「………」
「………」
今、私と魔理沙ちゃんは縁側でお茶を飲みながら一休みしている。
しかしながら、気まずい……
何と言うのか、話を切り出しにくい状況である。
一度息吸って、気持ちを整える。
「……寒く……なってきたね……」
とりあえず、そんなたわいもない話題を出す。
「……だな」
そう言って魔理沙はお茶をすする。
────────
時は過ぎ、気付けば季節は冬になろうとしていた。
この世界に来てから数ヶ月、魔理沙と共に人助けを続け、先日、ついに陽は記憶を取り戻すことができた。
そして昨日、陽は魔理沙にこの神社を去ることを伝えた。
昨日の夜に伝えたせいでまだお互い整理できずに一日が終わった。
そのためか、今日の朝から若干気まずい。
監視という理由はあったが、仮にも数ヶ月もの間共に過ごしたら、多少なりとも思うところは出てくるものだ。
「本当に行くのか?」
魔理沙は外の景色を見ながら聞いた。
「うん……明日には……」
「……そうか」
今日で荷造りを終え、明日の朝にここを出る。
と言っても、造る荷物なんてないけどね……
このことは紫さんにも許可をもらったし、問題なんてないけれど……
やっぱり寂しいものがある。
魔理沙ちゃんがどう思っているのかはわからないけど……
少し考えた後、
「まあ、お前がそうしたいなら止めねぇよ……」
魔理沙はそう言った。
「いいの……?」
「別に止める理由はないからな」
「まあ、少し寂しくはなるだろうが……元の生活に戻るだけだしな」
「……そっか」
魔理沙ちゃんのことだし、心配は要らないか……
「……ここを出たら、どこで過ごすんだ?」
魔理沙は行く当てがあるのかと聞いてくる。
「……今のところは決まってないけど……人里か、どこか丁度いい場所にでも行こうかなって」
そこで人助けでもしながら過ごそうと思う。
「そういうのは先に決めとけよ」
そう魔理沙が言うが、それは言ってて私も思った。
「それで?お前は人助けを続けるつもりか?」
「うん……よくわかったね」
やはり付き合いが長いとそういうのがわか──
「そりゃあ、お前のしそうなことなんてそれくらいしかないだろ」
私は人助け以外考えていない奴と思われているのだろうか?
まあ、長い間一緒に居たから分かったということにしておこう。
「はあ……それにしても……長かったのか、短かったのか…どっちなんだろうな」
「?」
「お前が記憶を取り戻すまでのことだよ……」
魔理沙はそのことを思い出しながら話を始めた。
「最初、荷物運びをお前一人でやってたな」
「あー、あれかぁ……意外と重かったんだよね、あの荷物……」
人里で困ってた老婆の荷物運び──
最初の……この世界で初めての人助けのことを思い出す。
「そうだったのか、大変だったな」
他人事のように魔理沙は言う。
「手伝ってくれてよかったんだよ?」
「お前がどんな奴なのか知るために必要なことだったんだよ」
魔理沙はそう言ってはぐらかす。
「お前が私にきた依頼を手伝うようになってからも色々あったな」
「うん……それにしても犬探しと猫探しが多かったな……」
一週間丸々猫か犬を探してた時もあったな……
「そういうこともあるって」
「でも、お前が民家の縁の下で動けなくなっていた時はわら……大変だったな」
「大変って……あの時魔理沙ちゃん大笑いしてたでしょ」
「──気のせいだろ」
魔理沙はそう言うが、陽は魔理沙が大笑いしている声を縁の下から聞いていたことを覚えていた。
「……あの時は大変だったな」
少しだけ、魔理沙の声色が変わった。
「あの時?」
「お前が森で妖怪と戦った時のこと……」
蟲の一件のことか……と陽は思い出す。
「あれはお手柄だったな。お前のお陰であれ以上被害が出ずに済んだ」
「……そんな大したことをしたつもりはないよ」
陽は褒められたことは素直に嬉しいものの、少しだけ気がかりなことがあった。
「……そういえば、あの森に男の人が居たんだけど……」
あの後そのままにしてしまったけど……どうなったんだろうか……
「安心しろ、それは私の方で片付けておいた」
「……?」
片付けた?いつの間に?
