童磨が上弦の鬼になった時、鬼舞辻に紹介された人物がいた。曰く、彼女は童磨と似ていて、戦闘には秀でていないが、頭がいいため、太陽克服のために研究をしているらしい。それがなかなか有能らしく、この無限城にて匿っているらしかった。
童磨と似ている、と言った時、鬼舞辻は心底嫌そうな顔をしていた。童磨は、自分と同じく人間を食べることで救ってあげてるのだろうか、と考えるも鬼舞辻に睨まれ目玉を潰されたので、考えるのをやめた。
「あれあれー?無惨サマ、こんな鬼居ましたっけ?」
その鬼は無限城の一角にある、研究室に座っていた。完全に目が薄水色の前髪に隠された、少女の姿をした鬼だった。しかし、喉から出てくる声は、完全に男である。鬼は声帯なんて簡単に変えられるので、自ら男の声が出るように弄ったのだろう。
童磨は、意味不明すぎる鬼に、自分のことは棚に上げて、気持ち悪いなぁ、と率直な感想を抱いた。
「虹鳴、言っていた氷の能力を持つ鬼だ。童磨、この鬼と仲良くしておけ」
「え?もしかして、このまま放置ですか?」
「黙れ、童磨。貴様と話をするだけで反吐が出る」
「酷いなぁ……」
童磨はあまりにも酷い扱いに、ぽろぽろと涙を流して泣いた。
無惨はよほど、この虹鳴と言う鬼と童磨を嫌っているのか、童磨が酷いなぁ、と言った時には消えていた。童磨は極めて心外であった。
さて、気は全く進まないが、無惨様の命令なのだから、仲良くせねばと童磨はさっきの涙は綺麗に消して、童磨は虹鳴に向き合った。
「ねぇ、ねぇねぇねぇ!今泣いた!?泣いたよね、君!」
しかし、虹鳴の様子は可笑しい。目が完全に逝っている。興奮状態にあるようだ。弱い鬼にありがちの、言動である。童磨は、にこりと努めて友好的に笑った。
「もしかして、心配してくれてるのかい?嬉しいなぁ……」
「ねぇ、君がせっかく泣いてくれたのに、全然そそられない!愉しくない!私、これまで泣かれて嬉しく無かったコトなんてなかったのに!
なんで?なんでなの?ちょっともう一回泣いてよ!」
「…………えぇ」
童磨は肩を揺らされながら、ドン引きした。
誰に対してかと言えば、この鬼にもそうだし、こんなのと似ていると言ってくる鬼舞辻にも。童磨の頭はここまでおかしくない。
「無理だよ、悲しい時にしか泣けないぜ、俺は」
「あれあれー?そうなの?君、全然悲しくなかったし、悔しくもなかったし、感動もしてなかったよね?だって感情無さそうだし?」
「……俺は感情があるよ?つまらない冗談だね」
虹鳴は無意識に、童磨の地雷を踏んだ。童磨さえも、地雷を踏まれたことは無意識なので、お互い陽気に接し合う。
虹鳴は、あはは、と何が楽しいのか笑った。
「おやおやー?つーまーりー……君は私の予想が間違ってるって言いたいのかな?合ってるー?」
「合ってるよ?全く、俺に感情が無いって言うなんて、失礼極まりないぜ」
「あはっ、ごめんごめーん。で、君。名前なんだっけ?」
「童磨だよ。これからよろしくね?」
「うんうん、よろしく童磨くん。私は虹鳴。好きに呼んでいーよ?
