Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
PXを出た隼人と小林は、夜風に吹かれながら並んで歩いていた。外は既に暗く、兵舎や格納庫から漏れる灯りが点々と続いている。二人は無言のまま足を進めていたが、向かう先は誰もが知っている。――戦術機ハンガー。
「ホカ大尉……」
突然、背後から声を掛けられ、隼人は振り返った。
そこに立っていたのは松本だった。
「どこに行くの? あたしも連れて行って」
唐突な言葉に隼人は驚き、そして目を細めた。
「……言ってることの意味、わかっているのか?」
松本は一歩も退かず、真っ直ぐに視線を返してきた。
「行っちゃうんでしょ?」
小首を傾げながらも、彼女の声は揺るがなかった。
隼人は苦笑を浮かべる。
「相変わらず鋭いな……小林。お前は先に行け」
小林は眉をひそめたが、短く「大尉もお早めに」と答えると足早に先へ進んでいった。
残されたのは隼人と松本。二人の間に静かな緊張が漂う。
「……あたし、一緒に行きたい。まだホカ大尉に勝ってないし」
松本が一歩踏み出し、隼人の瞳を真っ直ぐに見据える。
「まさかお前がそんなことを言うとはな……」
隼人はふっと笑みをこぼした。その笑みには優しさと哀しさが混じっていた。
「じゃあ、行ってもいい?」
さらに詰め寄る松本。
しかし隼人の表情は笑みから一転し、鋭い光を宿す。
「俺が進もうとしている道は邪道だ。そんな道にお前を連れて行くわけにはいかない。帰って来れなくなるぞ」
低く強い言葉に、松本の胸が詰まった。
だが彼女は引き下がらない。
隼人は深く息を吸い込み、真剣な眼差しで告げる。
「お前はキグナス中隊に必要だ。俺がいなくなった後、涼介を……俺の弟を支えてやってくれ」
その声には懇願にも似た響きがあった。松本は瞳を潤ませながらも、真っ直ぐ頷く。
「わかった……ナベ中尉を支えるよ」
「頼んだぞ」
隼人は短くそう言い残し、背を向けて歩き出した。振り返ることはない。
「ホカ大尉の……バカ」
松本はその場に膝をつき、静かに涙を零した。
やがて小林に追いついた隼人は、戦術機ハンガーへと到着した。
そこには異様な光景が広がっていた。
出撃命令もないのに、不知火壱型丙と数機の不知火が完璧に整備され、推進剤も弾薬も装填されている。整備員たちが無言で頭を下げた。
「準備は整っています、大尉」
その声には緊張と決意が滲んでいた。
小林はすでに強化装備に着替え、全身から闘志を漲らせていた。
「……あとは俺たちが決断するだけです」
隼人は静かに頷く。
「あぁ、この国を守るために」
自らも更衣室へ向かい、強化装備へ身を包む。戻ってきた彼の眼差しは、もはや迷いを見せなかった。
ハンガーにはすでに数名の衛士が集まっていた。いずれも別部隊から密かに潜り込んできた同志たちだ。彼らの表情は硬く、しかし瞳は燃えている。
隼人は皆を見渡し、深く息を吸った。
「もう、ここに戻ることはないだろう……だが俺たちの行動が、この国を変える。後に続く者たちの礎になることを誇りに思え!」
「応ッ!」
若き衛士たちが一斉に声を上げ、格納庫に響かせる。
それぞれがコックピットへと駆け込み、シートの着座調整をしていく。
機体が次々と起動音を響かせ、暗がりの中に赤いランプが灯った。
最後に隼人は自らの機体――不知火・壱型丙の前に立った。
整備兵が緊張した面持ちで敬礼を送る。
「……頼んだぞ」
隼人は短く言葉を返し、コックピットへ乗り込む。
視界が閉じ、ヘッドセット越しに仲間たちの声が響く。
「これより我らは蜂起する!」
「帝国の未来のために!」
点火される跳躍ユニット。格納庫のゲートが開き、夜の闇が広がっていく。
隼人は胸の奥で、まだ笑顔を見せていた仲間たち――そして涼介と紗栄を思った。
「……すまない。だがこれは兄としてではなく俺自身の出した答えだ」
不知火壱型丙が轟音を響かせ、長岡の夜空へ舞い上がる。
こうして保科隼人のクーデターは、静かに、しかし確実に幕を開けようとしていた。