陽は少し考えた後にハッとする。
「だからあの時森の前にいたの⁉」
「ああ、そういうことだ。でも……お前こそ何で森に戻って来てたんだ?」
魔理沙はそう聞き返す。
「……そ、それは……何か……ねぇ……き、気まずいかなぁ…って……」
「気まずい?」
「うん……ちょっと……ね」
流石に家族水入らずみたいな雰囲気かつそろそろお別れみたいなムードになっているところを、帰り道同じだよとは言えなかった。
あの男の人のことを忘れてしまっていたことは申し訳ないなと思う。
「…もう数ヶ月か……」
「そうだね……」
思い返せば、あっという間だったようにも思えてくる。
「魔理沙ちゃんのお陰で記憶が戻ったし……数ヶ月も面倒見てくれて……本当に……ありがとう」
「……改めて言われると何か……照れくさいな……」
改めて感謝の言葉を伝えると、魔理沙は何とも言えない表情をして、陽とは逆の方向を向いて言った。
何だかお互い気まずくなり、少しの間無言の時間が流れた。
「……なあ、陽」
しばらくして、魔理沙が口を開いた。
「どうしたの?」
「話変わるけどさ……お前って……今のままでいいのか?」
魔理沙はそう聞いた。
「?」
それに陽は不思議そうな顔をした。
「ずっと誰かのために身を粉にし続けて、自分のことはいつも後回しにしてさ……」
「お前だってやりたいことはあるだろ?」
「それを全部後回しにして……本当にいいのか?」
「……ふふ」
それに陽は微かに笑った。
「何か変な事言ったか……?」
「ううん……意地悪な質問するなぁ、って……」
「そうだね……確かに魔理沙ちゃんの意見にも一理ある…私だって人助け以外にもやりたいことはあるよ……」
「だったら──」
魔理沙が言いかけたその時に陽は言った。
「でもね、それでも私は人を助けたい」
「それが私の使命でもあるし……何より、私がそうしたいの」
陽は間を空けてから、語り出した。
「ずっと昔、私がまだ小さな精霊だった頃、私を助けてくれた人がいるの。あの時は確か、多くの人が流行り病で亡くなっていた頃──」
他の精霊より力が強かった私は、その病をもたらした悪霊として祓われることになった。
「何でだ?お前に疫病を流行らす力なんてないだろ」
「うん。私にそんな力はないよ」
でも、他の人から見ればそれは違う。
まだ医学もあまり発達していなかったあの時期は、人知の及ばない不思議な力があると多くの人が信じていた。
だからあの時は、ただの風邪の治療のために変な儀式をしたりする人だっていた。
その当時はそういう病が呪いや祟り、そして悪霊といったものがもたらしているとも言われていた。
……普通の人間にとって、私は悪霊と変わりなかったんだと思う。
不思議な力を持った何か──
だから、私は祓われることになった。
その時は私もここで死ぬんだって思った。別に、そのことは恨んでないよ。今も、あれは仕方のないことだと思ってる。
でも、流石に……私も死ぬのは怖かった。
気づいたら、泣いてた……
私じゃない、やめて、殺さないで……なんて言ってた。
そんなこと言っても疑いが晴れる訳ないのにね……
そしてとうとう時間がきて、祓われようとしていた時、その人が現れた。
その人は私のせいじゃない、って言ってくれて……かなり村の人から信用されていたのか、私は助かった。
それが初めてだった。誰かに助けられたのって……
助けてくれて嬉しくて……それに、抱えていた不安が一瞬で消えたような気がした。
その人は何だかあったかくて、優しい人だった。
その人にお礼ついでに話を聞いたら、その人は偶々通りかかっただけの霊媒師だった。
「霊媒師?」
「うん、その人はいろんな土地を旅しながら困っている人を助けている人なの。流石に、精霊を助けたのは初めてだって言ってたなぁ」
そして、私は助けてくれたお礼も兼ねてその人に着いて行くことにしたの。
まあ、どこにも行く当てが無かったこともあったけど……
その人と一緒にいろんなところに行って、人助けをして……毎日が楽しかった……
旅をして、いろんな人と出会って……
私は人のことが、何だか好きになれた。
優しくて、温かくて……
中には悪い人もいるけれど……
それでも、いい人はいっぱいいるって……わかった。
あの人と過ごした日々は、本当に楽しくて……
言葉では表せない……本当に、好きな時間だった……
でも、いずれこの時間が終わることは分かってた。
私は精霊だから……死ぬのはこの人よりずっと先……
いつか別れが来る。
それでも、この人が死ぬまでは……ずっと一緒に居ようって、思ってた……
ふと陽の顔を見ると、陽は悲しい目をしていた。
それは今にも泣いてしまいそうな、そんな気さえした。
でも、そんなに早く来るとは思ってなかった……
