童磨を心から泣かせたいから頑張る   作:ルヴレ

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最終選別にて

 

 

 藤の花が大量に並ぶ、鬼の牢獄。その山に並ぶは、夕凪よりも少し歳が上であろう、子供たち。みんな、揃って日輪刀を腰に挿している。……恐らく、昔の夕凪なら、ここに自分から行くことはなかっただろう。

 しかし、夕凪は今自分から、この山に来ている。

 

 ──最終選別を、受けるために。

 

 

 

 

 

 

「最終選別ってここで合ってる? 私、方向音痴だからさ、すぐ道に迷っちゃうんだよね」

 

 夕凪は、厳かな雰囲気の中、黒いバンカラを翻しながら、適当な人に軽く話しかけた。しかし、偶然話しかけた人物は、とにかく体格が良かった。

 がっしりしているし、身長も高く、じゃらじゃらと派手な飾りをたくさん身につけている。そのせいで、小柄な夕凪はものすごく見上げる羽目になったし、飾りが日の光を反射するせいで、眩しくて瞬きをした。

 

「ん? 派手に小さいな。お前も最終選別を、受けに来たのか? もう説明終わってんぞ」

「その通り! その言い方だと、君もそうなんだね? 

 あ、お客さん、いいセンスしてるねー! 派手派手だから、迷子になっても困らない! 素敵な飾りだよ」

「おう、俺は祭りの神だからな…………って、お客さんってなんだ?」

「え? 特に深い意味はないよ? 言いたくなっただけ」

 

 夕凪は怪訝な目で見られた。夕凪は、心外であった。

 

「お前、地味な服着てんな。選別が終わったら、この天元様が、お前を派手に飾り付けてやろうか?」

「あはは! それはいいね、私も君も突破する前提とは……えーっと、そうだ、君風に言えば、派手に面白い! ぜひぜひ、私の地味ーな服を飾り付けちゃってよ」

 

 夕凪は、ケラケラと笑いながらバシバシと話しかけた派手な男性の背中を、勝手に叩いた。それなりにいい音がしたが、男はそのくらいで痛がるほど、柔では無さそうであった。運が良いことに。

 

 それと、夕凪は充分に派手な服を着ている。学生帽風の帽子に、明らかに邪魔そうな、(無駄に)長い、マント風の羽織り。意味のわからないファッションである。

 夕凪は、鬼殺隊の隊服が学生服に似ている、と言う理由でそれに合いそうな羽織りやら帽子やらを見繕ったのだが、完全に戦闘を舐め腐っている。機能性は全くない。

 

 しかし、男はそれでも地味だと言い切った。しかも、それを夕凪は実質肯定した。……完全に、周りの人は二人から距離を取り始めている。

 

「────俺は派手に強いからな! 選別を突破するどころか、すぐ柱になってやる。

 あと、お前も地味に強いだろ。俺には及ばないがな」

「おやおやー、そうかな? もしかしたら、私が最年少で柱になっちゃうかもよ? もちろん、君を追い抜いてね」

「お? やる気か?」

「やる気ではないけど、上限の弍を単独でぶち殺すつもりでいるかなー」

「それでやる気がないとは言わねぇよ!」

 

 あはは、と夕凪は笑った。まるで冗談のように話してみせたが、全て本当にするつもりである。現実的であるかは、さておいて。

 

「そうだ、自己紹介がまだだったね。私は空賀夕凪。これから柱になるつもりだから、ぜひ仲良くしてね」

「俺は宇髄天元。天元様って呼んでくれてもいいぜ。派手にな」

「うんわかった、てんてんって呼ぶね」

「あ?」

 

 無理矢理天元に手を引っ掴まれて、夕凪は天元に手を振り回された。

 が、それが気に食わなかった夕凪は、より一層強く手を振りかえした。

 

「じゃ、また七日後に会おうよ。よろしくね、同期のてんてん」

「てんてんはやめろ!」

「ごめんごめん! 検討に検討を重ねておくねー」

「それ、変えないってことだろうが!」

 

