Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
艦内の夜は妙に静かだった。機械の唸りだけが低く響く甲板を歩きながら、涼介は宿舎に戻るつもりでいた。だが、その足がふと止まる。廊下の角、窓から洩れる淡い光。その中に、小柄な影がうずくまっていた。
「……紗栄?」
声をかけると、はっと肩を揺らし、妹は振り返った。目の下にはうっすらと隈が浮かび、疲労と不安を隠し切れていない。
「……チビ兄。ごめん、眠れなくて」
普段なら笑顔を見せる彼女の声音は、か細く震えていた。
「明日、佐渡だもんね」
その言葉に、涼介は静かに頷いた。
「そうだ。俺たちの故郷だ。俺たちが育った場所で……兄貴との思い出も全部、そこにある」
紗栄は唇を噛み、視線を落とす。小さな拳が膝の上でぎゅっと握られていた。
「……怖いんだ。BETAに蹂躙された佐渡なんて見たくなかった。けど、取り戻さなきゃって気持ちもある。隼人兄との思い出を……BETAの巣なんかにされたままじゃ、絶対いやだ」
震える声。涼介はそっと妹の肩に手を置いた。
「紗栄、俺も同じだ。兄貴と一緒に遊んだ海岸、走った山道、母さんが作ってくれた飯……全部、BETAに穢されたままなんて許せねぇ」
そう言いながらも、涼介の目は強く燃えていた。
「だから取り戻すんだ。俺たちが、この手で。兄貴もきっとそう望んでる」
紗栄は潤んだ瞳で兄を見上げる。
「でも……死んだらどうしよう。チビ兄が……いなくなっちゃったら」
その問いは、妹だからこその本音だった。涼介は短く息を吐き、彼女の両肩をしっかり掴む。
「バカ言うな。死なねぇよ。死なせねぇよ。俺も、お前も。どんな地獄でも生き残る。これは隊長としてじゃなく、兄としての約束だ」
紗栄の目から涙が零れる。だが涼介の強い声が、その涙を押しとどめた。
「いいか、俺たちは絶対に帰る。兄貴の分まで生きて、笑って、故郷を取り戻すんだ」
「……うん!」
紗栄は力強く頷いた。震える手で涼介の手を握り返す。
「絶対に一緒に帰ろう。チビ兄、隼人兄の分まで」
その言葉に涼介は笑みを浮かべ、妹を抱きしめた。二人の鼓動が重なり、決意が確かに刻まれる。
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妹を寝かしつけた後、涼介は足を通信室へ向けた。どうしても話したい相手がいたのだ。
「……青島、中にいるか?」
扉を開けると、管制士官の若い兵が顔を出した。
「あ、中尉ならもう休息に入りましたよ。明日の作戦に備えて、今は控室で休んでいます」
「そうか……」
涼介は苦笑し、小さく頷いた。
「無理言って起こすのも悪ぃな。」
「急用ですか?」
そう言うと、涼介は青島の机に視線を向ける。そこには彼女がいつも使っている端末と整然と並ぶ資料。ふと、涼介はポケットから小さな箱を取り出した。
箱を一度開き、中を確認すると。そのまま箱を閉じて机の引き出しにそっと置いた。
「……青島。明日、帰ったらまたデートな」
小さく呟き、涼介は背を向けた。
去り際、振り返った視線の先には、無人の通信席が静かに輝いている。彼女が座ればまた冷静に、いつもの調子で「考えておきます」と言うのだろう。
「……頼りにしてるぜ、青島」
呟きとともに歩みを進める涼介。その背中には、仲間を、妹を、そして亡き兄を背負う重さが確かにあった。
甲21号作戦――運命の日は、すぐそこまで迫っていた。