で、一個君と話して気づいたことがあるんだけど聞いてくれたりする?」
虹鳴は、人が良さそうな笑顔を浮かべた。同じような笑みを、童磨も浮かべる。
「私、君のこと、めちゃくちゃキライ。生理的に無理。でも、君をぐっちゃぐちゃに泣かせたい」
「おや?それは一個じゃなくて三つじゃ無いかい?虹鳴殿は数さえも数えられないのかな?でもそうだね。
俺も、君が嫌いだよ。これが嫌いって感情なんだね、初めてだよ。こんなにイライラするの」
「あはは、面白い冗談だねぇ!」
「あははは、そっちこそ!」
ははは、と側から見れば仲の良さそうな笑い声が上がる。頭のおかしい鬼には、頭のおかしい鬼をぶつければいいだろう、と踏んだ鬼舞辻の予想は完全に外れた。
爆弾に爆弾をぶつけたら、お互い反発し合い、大爆発する。ただ、それだけのことであった。
「そうだ童磨くん。私は強力な氷の血鬼術が使える鬼を探していたところでね。ちょっと、研究に使いたいんだよね。
ちょっと着いてきてくれる?あ、拒否権無しねー。私、君のこと大嫌いだけど、あのお方の命令には従わなきゃだからさ」
「もちろんだとも、虹鳴殿。俺だって、流石にまた心臓を抉られるのは嫌だからなぁ……」
「へー、童磨くんはあの世行きが嫌な感じ?」
虹鳴は、ぴょんぴょんスキップするような独特な歩き方で、童磨を研究室の奥へ連れて行く。
童磨はふと考えたこともないことを聞かれて、首を横に捻った。
「え?そんなこと考えたこともないなぁ」
「そんなこと言ってたら、もしかしたらあの世の地獄で、とんでもない目に遭わされちゃうかもよ?」
学生帽な帽子をギュッと下げて、虹鳴は童磨を脅かしてくる。童磨は笑顔で「それは怖いなぁ」と言った。すごく不満げな顔をされた。
「ま、そもそも人間は歩くだけで命を消し飛ばしてるし、生きるだけで命を食い殺してるもんね。鬼も人間も関係なく、そもそも、みーんな、地獄行きかも?」
あははは、となぜか楽しげに笑う虹鳴に悪気は一切ない。鬼殺隊の前でこれを口に出したら、憎悪の目を向けられて一瞬で首を刎ねられるだろうが、だからこそ虹鳴は無限城で保護されているのだ。
こう言う、無自覚な無慈悲な発言を繰り出すから。その割に、大した力は持っていないから。
童磨はそれを理解して、やっぱり気に入らない、と思う。まるで、力を持たなかった上にさらに人間への理解力が欠けた、自分を見ているようだ。これは同族嫌悪か、はたまた別のものか。
「さーて、着いたよ童磨くん。人間の血を肌を保存したいから、凍らせてくれない?」
「分かったよ、ところでこんなに人間を解剖して、何をするつもりだい?」
研究室の奥は、大量の人間が解剖され、無惨な姿でベッドに寝かされていた。
意外にも、死体の扱いは丁寧だった。使わない、と判断したらしい死体は傷口を縫い合わされ、白い布をかけられて横たえられている。彼女の様子からして、適当に積み重ねるか、食うかだと思ったが。
「ん?コレのこと?人間と鬼の肌の成分を比べてるんだよ。鬼が日光に耐えれないってことは、人間と比べて、何か細胞が大きく変化してるはずでしょ?そのためには、まずは人間をよく観察しないと。日光病を悪化させたもの、と言う仮説も立てたけど、正解には遠そう。
今のところ、変化した細胞が多すぎるし、鬼によって細胞が全然違うから困ってるんだよね」
「…………へぇ」
童磨は想像よりも、真面目に研究している彼女に感心した。よく考えたら、この控えめに言ってもウザい性格と、頭のおかしい考えを持つ鬼だ。鬼舞辻が直ぐに処分していても、なんらおかしくはない。
それなのに、ここまで丁重に保護されているのだ。鬼舞辻が必要だと判断した、と言うことの裏付けでもある。
「それより、ほら!こっちこっち。童磨くん、この人間凍らせといて」
虹鳴は童磨の腕を雑に引っ張り、人間の死体を指差して、ニコニコと笑った。
童磨は仕方なく、虹鳴の言う通りに人間を凍らせる。虹鳴は凍らせた死体の腕を持ち上げたり、色々とチェックしてから頷いた。
「うん、ちゃんと凍ってる。問題無さそうだね」
虹鳴は凍っているのを確認して、すぐに出口を指差した。
「ってコトだから、もう童磨くんには用無し。さっさと帰っていいよー?あ、でもまた呼んだら来てね。鳴女ちゃんに頼むからさ」