 夕凪は楽しそうに笑いながら、ものすごいスピードで山に入っていく。

 天元は、夕凪のスピードに容易く追いつきながら、鬼を狩るために刀を構えたのだった。

 

 

 

 

 

 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

「空の呼吸 壱ノ型 空虚」

「は? 騙し討……!? ひ、卑怯だぞ!」

「え? そう?」

 

 ……夕凪は、壱ノ型を生み出して二ヶ月ほどで調整を重ね、「空の呼吸」を完成させた。

「空の呼吸」零から拾伍ノ型まである。とにかく型の数が多い割に、そのほとんどは騙し討ちが主体だ。

 ただの切り上げだと思えば、切り上げの次に切り下げがあり、さらに驚いた隙に跳躍して、背後を狙ってくる……とか。

 

 拾伍まである、なんて言っているが、実際は状況によって型が微妙に変わったりするので、本当の型の数は、そんなものではないだろう。

 

 ちなみに、こんなに型の数が多いのは、童磨対策だ。童磨は、敵の型を観察してから殺しにかかる癖がある。それを利用し、全て型を出し切ったように見せかけ、不意を狙うのが、夕凪の作戦だ。

 

「──普通の鬼の前では、壱か弍ノ型しか、使わないでおこう。もし童磨くんの耳に届いたら、大変だもんね」

 

 夕凪は、一人ぽつんと呟いて、刀を仕舞った。鬼だったから分かるが、手の内は例え言葉すらわからないような鬼であっても、晒さない方がいい。視界を共有されていたら、手の内も全て丸見えだ。

 

 特に、上弦を一人で倒したい、なんて大層な夢を持っている夕凪にとっては、一人鬼を倒すだけでも、気をつけなければならない。

 

「…………それにしても、てんてん、もっと静かに戦えないの?」

 

 夕凪は、弍ノ型で不意に現れた鬼の首を簡単に切ってから、遠くをじっと見つめた。その方向では、絶えず爆発音が鳴り響いている。確信はないが、恐らく天元が戦っている音だろう。すごくうるさい。

 選別が始まり、そろそろ一日が経ちそうだが、ずっとこんな調子であった。

 

「──今回は、鱗滝の弟子が居ないのかぁ?」

 

 なんか、すごく大きなたくさん手が生えている鬼が、爆発音が響く中、そんなことを呟いた気もしたが、天元のせいで夕凪は全然聴こえていない。なんなら、鬼側も天元に気を取られ、完全に夕凪に気づけていない。

 きちんと、夕凪は鱗滝からもらった仮面を腰に付けているというのに。

 

「ひぃっ! た、助けてくれぇっ! 鬼に食べられ──」

 

 そして爆発音が鳴り響いている中、夕凪は誰かがそう叫んだのを、微かに聞き取った。

 夕凪は、地面を蹴りすぐに背後から鬼の首を刎ねる。鬼が完全に消滅したのを見て、夕凪はようやく震えている少年に手を貸した。

 

「あれあれー? 震えてるの? そんなんじゃ、すぐ、あの世行きじゃない?」

 

 ……そう。確かに手は貸す。めちゃくちゃ煽るという条件付きで、だが。

 

 夕凪は恐怖と怒りと悲しみで瞳を揺させる少年を、ニコニコと見つめた。

 そろそろ泣いてくれないかな、なんて性格の悪いことを思いながら。

 

「うるさい……。俺は、もっとやれるんだ。さっきのはただ、ちょっと刀がブレただけで──」

「言い訳なんて見苦しいのはやめとかない? 私が来なかったら──君の首は、チョン、パッ! だよ。ん? それとも自殺願望でもあった? それなら、私が君の首を切ってあげ──。

 

 あ、今の半分冗談だから、安心して?」

「なんだよ紛らわしいな! …………てか半分だけかよ!」

 

