入学試験から数週間が経過した。
私はこれから物語の舞台であるルミナス学園へ入学することになる。
ラブマギの舞台、そこには魅力的な人物達と多くの出会いがある場所。本来、私はそこでエレナお姉様の婚約者を奪い、悪役令嬢として振る舞う存在だ。
しかし、この数年に及ぶ修行や鍛錬の結果、この時点で大きく原作と乖離している。
一つ目はエレナお姉様に婚約者がいないということ。エレナお姉様がゴリラ……ではなくて、強すぎるがあまり並の生徒が近寄らなくなってしまったのだ。
まあ本来のエレナお姉様の婚約者は、エレナお姉様を顔で選んだ面食いだから私はとても嫌いだ。原作で私を選んだ理由も、エレナよりも可愛いからだ。そんな軽い男に近付いてほしくない。
二つ目は私自身のことだ。私は正味、男に微塵も興味はない。興味あるのはエレナお姉様と特大武器のことだけだ。なので婚約者を奪おうみたいな発想にはならないし、エレナお姉様との仲はとても順調。
ここまでなら破滅するような要素は皆無だ。ただ、エレナお姉様がゴリラになっていたり、私が試験官を思いっきりぶっ飛ばしたせいで、私達への評判は大きく変わっているだろう。
そう考えると気が重い。あら、あそこに野生のゴリラがいますわよとか言われたら、私はショックで三日は寝込む自信がある。
それにルミナス学園は貴族たちが通う名門校。華々しい見た目とは裏腹に、勢力争いや腹の探り合い、陰謀などなど、気が重くなるような要素が盛りだくさんだ。
どれだけ原作での破滅の要素をなくしたからと言って、私達の身の安全が保障されるわけではない。やっぱり、私達の身の安全を保障するのは圧倒的なパワーだ。パワーこそ全て!
「とにかく変なことが起きませんように。安全に過ごせますように。何事もありませんように」
私はそうぶつぶつと唱えながら、学園へと向かう。学園の正門が近付くにつれて、生徒の数も多くなっていく。
「あら、あれは……」
「噂のハーゼンブルク家の」
「流石、堂々としていますわね……」
ふふっ、登校の時点から早速変なひそひそ話が聞こえてくる。勘弁してくれえ~~~~!!
私が貴族令嬢でなければ走ってでも逃げ出すところだ。けれどここは人間社会、それも貴族社会のど真ん中。そんなはしたないことはできない。
「おい、お前っ! どこの貴族か知らないが生意気なんだよ!」
「私は正しいことをしているだけです。平民からお金を巻き上げるなんて、貴族として恥ずべき行為です!」
まあこういうもめ事があっても華麗にスルーする。ふっ、我ながら面白いギャグをかましてしまったようだ。
って、なんだ? 学園の正門の前で何か起きているぞ?
男子生徒が三人。それと向き合っている栗毛の女子生徒と、その背後に隠れている黒髪の女子生徒……。どういう事態だ?
「はん、俺達はな、一足先にこのルミナス学園での立ち位置を教えてやっているだけなんだよ」
「そうだそうだ。いいか! ここでは王都貴族こそ至高! 平民やどこぞの田舎貴族は王都貴族の言いなりなんだよ! 田舎貴族なんて野蛮で汚い存在なんだよ!」
「ブレーメ家なんて聞いたことないぞ。お前、田舎貴族の分際で俺達に逆らうつもりか!」
ああ、これはよくある格差社会の闇というものだ。
原作でも同じようなイベントがあった。王都貴族と田舎貴族の隔たり。王都に住まう貴族達は、王都から外れた田舎貴族達のことを下に見ている。
よって今みたいな差別が起きるんだ。こんなもの、スルーしておけば上手いことやり過ごせるだろう。
しかし……、こいつらは今、一番差別しちゃいけねえ人物を差別したっ!
「もしもし、そこの貴方達? 先ほどよく聞こえませんでしたが、田舎貴族がなんと?」
「田舎貴族なんざは野蛮で汚い存在だと言ったんだ!」
「そうだそうだ! あげくどこかの貴族令嬢は音速の剣技が使えるなどという嘘を言いふらす始末!」
「試験官を倒したっていう奴もいるらしいが、俺は到底信じないね。どうせ、田舎貴族がつまらない誇りのために八百長したに違いない!」
こいつらはエレナお姉様のことを侮辱した。よし、いっちょわからせてやるか。
「そうですかそうですか。なるほど、その田舎貴族の名前はハーゼンブルク家というものですか?」
「ああ、確かそうだったな。っと、俺達は教育で忙しいんだ。どこの誰か知らないが早いところ引いてもらえないかな?」
ふむふむ、なるほど。こいつらは噂だけで私がその噂の人物ということを知らないらしい。
よくもまあ本人の目の前でぺらぺらと悪口を言えるものだ。私が鋼のメンタルじゃなきゃ心が折れていたぞ。
「ごめんなさい。ですが、失礼ついでに最後名乗らせてください」
「ほほう? 殊勝な心掛けだ。いいだろう、言ってみろ!」
「では失礼して。私、アリス・ハーゼンブルクと言いますの。ふつつかな田舎貴族でございますが、どうかよろしくお願いしますね」
カーテシーを優雅に決めながら、私は魔道具を起動する。次の瞬間、私の右手側に星砕きが召喚され、地面に突き刺さる。
特大武器ゆえの圧倒的な存在感! 圧倒的な重厚感に周囲の人々は皆、ドン引きあるいは驚愕していた。
「な、なんだこれは!? そ、それにハーゼンブルクって……!」
「お、お前が試験官をぶっ飛ばしたとかいうあの……!? な、ななんだその武器は!?」
「おい、見掛け倒しだよな? そ、そんなもので俺達がビビるとでも!?」
自分たちが何を言っていたのか理解したようだ。三人は動揺しながらも、声を荒げつつ私へそう言ってきた。
これが見掛け倒しかどうかは持ち上げるだけで周囲の人間は理解するだろう。
私は片手でそれを持ち上げて、肩に担ぐ。星砕きが産んだ巨大な影が三人を覆い、三人の表情から恐怖が浮かび上がったところで私はそれを地面に寸止めという形で振り下ろす。
瞬間、とてつもない風圧が吹きすさぶ。三人のうちの一人は恐怖が勝ちすぎたのか、ズボンに目立つシミが出来ていた。
「は、はん! 今日のところは引いてやる! 運が良かったなお前ら! お、覚えていろよ!」
「び、びびったわけじゃないからな! 本当だからな! ただ急用を思い出しただけだ!!」
「お前なんか授業になればコテンパンだからな! 今は腹痛だから許してやる! 覚えておけよ!!!」
という如何にも三下という台詞を吐いて三人は逃げていく。
私は星砕きを収納すると同時に、内心こう思う。
『ああ、やっちまった』と。勢いに任せすぎた。まさか初日からこんなトラブルに首を突っ込むなんて……!
これじゃ、また変な噂を立てられるに違いない! 今のうちに退散でも。
「ちょっと貴女っ!」
「は、はいっ!!」
背後から声をかけられて、私はついつい後ろを振り返ってしまう。先ほど、三人と退治していた女子生徒が近付きながら、私の両手を取ってこういう。
「貴女凄いわね! とっても頼りになったし、かっこよかったわ! よかったら、私達友達にならないっ!?」
「え……えええええええ!?!?」
ここから入れる保険があるってマジ!?