Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

12 / 224
第八話 キグナスの日々

――午前五時、長岡基地第七演習場。

まだ空に朝靄が残る中、赤と白のパネルが貼られた訓練用フィールドを、戦術機ではなく人間たちが走っていた。

 

「オラァ!鍋島走れ!突撃前衛は撃たれても前に出られる脚がなきゃ意味ねぇんだよッ!」

 

怒号が響く中、涼介はゼエゼエと息を切らせながら、先頭を行く白鳥真凜大尉の背中を追っていた。

 

(クソ……なんであの大尉、女のくせにあんな速えんだよ……!)

 

豪胆で大雑把な“メスライオン”――それが彼女の中隊での呼び名だった。豪快な笑い声と男口調で隊を引っ張る彼女は、演習中でも手を抜かずに自ら最前列を走る。

しかも今朝は、何を思ったか「新兵の体力訓練に“俺様”も付き合ってやる」と言い出し、一緒に走り始めたのだ。

 

「涼介、前見ろ。足がもつれるぞ」

 

隣から静かに声が飛ぶ。保科隼人中尉。兄貴分にしてB小隊の小隊長、そして中隊随一の実力者である。

相変わらず冷静で、体力的には涼介より余裕があるのか顔には一切出さない。

 

「兄貴……ったく、涼しい顔しやがって」

 

「鍛え方の差だ。お前の“本能”とやらで追いついてこい」

 

小憎らしくも頼もしい。そんなやり取りに、背後から小さな笑いが聞こえた。

 

「……仲いいっすね、あの二人」

 

口にしたのはB小隊の迎撃後衛の白田だ。少し頼りなさそう見た目だが真面目な性格で、涼介や慶の面倒もよく見てくれる。

その隣を無言で走るのは、肩で風を切るような態度が鼻につく歳刀 慶。かつては涼介と犬猿の仲だったが、訓練校時代に時にぶつかり、喧嘩しながらも信頼関係を築いていた。

 

「それより、白鳥大尉、昨日チェリーどもに『死ぬ前に済ませときてぇなら俺の部屋来い』とか言ってなかったっす?」

 

「……あいつ、行ったらしいです……今朝、俺は大人になったと自慢されました」

 

涼介は聞こえた声に耳まで赤くなった。誰も口にしないが、A小隊内では“真凜大尉のお気に入り”として、奇妙な目で見られている。

だが、誰も真相を聞こうとはしない。涼介が白鳥の部屋を訪ねた夜、何かが起きた――という事実だけが、隊内の空気を変えたのだ。

 

「本当に行く奴がいるっすか……」

「いや……行くわけねぇだろ普通……」

 

全員が内心で同じツッコミを入れていた。

 

そして、訓練終了後。中隊の通信室――通称「CP」では、青島葵中尉が淡々と状況記録を確認していた。

 

「……平均心拍数、基準超え3名。鍋島少尉、あなたはまたペース配分無視してますね」

 

「うっ……す、すんません……」

 

茶髪をきっちりと束ねた中分けポニーテールが揺れる。制服の着こなし一つとっても隙が無く、まさに“絵に描いたような堅物通信士”という印象だった。

正直、涼介は最初この手の“融通の効かない優等生タイプ”が大の苦手だった。

 

(……けど、なんでだろ。たまに、その冷たさの裏にある“熱”みたいなものが、気になる……)

 

「報告書、読んでおいてください。では」

 

「は、はい。……ありがとうございます!ってもういねぇし――」

 

 

必要最低限を伝え、彼女は去っていった。

 

 

(階級上だけど……同い年なんだよなぁ……なんであんな淡々としてんだ?)

 

疑問に思いつつも涼介は、報告書の紙束を手に取った。

新しい仲間たちの笑い声、兵舎の風の音、そして戦場の予感が、長岡の空に溶けていく。

 

それが、キグナス中隊の日常だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。