 初対面の少年に突っ込まれるが、夕凪はケラケラと笑うだけだ。

 しかし、夕凪の変なテンションのおかげで、少年の緊迫感は幾分か減ったらしい。完全に腰が抜けていた少年は、自力で立ち上がった。

 

「少年、食料余ってたりしない? 私、こう言うさばいばる? みたいなのが苦手でねー。

 あ、さばいばるって言うのは、外国の言葉で──」

「そう言う解説はいいだろ! 今は、鬼を斬ることに集中しろよ! あと、食べ物は用意してあるから、着いてきてくれ。拠点で休んでいってくれ」

「わーい、いいの? やった、君は太っ腹だね」

 

 能天気な夕凪を、少年は叱りつけてみるが、余計に調子に乗るだけだ。だって、夕凪の思う通りに、少年が動いてくれたから。

 

 夕凪は、基本的に利益のないことはしない。そんな夕凪が、少年を助けたのは、食料調達が面倒だからだ。利用できるものは、利用した方がいい、と言うのが夕凪の持論であった。

 そんな夕凪の腹の底は知らず、少年はこてんと首を傾げた。

 

「……なんか、お前見たことあるんだよな。どこで見たんだ……?」

「ん? もしかして、てんてんと話してたの見てた?」

 

 少年がまじまじと夕凪を見て来た。ので、夕凪は思い当たる節を挙げてみる。すると、少年は予想通りに「あー!」と大声で叫んだ。

 夕凪は慌てて少年の口を塞ぐ。鬼がやってきたら、大変だ。別に鬼が憎いわけじゃないから、鬼と大量に遭遇するリスクは避けたい。

 

「あの変な女の子か! 変なハイカラな羽織を着てないから、気づかなかった!」

「ちょっと、変って連呼しないで、失礼だよ。あと、変な羽織じゃなくて、バンカラだよバンカラ!」

 

 かなり文化の進んだ大正時代とはいえ、夕凪の黒いマントは目立つ。……と言うよりも、変な会話をしていたから、目立ったのだろう。

 それを理解してながら、夕凪は知らないフリをした。だって、夕凪のような性格の人間は、大抵鈍いことが多いから。

 

「ごめんって──あ、ここが俺の拠点だ。洞窟を見つけたんだよ」

「へー、こんなのあったんだね。それじゃ、遠慮なく寝よっと」

 

 そんなこんなで、話をすれば、すぐに小さな洞窟に辿り着いた。夕凪は、遠慮なく洞窟に入り、早速寝転がって寛いだ。少年は、夕凪を半目で見つめた。

 

「……あのなぁ、お前怖くないのか? すごく……その、明るいのはいいことだが、鬼が居るんだぞ? 今すぐ、襲われるかもしれないんだぞ?」

「あはは、あの世行きが怖いの? 多いねー、そう言うヒト。

 ……私ね、別にあの世行きになっても、大怪我しても、どうでもいいの。だって、どうせ人間は死んじゃうし。ちょっと死ぬのが早くなるくらい、なんで恐れないとダメなの?」

「………………人間とは、思えないな」

「だよねー、私もそう思う」

 

 夕凪はゴロゴロとしながら、少年から干し肉を受け取った。夕凪は、意外にも品よくそれを噛み砕きながら(寝転がっている時点で品も何もないが)刀を手入れし始める。

 鬼の血は首を切ればすぐに消えるものの、泥や砂は消えてくれない。手入れしなければ、切れ味が落ちてしまう。

 

「うぇー、結構汚れてるな。あ、君、これから外に出る予定ある? ちなみに、私は全くないんだけど」

「…………無い。無いけどお前、せっかく強いのにもったいないな。もっと人を助けてやれよ……」

「え? なんでどうでもいいヒトを助けないとダメなの?」

 

 けろっと夕凪は首を傾げ、それから改めて洞窟に横になる。しん、と場が静まり返った。

 よく見たら、下にさっき羽織っていたバンカラを敷いたようだ。寝心地が悪かったのだろう。

 

