爆煙が晴れ、その光景が鮮明になる。
魔理沙の目に入ったのはマスタースパークに貫かれた陽の姿。
その体には大きな穴が空いており、それは心臓と左腕を巻き込んでいる。
陽はそのまま、力無く地面へと落下を始めた。
「──っ!!」
その光景を見て、瞬時に魔理沙は飛び出していた。
それに気付いたと同時に、体が勝手に動いていたのだ。
何で?どうして?
何でこんな……
頭が情報を整理するよりも早く、体が動いていた。
「陽!!」
陽が地面に激突する寸前に、魔理沙は陽の体を受け止めた。
「陽……陽!!」
陽を抱きとめた魔理沙はそう叫んだ。
その声に先程の憎悪はない。
「魔理沙……ちゃん……」
陽がか弱い声でそう言った。
「陽……」
「……」
陽は何かを言おうとしたが、それを声にする前に口を閉じた。
そして、何か決意したように再び口を開いた。
「……さすが、博麗の巫女と言ったところか……」
これでいいんだ……
このままで……
「もういいよ……」
魔理沙のその言葉に、陽は思わず魔理沙を見た。
「お前……わざとだろ?」
「……」
「わざと……やられただろ?」
「なあ……陽……」
「……」
その言葉には少し驚いた。
気が楽になったような、そんな感じもした。
でも、それと同時に残念に思った。
「わかって……たんだ……」
「ついさっきだけどな……」
「さっきの攻撃……確かにあれは私を殺す気できていると思ったよ……けど、お前には殺意がなかった。やられるつもりで使ったんだろ?あの技……」
「こちらを殺せるような攻撃をすれば、私もそれ相応の攻撃を返さざるを得ない」
「お前にしてはよく考えたじゃないか……」
それを聞いて陽は優しく微笑み、そして……笑った。
「……ふふ、あー……そっか……」
微かに涙を浮かべながら、陽は笑った。
「バレないと思ったんだけどなぁ……」
「……ごめんね、魔理沙ちゃん。こんな思いさせて……」
「あのまま偽物と思ってくれてたらよかったんだけど……うまくいかないものなんだね……」
「何言ってんだよ……」
「だって……魔理沙ちゃんにつらい思いをしてほしくなかったから……」
「魔理沙ちゃんは優しいから……私だって分かってたら、殺すのを躊躇すると思って……だったら、あのまま偽物として殺された方が魔理沙ちゃんとしても気が楽かなって……」
それだったら……よかったけど……
魔理沙ちゃんは勘が鋭いなぁ……
「陽……?お前……最初から死ぬつもりで……」
「うん……」
まあ、私の意識が戻ったのはついさっきだけど……
「何でだよ?お前は……」
「
「でも、あれはお前じゃ……お前の意思で殺したんじゃないんだろ?」
「……」
反論することができず、思わず黙ってしまう。
「何でだよ?もしかして、償いのつもりか?」
「……確かに、そんな気持ちもある。殺してしまった妖怪たちには本当に申し訳なく思ってるよ」
その言葉に、嘘はない。
例え私の意思で殺したわけじゃなくても、殺したのは私に変わりはない。
「だったら──」
「でも、そうじゃない。私だって、ただ死ぬだけが償いになるとは思わないよ……」
陽は涙を堪えきれなかった。
生きて償わないといけない。
そんなことは分かってる……
それに、私だって好きで死にたい訳じゃない。
本当のことを言えば、怖い。
死にたくない
生きたい
魔理沙ちゃんと、お別れなんかしたくない……
「だけど私は……もう死なないといけない……」
「……何で?どうしてお前が……」
「じゃないと……私はまた罪の無い妖怪を殺してしまう……もしかしたら次は、人間を殺してしまうかもしれない……だから、私は……」
「そんなの……私が……私が何とかする!!私がどうにかする方法を探すから……だから、死のうなんて……そうだ、今から永遠亭に行けばまだ……」
しかしそれに対して、陽は首を振った。
「ううん……お願い、ここで死なせて……」
覚悟は決めた、だから……ぶれるな……
ここで、終わらせるんだ……
陽はさらに溢れだしそうな涙を堪える。
「は?何でだよ……まだ何か打つ手があるかも──」
「手遅れだよ」
「──は?」
その言葉に魔理沙は固まった。
何も言えず、ただ嫌な予感が頭を巡った。
「手遅れ……?」
何とか絞り出せたのは、復唱しただけのその言葉。
「うん、もう……どうすることもできない」
陽は自身に残された右手を見る。
その手は小刻みに震え、まるでその手が動かないように何かに抑えつけられているようにも見えた。
「今も……こうして話してるのだけでも結構きついの……」
