Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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第百三十七話 甲21号作戦 ―夫婦の在り方

 地平が揺れた。黒い丘のような巨影が、瓦礫帯の向こうから複数、蠢き出す。要塞級――腹の底が冷たくなる名を、誰も口にしない。ただ、通信に走る息の音と、トリガーを絞る乾いた音だけが重なった。

 

『前方、要塞級十二。随伴に要撃・突撃多数。優先標的は要塞級。各隊、ラインを維持して接近を制限してください』

 葵の声は静かだった。キグナス中央、ライラが翼、ブルーイーグルスが背を守る三角陣は、崩さず前進する。

 

「B小隊、俺に合わせてください。隊形そのまま、距離二百を限度。――静少尉は、右の誘導、真里奈は左脚、狙え」

 小川の指示が、ひと呼吸も間延びせず流れ込む。

 

「了解、中尉!」

「は、はい! 白鳥、左脚へ!」

 

 涼介が前衛を切り開きながら、背後に目を配った。B小隊の列に、新しく加わったブルーイーグルスの池田裕平が収まる。通信越しでも笑っているのがわかる声だった。

「小川中尉、やるじゃねえか。動きの“間”が気持ちいい。こりゃモテるな」

「褒めても何も出ません。――奥さんの前で浮つかないでください、池田中尉」

「ちょっ、裕平! 戦場でそういうのやめな!」静が半ば呆れ声で割り込む。

「悪ぃ悪ぃ。……でもな、こういう時ほど、言っときたいことは口に出す主義なんだよ」

 

「うるせぇ、口は手が空いてから動かせ!」

 涼介が怒鳴り、すぐ前の要撃級を長刀で裂いた。「同期のバカ夫婦が死んだら俺の寝覚が悪い! しっかり付いてこい!!」

「へいへい、隊長殿!」裕平が笑う。「――静、俺の後ろから頼む。脚部関節、見えてる。三発通せ」

「了解!」 静の120mmが唸り、要塞級の左脚付け根に榴弾がめり込む。火花、黒煙。巨体が僅かによろけた。

「真里奈、今!」小川の指示が飛ぶ。

「いきます!」 真里奈の36mm掃射が関節を削り、小川が放った120mmの二発目の榴弾で膝が抜ける。要塞級が前のめりに倒れ、前面の甲殻が起きた。

「開いた!」

「松原、頭を抜け!」――涼介の声と同時、A小隊の火線が白い閃光になって要塞級の頭部を貫いた。巨体は痙攣し、沈む。

 

『第一目標撃破確認。残十一』

「萎える数だな、葵姉さん!」雁部が毒づく。「減る気しかしねえ!」

『――では、数えません。全機、心拍上昇。深呼吸を』

「たまんねえな、うちのCPは」富田が笑い飛ばし、120mmを再装填。「前園少尉、装填終わり! 次の奴の顎、カチ上げるっけ!」

 

 地面が弾んだ。別の要塞級が横から押し出してくる。

「右、来るぞ!」小川の警告。

「俺と静で右を受ける!」裕平が跳躍し、巨体の懐に滑り込む。「静、右肩にマーカー、合わせろ!」

「合わせた!」

「三、二、一――今だ!」

 静の120mmと裕平の120mmが同時に甲殻の継ぎ目を穿つ。割れ目が走り、内部の肉質が露出――そこへ真里奈の掃射が食い込む。

「通った!」

「いい目だ、真里奈!」裕平の声が弾む。

「は、はい……!」

「調子に乗るな、次!」小川の声が跳ねる。「前列、間合いを詰めすぎるな。要撃を漏らすぞ!」

「了解!」

 

 黒い壁のような群れの中を、B小隊はまるで川の流れを読んで舵を切る舟だった。小川の短い指示が一手先の地形と敵流を捉え、四機の呼吸が重なるたびに要塞級の脚が削れ、巨体が転がる。

 涼介は戦いながら、同期二人の声を拾う。

「裕平、まだいけるか!」

「行けるとも! 俺は――静にいいとこ、見せる約束したからな!」

「ちょ、なに言ってるの! ……でも、絶対死なないでよ!」

「お、おいおい、フラグを立てるな!」雁部が吠える。「死ぬのはナベさんだけで十分だろ!」

「誰がデフォルトで死ぬって! ぶっ飛ばすぞ雁部!」涼介が斬り払いながら吠え返す。「――小川、次!」

「B小隊は右から回り込み。A小隊は左へ流れてください。C小隊は弾幕張りつつ、要撃級をまとめて撃ち落として!」

 

 砲火の幕が張られ、要塞級と随伴の中間に白い爆炎の壁が立つ。視界が焼ける一瞬、A小隊とB小隊が入れ替わるように左右へ割れ、さらに一体の要塞級が倒れた。

 