「ちょっと待ってくれよ、虹鳴殿。一方的に呼び出しておいて、なんの対価も無しって言うのは流石にないぜ?」
「ふーん、そう?じゃ、童磨くんは何がお望みなの?」
「そうだなぁ──この死体、美味しそうだし貰っても構わないかな?」
童磨は、さっきから目に留まっていた女性の死体を指差した。さっき死んだばかりなのか、死体からは美味しそうな鮮血が流れている。
対価として、この死体を貰うとしよう。白い布をかけられ、傷口を縫い合わされている様子からして、もう研究には使わないのだろう。貰っても問題はなさそうだった。
しかし、童磨がそれを言った途端に、虹鳴の様子が変わった。ヘラヘラと笑っていた口元は一気に引き締まり、目つきが鋭くなる。
「ダメ。その人、今から埋葬するから食べないで」
え?と童磨は呆気に取られる。埋葬?なぜそんなバカなことを?食べてあげないと、「救えない」ではないか。
「フツウの人間って、死んだら埋葬するんでしょ?じゃ、私もその人を埋葬してあげないと」
「え?虹鳴殿は、そもそも鬼だろう?」
「あはは、童磨くん。それもそうだ。それもそうなんだよ」
童磨はから笑いする虹鳴を見て、ゾワゾワとするのを感じる。
ああ、やっぱりこの鬼とは分かり合えない。絶対に、何があっても。
「でも、私は人間がだーいすきなんだ。だから、なるべく人間に近づきたいし、そのために日光を克服したいの。
日光を克服したら、いつか、人間に首を斬られたいなぁ」
ダメだ、本当にダメだ。この鬼は、どうしようもないくらい、救えない。
だって、当たり前のことが本当に分かっていないのだ。
その思考こそが、人間に最も遠い。それを虹鳴は、理解していない。本来の人間は、人間に近づこうとなんか、しない。だって、元から人間なのだから。
「哀れだなぁ」
童磨は哀れで馬鹿で、間抜けな鬼に嘲笑を送ってやったのだった。
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それから、童磨は虹鳴に頻繁に呼び出されるようになった。自分より下の鬼は童磨にテレパシーを送れないはずなのだが、なぜか虹鳴は送ってくる。
絶対、鬼舞辻の仕業だろう。童磨があまりに嫌いだから、虹鳴に会わせることで、嫌がらせをしているのだ。
その度に、童磨は虹鳴から嫌がらせを受けた。いや、嫌がらせというのには、ウザすぎるものばかりだったが。
鬼舞辻に嫌われているのを煽ってきたり(自分も嫌われてるくせに)、万世極楽教に押し掛けて、「童磨の妻です!」と大嘘をついて騒ぎを起こしたり。(男声の美少女が押しかけてきたせいで、しばらく童磨の性癖を誤解された)
そのせいで、童磨の虹鳴への好感度は、下がる一方であった。ちなみに、虹鳴も童磨への好感度は下がっている。童磨がやり返しで、脳内で延々と喋ってくるからだ。そのうるささと言えば、同じく脳内で喋られている猗窩座と、被害の会を開くほどだ。
そして、その何も悪くないのに、童磨に巻き込まれている猗窩座は、今、虹鳴にも巻き込まれている。
「猗窩座くん、ちょっとそんなに怒らないでよ!ほら、私怒って冷静さを欠く姿も大好きなんだけど、泣いてる姿の方が好きだから!ってことで、泣いてくれてもいいよ?」
「虹鳴ぃぃ!!そんなことは聞いてないっ!」
「ごめんごめーん」
軽く手を合わせて、謝る虹鳴には、全く誠意を感じない。猗窩座は呆れ返って、虹鳴を殴ろうとしたが、朝日が昇ってきているのに気づき、慌てて虹鳴を日陰に引き摺り込んだ。
「なぜ朝に無限城の外に出ようとした。自殺でもするつもりか?」
「え?全然違うけど?ちょっと野菜を取りに行きたくてさ」
「?研究に、必要なのか?」
「あはは、違うよー?」
虹鳴は、日陰でプチプチと勝手に他人の家の野菜を盗み取りながら、ケラケラと笑った。違うなら、なんなのだ。猗窩座はイライラとして、虹鳴を睨みつける。
なぜ、ここまで猗窩座が虹鳴に当たりが強いかと言うと、もちろん虹鳴が大嫌いだからだ。
「玉ねぎが欲しくてさ。玉ねぎって、目に染みるって言うじゃない?それなら童磨くんを泣かせられるかなーって」
「…………つまり、ただのイタズラのために死にかけたと?」
「違う違う!私にとっては死活問題だよ!だって、童磨くんが本気で泣いてくれたら愉しそうじゃない?そうしたら人生に彩りが生まれて、結果的に研究が捗るってわけ!