「私、このまま最終選別終わるまで休んどくから。見張り交代でやらない?」

「図々しいな、勝手に人の拠点に潜り込んで……。まぁ、いいけど」

「ごめんごめん、申し訳ない。ってことで、寝るね。半日経つか、鬼が来たら起こして。じゃあね」

 

 ここで断るデメリットなんて、少年にはなかった。いちおう、女子と男子が二人っきりではあるが、夕凪は色気もへったくれも無いように思えた。ただの、なんかクッソのんきな変人、と少年は認識している。だが、その強さは、認めていた。そして、強さは認めていることを、夕凪はよく理解していた。

 だから、このまま行けば、最終選別は乗り越えられるだろう。そのとき、夕凪はそう思っていた。

 

 ……そう、信じていたのである。

 

 

 

 

 

 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

「た、助けて……! 助けてぇっ! 鬼が──強い鬼が、居るの……! おかしいよっ、弱い鬼しか居ないんじゃなかったの!?」

 

 六日目の夜。最終選別の、最終日。唐突に、その日は訪れた。

 まず初めに異変を感じたのは、その静けさ。まるで、これから何が起こる前兆かのように、山は静まり返っていた。

 その後、一時間ほど経ち、今の悲鳴だ。

 

 そう、かなり強い鬼がいるらしかった。

 

 夕凪は顔を顰める。ここに居る鬼は基本的に、弱い。しかし、例外もある。例えば、死にかけていたり、疲労していたりする人間を狙えるくらい、知能のある鬼がここへ来てしまったら──。

 その鬼は強くなってしまうことだろう。そんな鬼と、まだ練度の足らない夕凪が対峙するのは、明らかに良くない。

 

「大丈夫なのか……? お前、倒せる──」

「音が近い。こちらの気配に気づいている。向こうは、纏めて私たちを殺す気だね」

 

 夕凪は、右の口角をあげ、挑戦的に笑んだ。

 

「お、おい、お前。死ぬ気か!?」

「死ぬつもりはない。大して生きるつもりもないけど」

 

 黒いバンカラを羽織って立ち上がった夕凪を見て、少年は瞬きを繰り返した。

 夕凪は、その鬼を殺すつもりだ。だって、この鬼くらい倒せなかったら、童磨には遠く及ばないから。夕凪にとって、生も死も、全ては童磨を泣かせるためだけに存在するに過ぎない。

 

「いい機会だね、ちょっとひと仕事してきちゃおっかな」

 

 夕凪は刀を携え、地面を強く蹴り、走り出した。

 

 

 どんな鬼かは知らないが、強いらしい鬼は木々を薙ぎ倒して、他の人間を襲っているらしかった。

 ドスン、と木の倒れる振動が足に伝わる。夕凪は、振動を辿りながら、鬼の元へ走り抜けることにした。

 すると、無惨にも殺された少女の死体が、夕凪の目の端に映った。十中八九、あの鬼の仕業だろう。あと少しで、鬼が見えるに違いない。

 

 

 夕凪がそう確信して、木の上から奇襲を仕掛けようと、飛び乗りかけたその時。夕凪の頭上を大きな影が覆った。

 夕凪は、チッ、と舌打ちをした。

 

 だって、あまりにも大きかったから。夕凪やこの前出会った大柄な天元よりも大きくて、それどころか夕凪が三人いても足りないくらいに大柄で。……詰まるところ、鬼は夕凪が見た中でもかなり、大きかったのであった。

 それの何が面倒かと言えば、夕凪の腕力が足りるか不安なところだ。

 

 いくら普通よりは腕力があるとは言え、夕凪は小柄であり、尚且つまだ幼い。あまりに硬い首は斬れない。

 

「空の呼吸 壱ノ型 空虚・真」

 

 だが、だからといって挑まない理由にはならない。

 

