Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
――午前五時、長岡基地第七演習場。
まだ空に朝靄が残る中、赤と白のパネルが貼られた訓練用フィールドを、戦術機ではなく人間たちが走っていた。
「オラァ!鍋島走れ!突撃前衛は撃たれても前に出られる脚がなきゃ意味ねぇんだよッ!」
怒号が響く中、涼介はゼエゼエと息を切らせながら、先頭を行く白鳥真凜大尉の背中を追っていた。
(クソ……なんであの大尉、女のくせにあんな速えんだよ……!)
豪胆で大雑把な“メスライオン”――それが彼女の中隊での呼び名だった。豪快な笑い声と男口調で隊を引っ張る彼女は、演習中でも手を抜かずに自ら最前列を走る。
しかも今朝は、何を思ったか「新兵の体力訓練に“俺様”も付き合ってやる」と言い出し、一緒に走り始めたのだ。
「涼介、前見ろ。足がもつれるぞ」
隣から静かに声が飛ぶ。保科隼人中尉。兄貴分にしてB小隊の小隊長、そして中隊随一の実力者である。
相変わらず冷静で、体力的には涼介より余裕があるのか顔には一切出さない。
「兄貴……ったく、涼しい顔しやがって」
「鍛え方の差だ。お前の“本能”とやらで追いついてこい」
小憎らしくも頼もしい。そんなやり取りに、背後から小さな笑いが聞こえた。
「……仲いいっすね、あの二人」
口にしたのはB小隊の迎撃後衛の白田だ。少し頼りなさそう見た目だが真面目な性格で、涼介や慶の面倒もよく見てくれる。
その隣を無言で走るのは、肩で風を切るような態度が鼻につく歳刀 慶。かつては涼介と犬猿の仲だったが、訓練校時代に時にぶつかり、喧嘩しながらも信頼関係を築いていた。
「それより、白鳥大尉、昨日チェリーどもに『死ぬ前に済ませときてぇなら俺の部屋来い』とか言ってなかったっす?」
「……あいつ、行ったらしいです……今朝、俺は大人になったと自慢されました」
涼介は聞こえた声に耳まで赤くなった。誰も口にしないが、A小隊内では“真凜大尉のお気に入り”として、奇妙な目で見られている。
だが、誰も真相を聞こうとはしない。涼介が白鳥の部屋を訪ねた夜、何かが起きた――という事実だけが、隊内の空気を変えたのだ。
「本当に行く奴がいるっすか……」
「いや……行くわけねぇだろ普通……」
全員が内心で同じツッコミを入れていた。
そして、訓練終了後。中隊の通信室――通称「CP」では、青島葵中尉が淡々と状況記録を確認していた。
「……平均心拍数、基準超え3名。鍋島少尉、あなたはまたペース配分無視してますね」
「うっ……す、すんません……」
茶髪をきっちりと束ねた中分けポニーテールが揺れる。制服の着こなし一つとっても隙が無く、まさに“絵に描いたような堅物通信士”という印象だった。
正直、涼介は最初この手の“融通の効かない優等生タイプ”が大の苦手だった。
(……けど、なんでだろ。たまに、その冷たさの裏にある“熱”みたいなものが、気になる……)
「報告書、読んでおいてください。では」
「は、はい。……ありがとうございます!ってもういねぇし――」
必要最低限を伝え、彼女は去っていった。
(階級上だけど……同い年なんだよなぁ……なんであんな淡々としてんだ?)
疑問に思いつつも涼介は、報告書の紙束を手に取った。
新しい仲間たちの笑い声、兵舎の風の音、そして戦場の予感が、長岡の空に溶けていく。
それが、キグナス中隊の日常だった。