ん?あ、私人間じゃないから、人生じゃなくて鬼生か!あははは!」
虹鳴は玉ねぎを両手に抱えて、後ろに背負っていた籠の中に入れた。あの籠、いつも薬草や毒草なんかを入れている籠だが、玉ねぎを入れることで薬草までもが、玉ねぎ臭くならないのだろうか。
猗窩座は、現実逃避してそんなどうでもいいことを考えた。
「……玉ねぎを取るだけなら、夜でも取れるだろう。なぜ、今取ろうとした?」
「今思いついたからかなー。思い立ったら吉日とか言うじゃない」
「だとしても早すぎだ!馬鹿か虹鳴!」
「えぇー、行動力の化身として、私のこと讃えてくれてもいいんだよ?」
男性の低い声で、虹鳴は桃色の瞳を上目遣いにして、猗窩座を見てくる。顔はいいのだが、声が声変わり後の男性の声なので、どう頑張っても可愛くはない。
なぜ、彼女(彼?)がこんなキメラみたいな体をしているのかは、誰も尋ねない。絶対に、いつも通りどうしようもなくくだらない理由に決まってると、分かっているからだ。
「とにかく!早く帰るぞ、虹鳴!」
「はいはーい、分かった分かった。…………分かったからそんなに引っ張らないでよ、腕ちぎれちゃうって。本当に」
猗窩座は虹鳴をさらに日陰に引き摺りながら、鳴女に無限城へ転送するように頼んだ。
耳障りの良い三味線の音が、響く。そして、それが消えた時には、猗窩座と虹鳴はいつも通り研究室の中にいた。
ふぅ、ようやく一息つける、と猗窩座はため息をつく。しかし、虹鳴にとって、ここからが本番だった。
「よし、猗窩座くん。君には私の料理助手の権利を与えよう。光栄に思ってね」
研究室に着き次第、虹鳴は包丁を握って、玉ねぎを切り始めた。そして、なぜかあともう一つの包丁を猗窩座に押し付けてくる。猗窩座も巻き込むつもりらしい。猗窩座は、こめかみをピクピクさせながら、「俺はやらない!」と叫んで逃げ出す。
いや、逃げ出そうとした。
「あれあれー?猗窩座くーん、もしかして童磨くんが怖いの?
あー、確かに童磨くんは上弦の弐だもんね。猗窩座くんより強者だもんね。うんうん、童磨くんより弱者の猗窩座くんは、怖いに決まってるよね、ごめんねぇ」
「…………ああもう分かった!やればいいんだろやればっ!」
「わぁ、猗窩座くんたら太っ腹!手伝ってくれるんだね?じゃ、コレ全部切っといてね」
前言撤回。逃げれなかった。虹鳴に、完全に思うように使われた。
猗窩座は死んだ目で、玉ねぎを切り始める。虹鳴はニヤニヤとしながら、猗窩座をガン見してくる。猗窩座はひと睨みして、虹鳴の目を逸らさせた。
そんな虹鳴はと言うと、全然玉ねぎと関係ないものを切っている。あれは、にんじんとじゃがいもだろうか。
もしや、人間の食べ物を作るつもりか?鬼は人間の食べ物を、食べられないのに。いや、だからこそか?だからこそ、童磨に食べさせるつもりなのか?