 黒いエフェクトを撒き散らしながら、夕凪は木を蹴り上げて、その勢いのまま刀を水平に構える。

 そして、一閃。背後からだから、いつもの騙し討ちは無く、首に向けて大きく切り上げる。

 

「……ダメだ、硬いな」

 

 夕凪が呟いた、その刹那。

 

 夕凪は大きく吹き飛ばされた。何が起きたのか、何にやられたのか、夕凪は目で追えなかった。ただ、無意識のうちに受け身を取ったおかげで、なんとか死なずに済んだ。それに、数秒経ってから、ようやく気づいた。

 

「骨が、折れた。よりにもよって利き手か」

 

 ぺっ、と夕凪は血を吐き出して、左の手の甲で血を拭った。

 右手は、完全に再起不能だ。これ以上右手で刀を振ったら、治るのは不可能になる。ならば、慣れていない左手で刀を振る他なかった。

 ──右手で斬れない首を、左手で斬れるのか。夕凪は暫し考える。そして当然、不可能だ、と言う結論に至った。

 

 なら、戦う以外の方向で、首を狙うしか無い。

 

「その面、お前、鱗滝の弟子かぁ……? 見たことない呼吸を使ったなぁ」

「おやおやー? 鱗滝さんを知ってるの? あ、もしかして鱗滝さんに捕まっちゃった? 可哀想可哀想。

 ……でもそれも仕方無いよね。鱗滝さんって強いもん。君みたいな「弱者」が負けるのも仕方ないよ」

 

 夕凪が最初に考えたのは、感情を揺さぶる方法だ。ある程度知能のある鬼なら、よく揺さぶりは効いてくれる。

 

「うるさい……! 憎き鱗滝の弟子め!」

「あはは、そんなにかっかしないでよ。更年期かな? それとも思春期?」

「うるさいっ!! 黙れ!! お前のように無駄に口が回る弟子は初めてだ!」

「えー、照れちゃうな」

「褒めてない!」

 

 ケラケラ笑いながら、手がたくさん生えた鬼の攻撃を軽々避ける。が、その実、夕凪は冷静だった。ある程度、感情は揺さぶれたから、さっきより攻撃は遅い。反応速度も鈍っている。問題は、首を斬るための腕力──だが。

 

(壱ノ型じゃ、斬れない。弐ノ型も首を斬るには向いてない。なら、拾ノ型をここで使うしか無い……けど、こんなに序盤でコレを使ったら、そもそも私の計画は破綻する)

 

 拾ノ型は、空の呼吸の中で、一番力が入りやすい呼吸だ。本来なら、童磨戦の時だけに使うつもりだった。しかし、このままここで使わなければ、夕凪は死ぬ。

 死ぬのはどうでもいいが、死んだら童磨の首は斬れないし、泣かせることすらできない。それは勘弁だ。

 

 夕凪は一度鬼と大きく距離を取った。鬼も、夕凪を警戒しているのか、不用意に近づいて来たりはしない。お互いに間合いを読み合い、ジリジリと睨みつけた。

 

「よう、空賀。ひどい怪我じゃねぇか」

 

 緊張感を破る声。ぽん、と誰かに肩に触れられる。夕凪は振り返らずに、「ああ、てんてん」と呟く。

 

 夕凪はそっけない反応をしたが、まさに天元の登場で夕凪は勝ち筋を見つけられた。夕凪の力では首を斬れないが、体格の良い彼ならば、もしかしたら……いや、きっと。

 夕凪は微かに血の滲んだ唇の端を吊り上げた。

 

「洞窟に逃げてた奴が、俺に助けを求めてきたんだよ。お前、右手が折れてるみたいだが──やれるよな?」

「もちろん、てんてんは首を斬って。私はアイツの手を全部斬る。頼んだよ」

「命令すんじゃねぇ、元からそのつもりだ」

 