『残九。――全機、体温上昇。水分補給を推奨』葵の淡々とした声が響く。

「飲むヒマなんてないよ!」松本が短く笑う。

「大尉、左の二体、歩幅が乱れてます。狙うならこちら」小川が冷静に差し込む。

「取りにいきます!――静少尉、裕平中尉、右の巨体揺さぶれますか?。真里奈は俺に付け!」

「了解!」

「はい!」

 

 そのときだった。前に出た静の機体の足元が、わずかに沈んだ。地中侵攻の穴。遅れて、そこから飛び出した要撃級の腕が静の左脚をあっさりと持っていく。

「っ……!」機体が傾ぐ。

「静ッ!」裕平が反転、要撃級の腕を斬り落として蹴り飛ばす。「下、空洞! 注意!」

「白鳥、下を見るな! 上の要塞級が踏み潰す!」小川が怒鳴る。

「っ、はい!」真里奈が跳躍、静の上に影を作った要塞級の脚を狙って榴弾を叩き込む。脚が鈍く軋み、重心が逸れた。

「助かったよ、真里奈!」静の声が震え、すぐに息を整え直す。「……まだ動ける。左脚は失ったけど、戦闘続行可能!」

「無理はするな!」裕平が叫ぶ。「俺が前を取る! ――小川隊長、進路を!」

「右斜め前、瓦礫の段差を使え。要塞級の脚をそこで取る」

 

 B小隊が滑るように段差を利用して側面へ抜ける。要塞級の脚が段差に引っ掛かった刹那、静の榴弾、真里奈の掃射、裕平の120mm、三連打。巨体が崩れ落ちる。

「撃破!」

「いいぞ、B小隊!」涼介が叫ぶ。「次で半分――まだ折れねぇ!」

 

 ……だが戦場は、均衡を嫌った。

 左翼から、別の要塞級二体が体当たりのように割り込み、隊形がわずかに弾む。

「前園少尉、抑えろ!」富田の砲撃が火線を走らせ、片方の顎を粉砕――だがもう片方が突っ込んでくる。

「任せろ」前園の低い声。打撃支援の重い一撃が顎を跳ね上げ、涼介の長刀が喉奥を断つ。

「残七!」葵の声が響く。

 

 呼吸が粗くなる。B小隊の回線に、ふっと短い沈黙。静だった。

「――裕平」

「どうした」

「もし、もしもの時はさ。……後は頼むよ」

「馬鹿言え。もしもの時は、俺が先に笑って逝く。だからお前は最後まで諦めるな!」

 

 溶解液の塊が正面から迫る。最初に視界に入ったのは、要塞級が衝角を振り回しながら溶解液を発射しながら迫る。

「やべぇ、吐くぞ!」雁部が吠える。

「散開!」小川の一声。

 B小隊が扇状に裂け、溶解液が大地を溶かし、飛び散った。熱風が装甲を叩く。

 

「今のは近すぎです……!」真里奈が息を飲む。

「生きてるなら上等だ。落ち着いて処理すれば躱せる」小川は冷たいほどに冷静だった。「――池田中尉、あなたの火力と度胸、頼りにしてます」

「おうよ。俺、あんたの“間”に癖になりそうだ」

「後で奥さんの前で言ってください。――今は前だけ見て」

 

 流れが、再びB小隊に集まった。

 涼介はその気配を背で感じながら、二体目の要塞級へ突っ込む。「小川、三秒だけ開けろ。俺がこじ開ける」

「了解。B小隊、三秒後に一斉射!」

「了解!」三人の声が重なった。

 

 涼介の長刀が、巨体正面で閃く。甲殻の継ぎ目へ、無理矢理に角度を作って叩き込む――ひび。そこへB小隊の一斉射が降り注ぎ、裂け目が口を開けた。

「今だ!!」

 富田の重砲が喉奥へ刺さり、要塞級は内側から破裂する。

「残六!」

 

 歓喜の一瞬、その裏側で――不意に、脇から伸びた要撃級の衝角が静の腰を掴んだ。

「――っ!」

「静!!」裕平の叫びが、悲鳴に近い音で迸る。

 静の不知火が宙で軋み、甲板に叩きつけられる。追い打ちに別の要塞級の脚が振り下ろされる。

「間に合ええええ!」涼介が跳ぶ。だが距離が足りない――

「隊長、下!!」真里奈の狙撃。脚の関節、わずかに逸れる。脚は静の胸部装甲をかすめ、装甲片が散った。

「静少尉バイタルは?」小川が願うように声を張る。

「……生きてる、まだ――!」息が荒い。「推進剤、漏れ。左腕喪失……でも、まだ――」

「無理をするな!」裕平が叫ぶ。「静、下がれ!」

「下がらない!」

「馬鹿!」

 言い合いを、涼介が叩き切る。「二人とも、口じゃなく! ――動かすのは手だ!!」

 