猗窩座は混乱しながら黙々と玉ねぎを切る。猗窩座は、根が真面目な男であった。
「虹鳴殿ー。鳴女ちゃんに呼ばれたから仕方なく来たけどな……に……って────コレどう言う状況?」
「あ、童磨くーん。いいところに来てくれたね!どう?玉ねぎで目は沁みた?」
「ちょっと痛いけど、泣くほどじゃないなぁ」
「そっか、残念残念」
そして、二人がよくわからないことをしていたら、童磨がやってきた。虹鳴は、こんなくだらないことにわざわざ付き合ってくれる鳴女と猗窩座に、感謝しても仕切れない、と思ってみたりもした。本心では、全然思っていないが。
童磨は少し目を擦る程度で、泣くことはなかった。それは予想済みであった虹鳴は、さっきから作っていた人間の料理を、童磨の前に出した。
「見てよ童磨くん。私、君だけのために肉じゃがを作ったんだ。出来立てほやほやあつあつだよ」
「…………虹鳴殿、俺鬼だぜ?人間の食べ物は食べれないって、知ってる?」
鬼にとって、人間の料理は毒みたいなものである。鬼になると味覚が変化し、とてつもなく不味く感じるのだ。
童磨はあからさまに嫌そうな顔をした。猗窩座は嫌な予感が命中してしまい、目を逸らす。虹鳴は童磨が食べるのをニコニコと見守っている。とんでもねぇ女(?)である。
童磨は震える手で箸を口元まで運ぶ。
「……うぇ、不味い不味い。こんなの食べられないぜ」
童磨は一口肉じゃがを口に運んで、めちゃくちゃ不味そうな顔をした。それはもう、とんでもなく、猗窩座が今まで見た中で一番強く顔を顰めた。
虹鳴は、満足そうな顔をした。コイツ、童磨が嫌そうな顔をするのが見たかっただけか、と猗窩座は呆れる。
「え?虹鳴殿、もしかしてこんなもののためだけに、俺を呼んだのかい?」
「うんうん、そうだよ。私の初めてを童磨くんに捧げようと思って」
「紛らわしい言い方をするな!初めての手料理、だろう!」
「あー、そうそう、それそれ。猗窩座くんたら言葉遣いに厳しいんだから、全く」
「悪いのはどっちだ!お前だろう!」
虹鳴は時折、こういう際どいジョークを言う時がある。一度、鬼舞辻の前で言いかけた時は、猗窩座の心臓がぎゅっと縮んだ気がした。それ以来、虹鳴にはキツく叱っているのだが、反省している感じは全くない。
これだから、鬼舞辻に嫌われているのだ。
「そういえば、虹鳴殿って、性別どっちなんだい?声は男なのに肉体が女の子なのは、何か事情でも?」
「おい童磨辞めとけ!」
「………………あー、それね」
禁断の質問に、童磨が触れた。絶対、くだらない理由だ。しかも、虹鳴は大抵他の鬼もドン引きするレベルの、ドS思考を持っている。虹鳴がまともな理由を持っているわけがない。
しかし、虹鳴は一瞬悩むような顔をした。猗窩座は驚いて息を呑む。
虹鳴が、こんな困った顔をしたのは初めてだった。もしかして、こんな、性別が不明な体なのは、ちゃんとした理由でもあるのか?
猗窩座が、勝手に決めつけていたのだろうか。虹鳴にもきっと悲しい過去が────。
「鬼狩りと出会った時、この声と体だとめちゃくちゃ嫌そうな顔をするんだよ。その顔がもう、全身が喜び過ぎて死ねるくらい可愛くてさぁ……」
ダメだコイツ。猗窩座は早々に諦めて、虹鳴に背を向けた。虹鳴にちゃんとした情緒を期待した、猗窩座がダメだった。
虹鳴とは、一番付き合いが長いのだが、その長い間話したりして、猗窩座はコイツに期待してはいけない、という結論を出している。
「俺はもう帰る」
猗窩座は研究室の扉を開き、外へ出た。その様子を、虹鳴と童磨はニコニコしながら見守る。
「…………で」
完全に猗窩座の姿が消えた頃、童磨は本題を切り出した。
「虹鳴殿は嘘をついたね?」
「──あはは……。童磨くんにはお見通しでしたか。コレは参った参った」
虹鳴は降参、とばかりに手を上げる。そして、それから自分の作った肉じゃがを食べる。虹鳴は不味そうな顔をした。
「私、今は声帯だけ男なんだけど、人間のときは喉に異常があって、そもそも声が出なかったんだよね。
ま、その声のおかげで私は、体で稼いでたんだ。親に遊郭に売りに出されたんだけど、物静かで可愛いとかなんとかで、特殊なシュミの人に人気になって、そのかわり美味しいものはたんまり食べてた」
頬杖をつきながら、虹鳴はさらに肉じゃがを口に運ぶ。吐きそうなくらい、顔色が悪いのに、不味いはずなのに、ハムスターみたいに頬を膨らませて口の中につめる。
虹鳴は、ごくりと肉じゃがをゆっくり飲み込んだ。
「へぇ、可哀想だなぁ、虹鳴殿」
「あはは、冗談はよしてよ。思ってもないのに言わないで」
童磨が適当に思ってもないことを言えば、虹鳴にぺしぺしと肩を叩かれた。かなり痛い。
「で、結構、まぁ愛してるとか、可愛いだとか、そんなのを囁かれるわけなんだけど。
全然、わからないんだよね、私。愛してるとか、そんなの。それを言ったらさ、人間じゃないって言われて。
その時、思ったんだ。人間になりたい、ってね」
「それだったら、別に男の声を出す必要も、声帯を男にする必要もないだろう?」
「あはは、そうだね。でも私、探してるんだよ。こんなキメラみたいな生き物を、愛してくれる人を。こんな体の私を好きになる人なんて、それこそ心から愛してくれてる人でしょ?