「さっきから右腕を何とか抑えているけど……たぶん、これを緩めたら……すぐに魔理沙ちゃんを攻撃しちゃう」
「それに……次は多分、私はもう……こうして表に出てくることはできないと思う」
「だから……お願い、ここで……終わらせて……」
陽が放ったのは、そんな切実な願い。
救えない
どうすることもできない
ただそんな現実が押し付けてくる。
この世界は非情だ。
そんなことはわかってた。
本当にどうすることもできない時、それが幻であればと願う時──そんな時に限って、幻想の中へ逃げることが許されない。非情な現実を受け入れることしか、選択肢は用意されていない。
魔理沙は涙を流していた。
結局、自分がどう足掻いても救うことのできない友に対する自身の無力さ、そして……その死を、認めることしかできないことへの涙。
「……わかった」
魔理沙はその願いを聞き入れた。
「ありがとう」
それに陽は感謝で返す。
「……魔理沙ちゃん」
陽は改まった感じで口を開く。
「魔理沙ちゃんのしたことは間違っていない。私はたくさんの妖怪を殺した異変の黒幕……魔理沙ちゃんは博麗の巫女としてやるべきことをやったんだよ……」
「だから……自分を責めたりなんかしないでね……」
「陽……」
「約束だよ……?」
その時、陽の体が光の粒となって崩れ始めた。
「あっ──」魔理沙は思わず声が出た。
何とか生きようと、こんなにボロボロになった陽の体で命を保っていた力がとうとう尽きたのだろう。
「あぁ……もう……」
光となって消えていく自身の体を見て、陽も自身の死がもう目の前にあることを改めて感じた。
「魔理沙ちゃん……少しいい?」
「……?」
コホンと、わざとらしく咳をしてから陽はそれを告げた。
「幻想郷の守護者よ──」
「お願いします。どうか、この地に住まう人の子らを御守りください」
普段はしない口調と声で言ったその言葉は、何か感じるものがあった。
「……何だよそれ……カッコつけて……」
「ふふ、最後くらいカッコつけさせてよ……」
「でも、魔理沙ちゃんがいれば……この世界は安心だね……」
「……陽」
陽の体は、もうほとんどが消えていた。
きっとこうやって言葉を交わすのも、次で最後になる。
「ありがとう、魔理沙ちゃん」
最後は悲しいお別れなんて……嫌だよね……
陽は笑った。今できる精一杯の笑顔をした。
「魔理沙ちゃんと過ごした時間は、すごく……すごく楽しかったよ」
「私も……お前と出会えて……よかった……」
陽の顔に、魔理沙の目から溢れた雫が落ちる。
「さようなら、魔理沙ちゃん。長生きしてね……」
沈み行く太陽に照らされながら、陽は最後にそう言い、暖かな光となって魔理沙の腕の中で消えていった。
────────
「………」
陽が消えてもその場から動かない魔理沙の背を、紫は見つめていた。
「紫……?」
魔理沙は背後にいる紫の存在に気付いた。
その背からは、『今は一人にしてほしい』と言葉にされなくても伝わってきた。
(あの子は、魔理沙にとって本当に大切な存在だったのね……)
(きっと、魔理沙にとって初めての心を許せる親友であり、共に異変を解決するかけがえのない相棒のような存在だった……)
(だって……あの子が来てから、魔理沙は以前よりも楽しそうだったもの……)
(博麗の巫女という大役を背負っているとしても、あの子はまだ年端も行かぬ一人の少女)
紫はゆっくりと魔理沙のもとへと歩んで行く。
(それに……)
紫はそっと、やさしく背後から魔理沙を抱き締めた。
(この子には……)
「うっ……うぅ……」
そのことに何も言わず、魔理沙は微かに嗚咽を漏らす。
(人前で、無理に強がる悪い癖があるのだから……)
この場を照らす日が落ちきるその時まで、魔理沙はひたすらに泣いていた。
----------------
数ヶ月後──
「ふぅ……やーーっと終わったぜ……」
新しく建て直した神社に家具を運び終わった魔理沙はそう言って、一息つく。
あの戦いで神社の半分ほどが焼け落ちた。
加えて、神社の周りの木々も結構燃えてしまっていたのだが……
まあ、そこら辺のことは紫がどうにかしたみたいだからいいか。
「………」
息を吸うと神社から新築のあの匂いがする。
『おつかれ』
縁側で休んでいるといきなりそいつが現れた。
正直、あまり構ってやる気にはなれないのだが……
「紫……」
魔理沙のその声はどこか落ち込んでいるようだった。
『そんなに落ち込まないで……心機一転、また一から始めましょう?』
紫は紫なりに励ましているのだろうか?
