Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

116 / 224
第百六話 涙

長い戦いを終え、夜が明け始めた長岡基地に、レッドキグナス中隊が帰還した。

雪混じりの朝日が昇り始め、冷たい光が格納庫を淡く染める。

 

涼介は帰還するや否や司令部に呼び出され、事件の報告と今後のキグナス中隊の扱いについて、サマートライアングル大隊の指揮をとる少佐を交えて長時間に渡る協議を強いられた。

解放された頃には、太陽は完全に姿を現し、白銀の雪を金色に照らしていた。

 

青島と並んで廊下を歩く。カツカツと靴音だけが無機質に響き、二人とも言葉を発さなかった。

疲労は極限を超えていた。だが、ふと視線を横に逸らすと、格納庫の片隅に運び込まれた壱型丙の巨体が目に飛び込む。

 

コックピットには無残にも長刀の貫通痕。

涼介の胸に、兄の最期の姿が鮮烈に蘇る。

 

「……兄貴」

 

込み上げる涙をゴシゴシと擦り、涼介は真っ直ぐに壱型丙を見上げた。

脳裏に浮かぶのは、いつも自分の前を歩き、煙草を咥えながら「しょうがねぇな」と笑う兄の顔だった。

 

 

 

ふと壱型丙足元に視線を落とすと、そこには中隊の全員が集まっていた。

疲労は限界を超えているはずなのに、誰一人として宿舎に戻らず、壱型丙を見上げていた。

 

「あいつら……」

涼介の口から掠れた声が零れる。

 

「行きますか?」

隣の青島が問いかける。

 

「……あいつらも疲れてる筈なのに、解散してねぇんだ。俺だけ休めるかよ」

涼介はそう言うと、ゆっくりと駆け出した。

 

「お前ら……こんな所でなにやってんだよ。先に休んでおけって言っただろ」

呆れたような声で声を掛ける。だが、その口調は震えていた。

 

「チビ兄……」

紗栄が心配そうに小さく呟く。

 

「鍋島……」

富田は包帯を巻いた頭を押さえながら、じっと涼介を見つめていた。

 

「中尉……報告は終わったんですか?」

大友の問いかけに、涼介は自分の襟元を引っ張って見せた。

 

「中尉じゃねぇ。この度、大尉に昇進だ。そして、レッドキグナス中隊の中隊長に任命された」

 

一瞬の沈黙。

 

「鍋島が……大尉?」

驚きに目を見開く岸本。

 

「中隊長って……大尉……?」

松原も言葉を失う。

 

「あぁ。基地司令からさっき言われた。……それと、B小隊の小隊長には小川を推薦した。辞令は数日後だ。頼むぜ、小川中尉」

 

突然の指名に全員が息を呑む。

 

「……俺が、中尉に?」

小川は俯き、肩を震わせた。

「俺に出来きますかね……」

 

「前を向け! BETAは待ってくれねぇ! やるしかねぇんだ!」

涼介が声を張り上げる。

 

その言葉に、全員の背筋が伸びた。

 

 

 

「正直……俺だって不安だ!」

涼介は叫ぶように吐き出した。

「兄貴のデカさを痛感してる……でも、もう兄貴はいねぇ! 俺が――」

 

その瞬間、雁部が涼介の頬を殴った。

 

「いってぇな! コラァ!」

涼介が怒鳴ると、雁部は涙を流しながら叫んだ。

「ナベさん! 前を向けよ!」

 

気づけば、全員が泣いていた。

 

「ホカ大尉が……あんな事になって……あたしは止められなかった……!」

松本は嗚咽し、肩を震わせる。

 

「俺は肝心な時にいなかったっけ……それが悔しいっけ……」

富田の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

 

「もっと色々、保科大尉から学びたかったです……」

小川は唇を噛みしめ、涙を堪えきれなかった。

 

「みんなの……兄貴でもあったよね……」

大友は声を震わせて言った。

 

「馬鹿野郎が……」

岸本は歯を食いしばり、涙を零す。

 

「大きい存在だった……」

前園は目頭を押さえ、涙を隠そうとした。

 

「保科大尉にはお世話になりっぱなしで……なにも返せなかった……」

松原は真っ赤な目で泣き崩れる。

 

「隼人兄……やだよぉ……」

紗栄は声を上げて泣き、涼介の腕にすがりついた。

 

 

 

その場にいた全員が泣いていた。

保科隼人という男の存在が、どれだけ大きかったのか、痛感させられる瞬間だった。

 

涼介は仲間一人ひとりの顔を見渡した。

涙で歪んだ顔ばかり。だがその瞳には確かな決意が宿っていた。

 

「……兄貴は、もう帰ってこねぇ。だが、俺たちは前に進むしかねぇ」

涼介は声を張る。

「兄貴が望んだ未来を……兄貴の分まで俺たちで守るんだ!」

 

雪が降りしきる格納庫に、その声が響いた。

 

仲間たちは泣きながらも頷く。

保科隼人を失った悲しみを胸に刻みながら、それでも前を向く。

 

こうして、レッドキグナス中隊は新たに涼介を中隊長に、再び歩みを始めた。

 

失ったものはあまりに大きい。

だがその痛みこそが、彼らをさらに強く結びつけるのだと誰もが理解していた。

 

――12.5事件の爪痕は深く、消えることはない。

それでも、朝日に照らされる壱型丙を見上げる彼らの背中は、確かに前を向いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。