平行世界の神様二人 作:せんたくテフロン
今日から3年前、世界が全て変わった日。
その日のことは今日のように覚えている。
私は深呼吸をして、ドアノブに手をかける。
家に帰るのは一週間ぶりである。
母と喧嘩して家から飛び出したのだ。それでも初めてではない。
一週間は流石に長すぎると思うが、未だに納得はできない。
1か月前、父親が交通事故で死んだ。
だが母は泣くこともなく、直ぐに新たな男と同棲するため連れてきた。
婚姻届けと一緒に。
そんなこと納得できない、一緒に生活したくない、と責めたら
「大企業の社長の息子」「これは出世のため」「子供、いや貴方には分からない」
ということを並べてきた。私は馬鹿かもしれないが、そんなの分かりたくもない。
「ただいま……」
習慣の挨拶を誰にも聞こえない声で呟く。
罪悪感でうまく声が出なかった。
私の妹、踊瀬木葉に対しての罪悪感だ。
木葉は肩まで黒髪で、可愛いのに強くて鋭い目をしている私の自慢の妹だ。
私と違って頭が良くて、喧嘩でもちゃんとした主張をして、芯がちゃんとある。
喧嘩で私が勝つなんて一生無理だろう。
正義感も強いから嘘も滅多につかないで、悪いと思ったら謝ってくる。
私もそんな彼女に対して謝るしかないし、頭が上がらない。
だけど友達と喧嘩したら、私の腕の中で泣いてる彼女の話を聞いてあげる。
そんな頼りがいがあって、甘えん坊で、やっぱ自慢の妹だ。
そんな彼女も私が居ないで寂しい思いをしただろう。
木葉には謝って、泣きついて、思いっきりウザがられるべったりくっつくつもりだ。
そして、鞄に入ってるじゃがりこ全種類(もちろんLサイズを見つけたやつはLサイズ)で機嫌取りをするのだ。
最初は怒るだろうが、やっぱり優しいから許してくれるだろう。
そして、今後については妹二人で別居したいと言うつもりだ。
お金なら親に頼めば問題ないほどあるはずだ。
自分で調達できない点は未熟さを思い知るが、母と男にとってもいい話だろう。
彼らは邪魔者2人が消えて、結婚生活と仕事に専念できる。
私たち姉妹は二人で幸せな生活をできる。
Win-Winな関係なはず。
万が一、了承されないなら犯罪を犯してYouTubeに載せるとか脅すことも効果的かもしれない。
インターネットタトゥーとか、何かで社会的に母を殺す。
いや、でも木葉にも影響するからこの案は却下だ。
母のことだから「別居ぐらい好きにしなさい」と言うだろう。
玄関中に入ると靴が並べてある。
母の革靴、木葉の運動靴、そして男の革靴だ。
気持ち悪い。
だが、直ぐにこの家からも出ていける。
そうしたら木葉との生活だ。
私のそう遠くない未来に笑みがこぼれる。
靴を脱ぎ棄て、いつものリビングへの廊下を通る。
今から言い合いが始まるかもしれないのだ。
今日だけは、妹の代わりに強く、威圧感を出して主張しなければならない。
「ただいま!」
今度は大きな声と一緒にドアを開けた。
そこで見たのはパソコンと一緒にソファーでくつろいている母と男。
それと食卓テーブルの脚に縛られている木葉だ。
「ぁ……」
意味が分からない。
鮮やかな赤い血が頭から垂れており、いつも鋭い目には紫の痛々しい痣がある。
白い制服は破れ、乾いた黒っぽい血。
ぐたっと前かがみに座っている彼女は巻き付けられているロープに支えられていた。
死んでいる。
そう言われても納得できる。
「おい、お前。一週間もどこほっつき歩いてた」
男がいつの間にか目の前に居て、手を肩に置いてきた。
見た目はスーツを着るただのサラリーマンだが、なぜか手は悪魔のようにも感じる。
「ゆ、柚葉は……」
震えた声が出る。
「お前、質問はブギャ!」
男は倒れて、尻餅をつく。
いつの間にか手が出ていた。聞かなくてもわかった。
こいつだ。こいつがやったんだ。
私は近くにあった長身大のスタンドランプへと手を伸ばす。
「お、おい!やめ……」
この男は今からやられる事を理解したようだ。私はそれを振りかざして男の頭に振り下げた。ドゴ!と大きな音が鳴る。
そして、何回振り下げただろうか。
血まみれの男が倒れていた。
止めたのは手がしびれ、持ち上げられなくなったからだ。
自分の激しい息に今更気づく。
「キャー!」
世界の時間が始まったように母の悲鳴が響く。
母と目が合い、彼女がビクッと震えた。
信じられない、そんな顔をしている。
彼女は瞬く間に動き始め、コンピュータに繋がれたコードで転びながらも逃げて行った。
「木葉!木葉!」
私は崩れ落ちるように木葉に駆け寄った。
近くで見るほど痛々しい。返事がないので、心が凍り付く。首の頸動脈の鼓動で生きているか確認しようとするが、手が震えて何も感じ取れない。胸の鼓動を直接聞こうとしても、巻き付けられたロープが邪魔だ。解こうとしても結び目がきつくて複雑で、震える手では困難だ。
「ごめん……ごめん……ごめんね……」
死んでるかもしれない木葉に謝ることしかできない。自分が木葉を置いて逃げたのだ。
もし、木葉を一緒に連れて行けば彼女はこんな有様にはならなかった。
私が木葉をこんな目に。そんな思いで、水が目に溜まり、結び目さえ見えなくなる。
自分の嗚咽だけがひどく寂しく、部屋に響くだけだった。