──病
あの人は流行り病にかかって、その時立ち寄っていた村で倒れた。
苦しそうで、辛そうで……あの人のそんな顔を見るのは初めてだった。
いつもはどんな辛いことがあっても、顔に出すことはなかったのに……
私はすぐに医者を呼んだ。
助けてあげて、って泣きながら言って……でも、その医者が言うには、もう先は長くないって……
それに、あの人が患っていたのは流行り病だけじゃなかった……
あの人には……
──持病があった。
私と出会うよりも前にそれを患っていて……もう余命も長くはない、って言われていたのに……
なのに……あの人は、人を助ける旅を続けていた……
もう長くはないなんて、そんなこと私にも言ってくれなかった……
バカだよね……あの人……死ぬってわかってるのに……それなのに、できる限り人を助ける道を選んで……
まあ、今の私が言えた話じゃないかもしれないけど……
私はいっぱい薬草を持って行って……必死に治そうとした。
朝起きたら、あの人の病が治って元気になった……
──なんて、そんな夢はいっぱい見た。
来る日も来る日も願った。治りますようにって……
村の人達もいっぱい手伝ってくれた。薬草を分けてくれたり、私とあの人のご飯を作ってくれたり……
でも、しばらくして……あの人は亡くなった。
私は泣いた。
時間も忘れて泣き続けた。
目が赤くなっても、目が痛くなっても泣き続けた。
あの人は最後に、私に遺言を残した。
『好きに生きろ』
訳がわからなかった。好きに生きろと言われても、何をしたらいいのかなんてわからないし……
でも、その言葉がなかったら、私は今ここにいないと思う。
結局、好きに生きろと言われても、何もわからなかった私はあの村に留まった。
いや、違う……あの人の近くに居たかったんだ……
ただそれだけだ……
あの人は、死んだあの村に埋められたから……
まあ……村は村でも、村に面する山の中だけど……
──私はそれを守っていたんだ。
誰もあの人の墓を荒らさないように、墓守りをしていたんだ……
埋められた、あの人の側で……
その山で墓守りをしながら、近寄ってくる悪霊や災いから村を守って……まあ、あの人を守るついでだったけど……
そして何年かが経った時──
気づいたら私は、守り神と呼ばれていた。
私に助けられたって人が、捧げ物をお供えしてきたり、いつの間にか私を祀ろうという話が出てきていたり……
さすがにそこまでされると困ったけど……
やってよかったと思えた。
そこで私は気づいた……私がやりたいこと。
──私は人助けをしたかったんだ。
あの日、あの人がしてくれたように、私も……
好きに生きろって、どういうつもりで言ったのかはわからないけど……私はその村の、延いては人間たちの守り神として生きることにした。
だって、それが好きなことだったから……
人助けをすると気分がいいし、それに感謝されるとちょっと嬉しい気分になる……
それに、あの人と過ごした日々を思い出せる……
あの人のためにも、意思を継いで、人を助ける。
それが私の使命でもあり、やりたいこと。
「だから私は、幸せだよ」
「……そうか」
そう言った魔理沙は少し笑みを浮かべているようにも見えた。
「もちろん、魔理沙ちゃんも私の守る対象だよ」
陽は魔理沙を見て、そう言った。
「お前に守られるほど弱くはねぇよ」
「ふふ、わかってるよ」
陽は笑って言った。
「使命感とかもあるけどさ……私は……」
言いかけて、陽は止まった。
「私は?」
途切れた言葉を魔理沙は聞き返す。
「いや……そうだなぁ……」
「友達を助けたい、っていうのに理由は要るかな?」
笑顔で言う陽に対し、魔理沙は若干顔を赤らめていた。
「何カッコつけてんだよ……」
「い、いいでしょ……たまには……」
陽も少し顔が赤くなった。
「ねぇ魔理沙ちゃん」
「……?」
改まった雰囲気で陽は言った。
「私は人と妖怪……まあ、人以外?」
「どちらかしか助けられない、ってなったら……私は人を選ぶ。だから──」
陽は魔理沙を見て言った。
「魔理沙ちゃんは、私の守れない誰かを守ってあげて…」
「私も、出来るならば平和的な解決をしたい……でも、それだけじゃ駄目な時もあるって知ってる……」
「だけど、私は皆仲良く出来たらいいと思うの……」
「そんな道があったら、私はその道を選びたい。必要だったらこの命だって捧げる」
その言葉からは、本当にそうしてしまいそうな感じがした。
「魔理沙ちゃんはしちゃダメだよ。もし、そんなことしようとしても……私が止めるから……」
陽は念の為とばかりに、魔理沙にそう言った。
「……私だって、お前にそんなことはさせねぇよ。私はそんな犠牲は出したくない」
魔理沙は自身の手を見て言った。