 その瞬間、前方の要塞級三体が横並びで膨れた。群れ全体が呼吸するように膨張し、圧が増す。

「くるぞ――!」

 衝角が同時に伸び振り回される。

「C小隊!弾幕張るっけ!」富田の怒号と同時、3体の要塞級の鞭の様な衝角が振り回される。C小隊の弾幕が迎撃するが、一本がすり抜けてくる。

「静、俺の後ろだ!」裕平が体を入れる。衝角が裕平の機体の肩を焼き、装甲が泡立ちながら剥がれた。「くそ、熱っ……!」

「裕平!」

「大丈夫だ、まだ動く!」

 

 土煙のが上がり、視界が塞がる。涼介は喉が焼ける感覚を無理やり押し込み、叫んだ。

「――小川! あと何体だ!」

「五です!」

「全部、俺たちで落とすぞ!!」

 

 火線と爆ぜる音の中、時間が縮んでいく。B小隊は一枚岩になっていた。小川の声が呼吸になり、静と真里奈と裕平が手足になって、巨体を切り崩す。三体目が崩れ、四体目が頭部を裂かれ、五体目が脚を失い、もがく。

『残二……残一』葵の声がわずかに震えた。

 

 最後の一体。

 その巨体は、傷つきながらもなお前進していた。前には、さっき静を叩きつけた奴がいる。

「――俺が止める」裕平の声が急に静かになった。「小川隊長、最後の“間”をくれ」

「許可しない」小川が即答する。「あなたはB小隊の火力だ。代替がない」

「じゃあ、命令違反だ。悪い」

「裕平!」静の悲鳴。

「静」裕平の声が、少しだけ柔らかくなった。「――約束、守ってくる」

「やめて!行かないで!」

「見ててくれ」

 

 裕平の不知火が、まっすぐに加速した。涼介は一瞬、同期の笑顔ばかりが頭に浮かび、喉から声が出なかった。

「裕平――ッ!!」吐き出せたのは、それだけ。

 裕平は躊躇がなかった。要塞級の頭部に長刀を投げ込んでこじ開け、むき出しになった肉へ突撃砲を突き立てる。

「静! 生きろ!!」

 爆炎。内側から弾け、巨体が崩れ落ちる。同時に巻き込まれた裕平の不知火が――爆光の中、シルエットごと千切れた。

 

「――――っっ!!!」静の声が途切れ、次の瞬間、彼女は踏み出していた。

「静少尉、やめろ! 下がれ!!」小川の命令は届かない。

 静の不知火は、最後の要塞級の懐へ滑り込み、左腕と左脚のない機体でなお長刀を両手で握ったかのように構える。

「――裕平」

 たった一言。そして、甲殻の継ぎ目へ渾身の突き。長刀が根元まで入る。

 要塞級が痙攣し、のしかかるように倒れてきた。

「静! 跳べ!!」

「ごめんね、涼介」

 押し潰す巨体。静の機体は膝まで埋まり、脚から砕けた。

「静――――――ッ!!!!」

 

 沈黙。

 最後の巨体が完全に止まった。葵の声が震えながら、しかしはっきり告げる。

『……要塞級、全目標の機能停止を確認。――撃破、完了』

 

 涼介は呼吸の仕方を忘れていた。喉の奥から何かがせり上がって、それでも歯を食いしばった。

「……っ、クソ、クソ、クソ……!」

 拳でコンソールを殴る。「ふざけんなよ、こんな勝ち方があるかよ……! 裕平、静……返事しろよ……!」

 返事はない。機体識別信号は、二つとも消えていた。

 

「大尉……」小川の声も掠れていた。「……進みます。止まったら、ここで死ぬ」

「――ああ」

 涼介は目を閉じ、一秒だけ沈んだ。そして目を開く。

「B小隊……よくやった。よくやってくれた。――行くぞ。二人の分まで、前へ」

「了解……!」真里奈の声が震えながらも、前を向いていた。

「……静と裕平の“間”は、俺が引き受ける」小川が短く言い、深く息を吐いた。「B小隊、再編。間隔詰め。前へ」

『全隊へ。サマートライアングル大隊、要塞級の脅威は一時的に去りました。――第二段階、終盤目標を達成。以降、規定ラインまで前進を継続』葵の声が戻る。

 

 涼介はコックピットの中で、そっと呟いた。

「――見てろよ、裕平。静。俺たちは、ここで止まらない」

 長刀を肩に戻し、操縦桿を押し込む。壱型丙が再び吠え、黒い大地の前へ踊り出る。

 彼らが空けた道を、後続が踏みしめる。二人の名前は、そこで生き続ける。

 佐渡を取り戻すまで。絶対に。

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