「あれあれー? もしかして、ここ、鱗滝って人の家じゃなかったりします? ちゃんと教えてもらったんだけどなぁ」
「……確かに、儂は鱗滝佐近次だ。年端もいかぬ子供が、ここに何の用か?」
「やっぱり! 合ってた合ってた。で、何の用か、でしたっけ?」
常人ならぼんやりしてしまうほど美しく、その幼さに見合わない妖艶な雰囲気を纏う幼女は、舌で唇を舐め上げてからニヤリと笑った。
「鬼を柱にしてみせてよ、水柱さん?」
鱗滝は、その幼女の気迫ととんでもない台詞に驚いて、少々黙りこくったのだった。
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「お前、あの時の鬼か。……よく覚えている。人間になりたいと言った鬼は、お前が初めてだった」
「ふーん、そんなに珍しいの?」
鱗滝は、突然押しかけてきた元鬼の幼女を、家にあげた。それは、信用したからではなく、単純に今の彼女では鱗滝に全く太刀打ちできないだろう、と言う判断故の行動だった。
なんとなく、鱗滝は彼女が人間になれば、鬼狩りになるだろうな、と思っていた。たった一度会っただけなのに、本当になんとなく。
「お前は、改心したのか?」
「──カイシン? 意味がわからないや。教えてくれないかな」
「改心は改心だ。悪い心を改め、良い方向に心を──」
「そんな一般的なことは、知ってるよ。
…………あはは、今意味がわからないって思ったでしょ? 私も今、その気持ちだよ。
だって、私は、カイシンなんて、出来ないから。何があっても、絶対にね」
意味がわからなかった。改心をしていないのに、なぜ、改心をしようとするのか。改心をしていないなら、なぜ、あの時彼女は、人間が好きだ、と鱗滝に告げたのか。
聞こうとして、口を閉ざす。彼女が自分から、話そうとしたことが分かったからだ。
「私、なんでヒトを殺しちゃダメなのか、まだ理解できてないの。だって、どうせ命は散るものでしょ? なら、少しくらい早くても、結局は同じだって──そうとしか思えない。でも、理解したい、とは思ってた。
……私が死ぬ時くらいは、怖いとか思うのかなって思ったけど、全然だった。なんとも、思わなかったよ」
だから、と彼女は続ける。
「罪を理解できない私には、カイシンなんて無理なんだよ」
じゃあなんで鬼殺隊になるんだよ、と勢いよく突っ込みたくなる。元柱となれば、鬼に殺される一般人を、何百も見ているのだ。しかし、鱗滝のそんなふうに感情を荒げる歳は、過ぎていたのだった。
鱗滝は、冷静に冷たい目で、彼女に聞いてみた。
「一応聞いておくが、なぜ鬼狩りになろうとする?」
「んー、説明が難しいんだけど、私、大っ嫌いな鬼が居てね? そいつを鬼の頃から、泣かせてやろうと頑張ってたんだけど、まぁ、君に首を斬られて死んで。
で、前世の記憶が戻った時、よーく考えたの。どうやったらあいつが泣くかなーって。私って、人を泣かせるのが好きだからさ?
それで、七歳になるまで、いろいろ考えて、あいつの首を取って大泣きさせてやろうって結論が出て──今に至るってわけ! ほら、鬼の首を取るならキサツタイ! ってよく言うでしょ? あれ、言わない?」
彼女は、鱗滝の渡したお茶を行儀悪く飲み干し、着物の裾で口を拭った。
鱗滝は聞いて呆れた。なんてどうしようもない理由だ。こんな理由で、鬼狩りになられてたまるか、と思う。もっとあるだろう、両親が鬼に殺された、だとか鬼狩りに助けられた、だとか鬼の時悪行をしたから贖罪する、とか。それに、人を泣かせるのが好きとは、随分と悪趣味である。
しかし、彼女から全く嘘の匂いはしない。残念なことに、真実のようだ。
「そんな理由で、鬼の首を斬れるのか? 一般人を助けられるのか? ……もっと真剣に考えろ」
「あー、そっかー。鬼殺隊のヒトって、結構お堅い理由で戦ってるんだっけ? ま、それなら、確かに私みたいな人がいたら、不安だよね?
でも、安心して! 私、めちゃくちゃ真面目だから! ヒトはあの世行きが怖いもんね? それなら、一応守ってあげるから!