ま、そんなわけで、心から愛されれば、私もその分他人を愛して、人間になれるかなって思ったんだ」
珍しく真面目な顔をして、虹鳴は童磨に言った。童磨は、最初に出会った時の「人間になりたい」という発言を思い出した。
虹鳴は、鬼だから、人間を分かっていないわけじゃなかった。人間の時も、人間を分かっていなかったのだ。
虹鳴は感情が鈍いから。唯一加虐心だけあるようだが、それだけが存在するのも、人間に程遠い。
「安心して。俺は虹鳴殿のこと、愛してるぜ!」
童磨はにこりと笑って、冗談混じりに虹鳴に言った。きっと、いつも通り「あはは、すっごくつまらない冗談だね!」と笑い飛ばしてくると予想して。
しかし、虹鳴は大きく目を見開いて、瞬きをした。
あれ、思ったのと違う反応だなぁ、と思った。
「────そっか。それ、嘘だとしても、私嬉しいよ。うん、すっごく」
噛み締めるように、虹鳴は手を握りしめる。童磨は、ついぼんやりその様子を見た。
……なんだろうこの気持ち。
童磨は、ざわざわとざわめく心臓を抑える。変な感じだ、すごく。
「……あー、もう!こんな空気はもう辞め!それと、童磨くん、私のこと嫌いなんじゃないの?」
「え?嫌いだけど?」
「うわぁ、童磨くん、それはまずいよー?とんでもないクズ発言だね」
童磨はあっさりと、嫌いだと言った。そうだ、童磨は虹鳴のことが心から気に入らない。童磨の地雷を正確に踏み抜いてくるし、この通り口も悪い。
でも、童磨は虹鳴の作った吐きそうになるくらい不味い肉じゃがを、口にした。やはり、不味い。でも、温かい。
「確かに、俺は虹鳴殿のことが、嫌いだよ。でも、同じくらい、俺は虹鳴殿を愛してるぜ!」
「嘘つけ。あー、もうこんなやつに一瞬でも期待した私が間違いだったかな」
むすっと、虹鳴は頬を膨らませて怒った。絶対、本心では怒ってないだろう。どうでもいいと思っているに、違いない。童磨とて、嫌いな虹鳴の表情など、微塵も興味がない。
「あ、虹鳴殿。この肉じゃがおかわり。めちゃくちゃ不味いけど」
「あれあれー?童磨くん、私の手料理気に入っちゃった?でも、ごめん。もう残ってないんだよね」
「じゃあ、また作っておくれよ」
「いいよ?どうせ暇だからね。あと、不味すぎて、童磨くんが泣いてくれるかもだし?」
童磨を泣かせたいがために、料理を作るなんて……狂っていて、歪んでいる。しかし、二人ともそんなことに違和感は抱かなかった。
だって、お互いに大嫌いで、ほんの一ミリ好き。そんなくらいの、関係性だったから。
虹鳴が、柱に殺されるまでは。
「……かは、柱って、こんなに強いっけ。私の体が鈍ってただけ?」
「お前の判断が遅いだけだ。血鬼術は強かった。だが、戦場では一瞬の判断力が、全てを支配する」
「さっすがぁ……えーっと、だれ、だっけ。そうだ、えっと、うろこだき?」
虹鳴は、じわじわと消えていく体を見ながら、柱に問いかけた。首は、すぐに斬られた。虹鳴はもとより、戦いは苦手だったし、身体能力は鬼にしては低かったから、当たり前のことだった。柱を前にしたら、負ける。本来、虹鳴は下弦の鬼にもならないくらい、弱いから。
「にんげん、でしょ。うろこだきは、きっと」
柱は、鬼の質問にこれ以上答えるつもりはなかった。柱が黙りこくれば、勝手に虹鳴はぺらぺらと話し出す。