 夕凪と天元は、お互いに不敵な笑みを浮かべながら、合図もせず同時に地を蹴った。夕凪は、慣れないながらも左手で大量の手を一閃。

 ひゅん、と風圧が山を駆け抜ける。

 

「空の呼吸 弐ノ型 虚の暴風」

 

 更に夕凪に手は大量に追撃を繰り出すが、弐ノ型はもとより一撃に見せかけた連撃。難なく夕凪は手を切り裂いた。

 ぐわん、と黒の幻覚が鬼の視界を奪い去る。鬼はそこで、天元の姿が見えないことに気づいた。

 

「なっ……! あの派手な男はどこに行ったっ!」

「あれあれー、まさか不注意とは。よろしくないなぁ」

 

 ────しかし、時すでに遅し。

 

「音の呼吸 壱ノ型 轟」

 

 鬼は勢いよく、後ろを振り向く。すると視界に広がるのは、刀に仕込まれた爆薬と、二刀の銀。

 

「ぐぁぁぁあっ!!!」

 

 気がつけば、鬼の首は飛んでいた。コトリ、と地面に落ちた鬼の首を、夕凪はニコニコと観察する。泣いてくれないだろうか。夕凪に、激昂してくれないだろうか。それを期待するが、鬼は全く想定していないことを言った。

 

「手……を」

 

 鬼が、いきなりぽつんと寂しげに呟いて、夕凪は首を大きく傾げた。手が、なんだろうか。

 

「にいちゃん──。握っ……て…………」

「握る? なんで?」

「おい、空賀。鬼の言葉なんかに耳を貸すな」

 

 夕凪が問い返すも、天元に咎められた。しかし、夕凪は諦めない。だって、夕凪の中では鬼も人間の一種で、夕凪の大切な観察対象なのだから。

 

「怖い……怖いよ」

「────────え、怖い。怖いって、何。どんな感情なの。怖いを知ったら、人を愛せるの? ……人間に、なれるの?」

 

 怖い。そんな感情、知らない。遊郭にいた時や、親に殴られて虐待された時や、無惨に脅された時や、餓死にしかけた時ですら、夕凪は恐怖を感じなかった。

 だから、夕凪は熱心に呼びかける。でも、手鬼は答えてくれない。

 

「…………おい、空賀。早く山を出──」

「────あれ」

 

 痺れを切らした天元が、夕凪の手を引く。だが、夕凪は途端に力が抜けるのを感じた。

 今世で初めて、こんな大怪我をしたせいか。それとも、小さな体に見合わない出血のせいか。

 

 夕凪の視界は、だんだんと黒くなっていく。

 

「……空賀? おい、気絶してんのか!?」

「…………ん」

 

 夕凪は、最後にこくりと微かに頷いて、それから完全に意識を手放した。

 最終選別七日目の日の光が、かつては浴びれなかったはずの夕凪の肌を照らし、選別の終わりを告げる。天元に仕方なく背負われ、夕凪は無事に選別を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 鬼舞辻無惨は、手鬼の視界から一人の少女と青年を眺める。最初から、二人を見ていたわけではない。ただ、鳴女におかしな雰囲気を纏う人間が、鬼を殺していると報告されて、なんとなく見ただけ。

 

 だが、どうでも良さそうに戦闘を眺めていた無惨の目は、だんだんと少女の方だけに注目していく。幼い女。年齢は10代にようやく差し掛かったくらいか。声は高く、顔は綺麗だし、常に明るい表情を浮かべている。

 

 ただ、その雰囲気。まるで人間らしかぬ異様な、悲しみや怒りでさえも愉しんでいそうな、罪悪感なんて一切ない、その目。

 これを、この目を、無惨は見たことがあった。だから、この少女に惹きつけられるのだ。ああ、そうだ。だいたい百年前。無惨は無限城に、頭のおかしな男とも女ともつかない鬼を雇っていたのだ。

 そう、確か、その名は────。

 

 

「────虹鳴、か」

 

 無惨は、一人嗤った。

 

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