていた刀を五郎はガシリと掴んで木箱から引き抜いていたのだ。もちろん刀を掴んで無事で済む訳もなく、皮膚は裂けてぽたぽたと地面に彼の血がしたたり落ちる。
炭治郎が驚いたのは
「悪かったよ少し揶揄いすぎた、新人だから早く馴染みたくて必死なんだ」
「…テメェ…」
溢れた血に風柱も炭治郎も双方僅かな落ち着きを取り戻した。
しかしその場の空気はまさに氷点下まで下がりつつあった。恋柱は思わず口を押えて「きゃ…」と小さな声を漏らし、蟲柱は真っすぐに迷いなく近づいてくると何処からか取り出した包帯で彼の手を優しく巻き付け止血する。「…あまり無理なさならないでください…」と小さな声で注意すると「ああ、結婚しよう」と迷わず返答した。
「ともかく、お館様ももう少しでいらっしゃる。年端もいかぬ小娘とその兄を惨殺するのもその後でよくないか?」
「…チッ…」
優しげな笑みであった。
本来隊士同士の死闘喧嘩はご法度である。ましてや柱同士ならその重みもまた増すものだ。そのため風柱も流血した彼の手を見て下がらざるを得なかった。
「…!ご、五郎さん…!」
風柱と炭治郎の視線が空中で交差する。
互いに溜まった怒りを発散しきることができず、もやもやとした感情のまま互いを睨みつけることしかできずにいる。炭治郎もまた、己の怪我を顧みず謝罪をしてまでこの場を収めた五郎を見て、少なくともこの場で食い下がることはできなかった。
「あ、ありがとう、…ございました…」
「いや構わんよ…ところでお前、俺のこと知ってるみたいだな。もしや早速継子志望か?」
「いえ、五郎さんのことは鱗滝さんから聞きました…」
「……鱗、滝…だと…?」
その瞬間、五郎の表情がぴきり、と固まった。
「俺に…なにか言ってたか?」
「あ、貴方は…天才、だと…」
「……そうか、まあ、そうだな…」
上がってきた溜飲を無理矢理下げたような五郎の反応に炭治郎は思わず生唾を飲み込んだ。
「…まあ、この天才の俺になんもかんも全部任せておけよ。みんなまとめて救い出してやるからよ」