「ふふ、かっこいい」
陽は茶化すように言った。
でも、そう言ってくれると……嬉しいな……
私は一人じゃないって、思えるから……
「……お前は、元の場所に帰らなくていいのか?」
魔理沙は一拍置いてそう聞いた。
「元の……場所……?」
「ああ、お前の居たっていう村に……」
「守り神をしてたんなら、その村に帰ったほうが……」
守り神をしてたのなら、その村に帰るべきだ。
恐らく、陽がいない今の村にはその村を守る存在がいない。
つまり今村に何が起ころうと、どうしようもできない。
だから陽は、今すぐにでも……
「ううん……」
陽は首を横に振った。
「それはもう、いいの……」
陽は悲しげにそう言った。
「……何でだ?」
魔理沙は聞いた。
「私の居た村は、もう無いから……」
寂しげにそう呟いた。
「もう無い……?」
「うん」
「私は……どれくらいだろう?数……百……?とにかく、長い年月をその村で過ごした」
あの人の側で……ずっと……
その村を見守っていた。
でも、だんだんと村の人は減っていった。
みんな、町へと出ていったらしい。
大きな集落から、次第に小さな……村と言えるのかもわからないくらいの、家が数軒あるだけの集まりに……
何百人も居たのが、何十人……十数人……
活気のあった村が、だんだんと……
最後に残ったのは、代々その村の村長をしていた一族の末代……いや、確か息子さんがいたか……
とにかく、最後に村に居たのはその人だけ……
だけど、その人ももう歳で……
ついにこの村から人がいなくなるということが、私もその人もわかっていた。
ある日、その人から話を聞いた。
この村がダムの建設予定地となったらしい。
その人は、自分の死後ならばという条件でそれに同意したという。
『すみませんねぇ……私も歳だということが身に染みて感じました……』
『……うん、大丈夫。私のことは気にしないで』
その人は契約をする時に私のことを忘れてしまっていたらしい。
そのことで謝られた時は、私も困った。
別に気にしなくていいのに……
それから数日後だった。
その人が亡くなった。
ついに、この村から人はいなくなった。
私はそれからいつもの場所……
あの人の隣で、ずっと過ごしていた。
何年もの間、あの人の側に居続けた。
その間外では工事音が鳴り響いていたが、そんなことはあまり気にならなかった。
しばらくして、その村はダムの底に沈んだ。
「……」
魔理沙は静かにその話を聞いた。
「……だから、私にはもう帰る場所なんて無かったの」
「そうか……」
「だから、今の私の居場所は
陽は笑顔で言った。
「これも、魔理沙ちゃんのお陰だからね……」
「はいはい……」
魔理沙はそう言って返す。
「お茶入れてくる」
そう言って魔理沙は立ち上がる。
自身の手元の湯呑みを見ると、そこにお茶は入っていなかった。
「ありがとう」
魔理沙はやかんを持って、台所へと向かって行った。
「………」
────────
『水……そっか、ダム……』
洞窟のようになっているこの場所に水が入ってくる。
私はすぐにダム建設のことを思い出した。
『ここも……沈んじゃうんだね……』
私はあの人に語りかける。
『好きに生きろ』
私はその言葉を、ちゃんと守れたのだろうか?
『私、ちゃんと出来たかな……?』
そう問いかけるも、当然返事など帰ってこない。
『……ごめんなさい』
口から出たのはその言葉だった。
それはあの人を守れなかったことに対するものじゃない……
それは、約束を守れなかったことへの謝罪。
きっと、こういうことじゃなかった。
もちろん、そのまんまの意味も込めてただろうけど……
きっと、あなたが言いたかったのは……
自分から離れて……好きに生きろ、ということでしょ……?
私……ずっとあなたに引っ付いてばかりだったもんね……
私……ずっとあなたに頼ってばかりだったよね……
今も……こうして……
ごめんなさい……何も変われなくて……
ごめんなさい……ずっとあなたのことを引きずっていた……
ごめんなさい……
私には謝ることしかできない。
でも、違う……
………
……もし
もし、次があれば……
もし、やり直すことができるなら……
私は……新しい世界を見たい。
あなたと旅をした時のように……
すべてが新鮮な世界を……
その時は、私一人で……
生きてみるから……
忘れよう。
記憶に蓋をして……
一から……やり直そう……
でも……
あなたのことは……またいつか、思い出すから……
その時は……ちゃんと約束を果たすからね……
私はそっとあの人の墓を抱き締める。
『今まで、ありがとう』
言葉と共に溢した涙は、水の中へ消えていった。
陽って何歳なんだ?
感想、コメント等お待ちしてます。