「にんげん……いいなぁ。わたし、にんげんになりたかったの。ひとを、あいしてみたかったの。ねぇ、わたし、そんなかんがえなの、そもそもおかしかったのかなぁ」
黙ってその場を去ろうとした柱は、立ち止まる。そして、虹鳴を睨みつけた。
「それなら、なぜ人を食った」
「わたし、おにもひとの一種だとおもってるから。おにも、しりたかったの。ねぇ、へんかな」
「────だとしても」
柱は、どんな理由があろうとも、鬼に容赦はしない。鬼は、哀れな生き物だ。けれど、斬らなければならないものは、仕方がない。そうするしかない。この鬼は、何百もの人を殺し、そして食った。
それなら、尚更だ。殺す以外の選択肢は、ない。
「鬼殺隊は、お前を許せない」
「そっか」
虹鳴は納得して、笑った。許されないことをしているのは、知っていた。人殺しがいけないことだと、分かっていた。
それでも、虹鳴は自分に甘かった。人間も、他の生き物を殺している、と言い訳した。
懺悔したのは、許されたかったわけじゃない。ただ、許さない、とそう言われたかった。なんとなく。
「……めいわくかけて、ごめん」
虹鳴は、謝った。誰に対して謝ったのかは、虹鳴ですら分かっていなかった。それから、最後に誰かの名前を呼び──塵となって消えた。
しゅう、と虚しい音が夜に溶けて、消えていく。
「────次に生まれてくるときは、人として人生を歩んでくれ」
柱──鱗滝は、軽く手を合わせて祈ってから、虹鳴の着ていた着物に、背を向けて歩き出す。
月夜だけが、その様子をひっそりと眺めていた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「…………へ?虹鳴殿が死んだ?」
童磨は、虹鳴の気配が消えるのを感じた。首を斬られたのだろう。そうだ、こういうときは泣くものだ、と童磨は泣き出す。
「うぅ、虹鳴殿。俺は悲しいぜ。なんだかんだいい友達だと思ってたのに──」
虹鳴は、いつか死ぬと思ってた。虹鳴は、自力で薬学を学び、鬼舞辻に気に入られる程度には頭がいいのに、可哀想なくらい、周りが見えていないから。
自分のやりたいことがあったら、何がなんでもやろうとしてしまう。それが、虹鳴という馬鹿な鬼だ。
ああ、そういえば、今日は肉じゃがを作るために、人間から野菜を盗んでくる、なんて言ってたっけ。童磨が虹鳴に料理を作って欲しい、と言ったから。だから、虹鳴は外に出て、鬼狩りに殺された。
「……あれ?なんだろう」
童磨は、心臓を押さえた。心臓があり得ないほど、痛い。なんだろう、これは。
虹鳴と会うたび、時折原因不明の心臓痛が起こるときがあったが。それと比にならないほど、心臓が痛い。
「俺の心臓、おかしいのかな?もしかして再生した時に、失敗しちゃった?」
ひゅ、と童磨は呼吸をする。まるで喘息になったかのように、呼吸が苦しい。
きっと、これは心が喘鳴を上げているからなのに、童磨はそれに全く気付かない。自分の涙を見て、ケラケラと笑ってくるあの賑やかさが足りないと思っていることにも、気付かない。
何もかも、気づかないまま、童磨はあっさりと涙を止めていつも通り笑う。苦しいくらい、静かなその空間を、なんだか居心地が悪く感じる。それすら、分からずに。
「ま、いっか。俺、虹鳴殿こと、嫌いだし」
鬼滅の映画が良すぎてつい勢いで書きました。童磨との関係は、重たい友情とも恋愛感情とも取れるくらいにするつもりです。