「……お前なぁ……私がコツコツためてた魔道具コレクションが全焼したんだぞ⁉なかには超レアなやつもあったのに……そんな気分にはなれねぇよ……」
しかし、その励ましは魔理沙には通用しなかった。
『そう……何かごめん』
しかし、紫には別に気になることがあった。
『ところで、陽の遺品は?』
そう、陽のことだ。
あの日からあまりその話題を話していなかったけど……
聞くなら今しかないだろう。
「陽の?ああ……」
「燃えたよ……全部……」
あまり聞かない方がよかっただろうかと、そう思った。
『そう……』
そうか……あの子は何も残っていないのか……
そう思った時だった。
「でも、一つだけあったぜ……」
「?」
「死ぬ直前……陽がくれたんだ。あいつがいつも首に巻いているあの赤い紐を……」
いつの間に……と、紫は思いながらも一つあることが気になった。
『それはどうしたの?』
そう、肝心なのはそれの行方……
でも、大切な友人の形見だ。
こういう時は大体……
「埋めた」
「⁉」紫は思わず動揺した。
『埋めた⁉身に付けてるとかじゃなくて⁉』
「何で身に付けてると思ったんだよ……」
『だって……こういう時のお決まりはそうでしょ⁉』
何かの本にでも影響されたのか、紫はそう言う。
「お決まりって……」
そういうものなのか?
普通身に付けるものなのか?
『ちなみに、どこに埋めたの?』
腑に落ちていないようだが、紫はそれを聞く。
「ん?あー……」
魔理沙は少し考える素振りをした後、
「人里がよく見える所」と答えた。
『どこ⁉』
「教えねぇよ」
『そんなに私のこと信じられないの?』
「うん」
『ゆかりんショック!!』
勝手にショックを受けている紫は放って置くとして……
あそこならあいつも喜んでくれるだろ……
人間大好きなあいつのことだ。
きっと、あそこから人里を見守ってくれるはずだろう。
『教えてよ~』
「無理」
そう言って、魔理沙は部屋の戸を開いて中へ入っていく。
「繧ア繝」
「何言ってるかわかんねぇよ」
そう言いながら、魔理沙は戸を閉じた。
「………」
ふと、その部屋の中にある机の上を見た。
「……私も人のこと言えないかもな」
────────
陽が神社を出る日──
「あ、そうだ……これ──」
そう言って、陽は自身の首に結んである赤い紐をほどいてこちらへ手渡してくる。
「お守りにでも……特別な力は無いけど……これがあれば、魔理沙ちゃんは一人じゃない、ってね……」
そう言われ、魔理沙はとりあえず受けとる。
「でも、これ……」
本当にいいのかと聞こうとしたら陽が察したのか、先に答えた。
「あっ、大丈夫だよ。一応、予備があるからね」
それ、何本もあったのか……
「だから……その……お揃い……だね……」
少し恥ずかしそうに、陽は言った。
「あ、ああ……」
別に首に巻くつもりは無いとは言い出しずらかった。
────────
「………」
お前の分まで、私がみんなのことを助けるから……
だから、見ていてくれよ……陽。
机の上には蓋の開いた木箱があり、そこにはあの日貰った
魔理沙が埋めたのは陽が最後に着けていた遺品の方の紐、大事に持っているのはあの日くれたお守りの方の紐。
赤い紐─
そこそこ長い紐。
陽が首に何周か巻いて、横でリボン結びをして着けていた紐。
特に理由はない。ただのおしゃれのようだ。
感想、コメント等お待ちしてます。