あはは、そんな目で見ないでよ。命を守るのは、ほんとだよ? ヒトの命は大切らしいもんね」
ぜんっぜん、安心できない。鱗滝は、頭痛がしてきた頭を抑えた。
たった数分話しただけだが、彼女の人となりは分かってきた。彼女、人を振り回して楽しんでいるタイプだ。
今の発言とて、楽しんでいる匂いがする。真面目に言ったわけでは、無いのだろう。真面目に答える気もなければ、そもそも真面目に答えられない。
鬼から人間になったと言うのに、人間らしく無い。どちらかと言うと、鬼のような性格だ。人を他人としか、思っていない。自分を、人間と数えていない。
「……ちょっと話しただけで分かったと思うけどさ、私は根っから人間じゃないから。だからこそ、もっと人間を学んで、人間になりたいの。鬼殺隊は、命を賭けて戦う場所でしょ? 人間が、一番感情を露わにする場面が、沢山ある。いつでも、感情を観察できる。
そのために、鬼殺隊に入ろうと思ったのもあるよ。私が、自分を人間だとはっきり言えるようになるために」
彼女は、ふにゃりと情け無く笑った。しかし、それもすぐに消え、いつものニヤニヤとした笑い方に戻った。鱗滝は、仮面の中で少しだけ目を見開く。
初めて、本音を見せてきた気がした。ほんの、一瞬だけだが、しかし、確かな本音を。
「なーんて、シリアス風にしてみましたー。あ、シリアスって言うのは、外国の言葉で真剣って意味で──」
「分かった。儂がお前を、柱にしてみせる」
「えー、つまらない冗談ってやめ……。
────ん? え? 本気で言ってるの?」
彼女は、まさか承諾されると思っていなかったのか、ぽかんとした顔で固まった。鱗滝は、判断力のある男であった。それも、常人じゃないくらいに。
鱗滝は、彼女にお茶を注ぎ足した。彼女は、ぼんやりとしながら、そのお茶を受け取り、ごくごくとまた勢いよく飲み干した。
どうやら、状況を理解してくれたようだ。
「本気だ。但し────着いて来れるかは、お前とお前の才覚次第だ」
「あはは、うん、上等。そうじゃなきゃね。
よろしく、鱗滝さん。あ、師範の方が良かった?」
「鱗滝でいい。それより、お前の名前は、何という」
彼女はニコニコと呑気に笑いながら、自分の名前を堂々と告げた。
「私は空賀夕凪。虹鳴じゃなくて、こっちで呼んでほしい。
虹鳴は、もう消えたから」
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「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り!」
「夕凪。それは参ノ型だ」
「んー、そうだっけ?」
鱗滝は、長く大きくため息をついた。
夕凪は、あれから半年の間、意外にも宣言通りに鱗滝の指導についてきた。夕凪は、もともと鬼だったのもあって、戦闘についてはセンスがあったし、何故か腕力も女子とは思えないほどにある。今の時点で、簡単に鬼の首を斬れるだろう。
しかし、水の呼吸は夕凪に合わなかった。壱の型と参の型しか使えないし、それもなんだかキレがないのだ。
今だって、呼吸が合わなすぎて、他の呼吸を使い始めている。
「夕凪、他の育手のところに行くことも考えろ。水の呼吸は、お前に合わない」
「えー、やだ。面倒だもん」
だから、毎回他の呼吸を学ぶように言っているのに、この有様。夕凪は、このまま水の呼吸で戦うつもりなのか? こんなに分かりやすく、向いていないのに。
せめて、雷の呼吸の育手を紹介してやろうと思っているが、夕凪は鱗滝のところから離れようとしない。
「もう一回チャレンジするね! えーっと……
水の呼吸 伍ノ型 水面斬り!」
「水面斬りは壱ノ型だ夕凪。あと、お前は伍の型を使えないだろう」
「あれ? そうだっけ」
さっきから、そうだっけ? しかほぼ言っていない夕凪。夕凪は、興味がないことを覚えるのが大の苦手であった。医療用語や知識は、人間が大好きだから覚えられるのだが、どうも呼吸や型に興味は見出せない。
「あ、そうだ鱗滝さん! いいこと思いついた!」
夕凪は、鱗滝が仮面の中で顔を顰めたのを分かったのか、新しい提案をしてきた。
夕凪は、喋りながらぶらぶらと刀を振り回す。非常に危険であった。鱗滝はさらに顔を顰めるしか無い。
「自分で呼吸作っちゃうよ。安心して、今パパッと作るからさ」
「今って──そんなことできるわけ」
「空の呼吸 壱ノ型」
鱗滝の声を遮り、夕凪は刀を水平に構えた。
確かに、どの呼吸でも見たことのない構えだ。鱗滝は目を瞬かせる。
「空虚」
夕凪は、水平に構えた刀で、まっすぐ突く──フリをして途中からその勢いのまま斬り上げた。
青黒いエフェクトが、どろりと絵の具を垂らすように広がった。しん、とその場は静まり返る。
騙し討ちである。しかも、基本となる壱の型でこれだ。もしかして、夕凪は全ての型を騙し討ちにするつもりだろうか?
……正直、それはどうかと思うが、しかし完全に水の呼吸よりこの呼吸の方が夕凪に合っている。
まさか、この一瞬で自分の呼吸を作り上げてしまうとは。鱗滝は驚きを隠せなかった。
「私凄いよね鱗滝さん! まさか出来るなんて思わなかった! 弐ノ型からはどうやって騙し討ちしよっかな……」
「やっぱり全部騙し討ちにするつもりか……」
「そうだよ?」
けろりとした顔で、夕凪は言った。鱗滝は呆れ返りながらも、夕凪の好きにさせることにした。
「空の呼吸 弐ノ型 虚の暴雨」
次はシンプルに、体の捻りの勢いを利用した一撃が重い斬撃──に見せかけて、まさかの連続攻撃。しかも、どろどろした血鬼術のようなエフェクトが広がって、手元を見にくい。
その色は、空の呼吸の名に反して、青く澄んでいるどころか、淀んだ黒にほんのり青が混ざっている、汚い色。
何が、空の呼吸、だ。泥の呼吸に改名した方がいいんじゃないか。鱗滝は心からそう思ったが、口には出さなかった。
「うん、やっぱり私の血鬼術とそっくりの色だね」
「血鬼術が、使えたのか?」
「そうだよ? あ、そっか。そういえば鱗滝さんは私が血鬼術を使う前に、首を斬ったんだっけ?」
鱗滝と夕凪……いや、虹鳴が戦った時、虹鳴は本当に一瞬でやられた。虹鳴が血鬼術を使いかけて隙ができた途端、鱗滝にものすごい勢いで距離を詰められ、すぐに首を斬られたのだ。
虹鳴は、あまり戦いが得意ではない。頭を使う方が、よほど得意である。負け惜しみのようであるが、負けるのも仕方ないのだ。
「私の血鬼術は、腐食。人体を腐らせて、徐々に殺してく血鬼術なんだ。
その血鬼術と、私が使った呼吸の色は似てる……。うーん、不思議だね」
まるで、お前が人を虐殺した罪からは逃れられない、と言われているようだ。かつての血鬼術の色彩を持つ、この呼吸を使うたび、この手で人間を殺した感覚が蘇る。
──ぐちゃりと潰して仕舞えば案外柔く、ドロリと溶かせばすぐに絶命する。人間が大好きなのに、近づかれれば食べたくなる本能に襲われて、つい殺してしまう。……それを、思い出す。
……こんなもの、毎回思い出していたら、面倒である。殺戮本能が、また芽生えてしまいそうだ。夕凪は、ただ童磨を殺して泣かせたいだけなのに。夕凪は憂鬱な気分になったが、ふと思う。
いや……それも、童磨の首を斬ることも、罪のうちに入るのか?
例えたくさんの人間を喰い殺した鬼でも、命である事に変わりはない。鬼だったからこそ、分かるのだ。鬼は、化け物だが確かに生きていて、命を持っている。命の重さは、人間となんら変わりない。
────と言う考えを人間は持ちそうだ、と夕凪は口角を上げた。こんなふうに、常人の考えに近づきたいところであった。しかし、夕凪はそんなことはとっくに知っていたし、その上で童磨を殺すつもりだ。
なんなら、人間の頃も一度────。
「……あまり、深く考えるな。柱になるのなら、早く最終選別を突破した方がいい。呼吸の型を完成させろ」
「あはは、それもそうだね。パパッと作ってとっとと最終選別に行っちゃうよ」
思考の沼に嵌っていきそうな夕凪に、鱗滝は一声かけた。夕凪は、元気よくまた刀を振り始める。
鱗滝は、そんな夕凪をちらりと横目で見て、そして夕凪を集中させるために、移動した。
「……あの子は、このままでは柱になれたとしても、下の下が限界だ」
鱗滝は、一人になって、ようやく思っていたことを呟いた。
こんな冷たいことを呟くも、結論から言えば、空賀夕凪は、天才だった。一瞬で呼吸を作り上げるし、身体能力も高く、ああ見えて冷静で頭が良く、判断力もある。
ただし、空賀夕凪は、努力ができなかった。
夕凪は、やりたいと思って、不可能だったことはなかった、と言う。そのくらいに、夕凪は天才肌なのだ。だからこそ、夕凪は人並み以下しか努力をしないし、その必要性を理解していない。
そもそも、夕凪は、鬼に大切な人を殺されたわけでもない。正義感があるわけでもない。だから、そこまで頑張ろうと思えないのだ。
「あの子を掻き立てるものがあれば変わるだろうが──」
今のままでは、夕凪は強くなれない。
読んでくださりありがとうございます。
鬼殺隊に入ろうとする前の話は後で入ります。
ちなみに首を斬ったら童磨は泣く!と本人は本気で思っています。どうやったら泣くのか、本当に理解してないので、こんな行動をしてます。