Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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第百三十八話 甲21号作戦ーーー第三段階、屍を越えて

第三段階――

 

『状況更新。両津方面への制圧砲撃、予定通り開始。エコー部隊、順次突入。ウィスキー主力は旧沢根—旧高瀬ラインで戦線を構築・維持。損耗率、33パーセント……まだ持ちこたえています』

艦橋由来のノイズを跨いで、葵の声が落ちる。抑制の効いたトーンは、逆に戦場の現実を濃くした。

 

「聞いたな。――立て、まだ行ける」

涼介の壱型丙が、割れた舗道を蹴って立ち上がる。砕けた建屋の骨組みが遠くで崩れ、粉塵の向こう、黒い群れが波の線を描く。旧沢根――地名の看板すら消えた更地に、鉄と血の色だけが残っている。

 

「ウィスキー先導、サマートライアングル大隊――前へ!」

「了解!」

レッドキグナス、イエローライラ、ブルーイーグルス。痛んだ陣列の三角形は、それでも前傾を崩さなかった。

 

光線警報

 

「光線級、右一帯に散在。見通し線を開ける動き――来ます!」

小川の短い警告に、各機が反射のように角度を変える。前面の戦車級が左右に割れた瞬間、奥の細い“筋目”が閃光に染まり、舗面が焦げて蒸気を噴いた。

「照射停止、今!だ」

「任せろっけ!」

富田の不知火が弾幕を張る。光が止む、即座にA小隊がねじ込む。

「松松コンビ、右から抜けろ!」

「了解!行きます、松本!」

「はいな〜!」

松本と松原の“松松”が、同じ軌道で角度だけをずらし、要撃級の背へ斬り込みを入れる。背目が千切れる音――涼介はその気配を背で計り、左へ弾く。

「雁部、反対側を抑えるぞ!」

「おうよ、ナベさん! まだ死にてぇ気分じゃねぇ!」

雁部の不知火が要撃級の関節を叩き折り、倒れ込む巨体の影に紗栄の砲撃が滑り込む。

「チビ兄、前、開けた!」

「よし、取りに行くぜ!」

 

 前列が下がった一拍、背面から射線が走った。前園の不知火――無言のまま、角度も呼吸も寸分違わず、要撃級の顎を跳ね上げる厳密な一撃。

「前園少尉、ナイスだっけ!」富田が笑う。「そのまま右! まとめるっけ!」

 

 押し上げ――そこに黒潮の逆流。突撃級が列を成して噴き上がり、甲殻の刃で地面を削る。

「突撃級は回り込んで迎撃! 背面から抜け!」小川の声が飛ぶ。「B小隊、真里奈は俺の後ろで食らい付け、静、少尉……はもういなかったな……」

言いかけて、小川は一拍、息を飲んだ。B小隊の欠落。涼介の胸に痛みが走る。

「――静と裕平の分は、全員でやる。射線のフォロー確実に」

 

「了解……!」真里奈の声は震えを堪え、しかし前を向いたままだ。

「真里奈、落ち着け。撃つ前に“見る”。撃ったら“動く”。その繰り返しだ」小川は平板に言う。

「はい!」

 

 瓦礫の影、光線級が六体、要塞級の腹から吐き出される。

『光線級新たに確認。36mmで優先排除。――乱戦中は照射不能』葵が併走する。

「松原、突っ込んでで数を削る」

「了解。撃ち抜いてきます」

松原の精密射が、光線級の“目”に相当する感度部位を次々と打ち抜き、光る目がひとつずつ暗くなる。

 

 左翼、イエローライラの通信が弾む。

「――隊長、囲まれてる!」「退けない、脚やられた!」

「高橋大尉、大丈夫か!」涼介が問いかける間もなく、断末魔。

「くそっ……! イエローライラ、位置を言え! 俺が押し返す!」

「駄目です大尉、ラインが薄くなる!」小川が制した。「ライラ左小隊、引きつけて段差へ。キグナス前列、左へ二枚移動――弾幕展開!」

「園さん!」

呼ばれた声に、前園はやはり何も言わない。ただ、最短で重心を寄せ、装甲の擦れる音だけを残して位置を満たした。

富田の重砲がドンと鳴る。爆炎に光線級が沈む。イエローライラの残り三機が辛うじて抜けてくる――だが列の中程、二機が黒い群れに呑まれて消えた。

 

『イエローライラ、和田、吉川、高畑、高野機の信号ロスト……』葵の声がわずかに低くなる。

「ブルーイーグルスは!」

『重川、尾形の2名がロスト……、江上大尉、甲斐田中尉が健在。両名は前衛で戦闘継続』

「江上さん……持ってくれ」

 

 

 

 押す、押し返される、押し返す。旧沢根の地図上で見れば、数百メートルの進退に過ぎない曲線が、機体の中にいる者には永遠の往復のように思えた。

「前!」紗栄が叫ぶ。要塞級の尾節がしなる。

「酸――!」小川の声が重なり、全機が跳躍。たった一瞬遅れたイエローの一機が足首から泡に飲まれ、悲鳴の直後、無音になった。

「葵、エコーの進入状況は!」涼介が吠える。

『旧大野の確保を完了。主力が北上、旧羽吉へ。――こちらを通過した増援の一部、あなたたちの右側に入りました』

「恩に着る!」

 

「園さん!」涼介が呼ぶ。「右から来る要塞級、俺が一枚、前に出す!園さんは顎を上げてくれ、富田は仕留めろ!」

『了解』

珍しく、短い返事が返ってきた。掠れ、しかし真っ直ぐだった。

 

 段差を利用して壱型丙がえぐり込み、要塞級の脚を払う。巨体がぐらりと傾いた刹那、前園の不知火が真下から顎を突き上げた。

「今だ、富田!」

「喰らえっけ!」

重砲が喉を貫く。要塞級が崩れる。

「残りは掃除だ。――松本!」

「任せて!」松本の突撃は刃こぼれ一枚すら許さない。舞うように跳び、切り、背を抜ける。

「松本少尉、左背後、要撃級!」真里奈が叫ぶ。

「だいじょぶよ〜!」即応の斬撃。要撃級が腕を落として沈む。

 

 そのときだ。右から、別の要塞級が“横薙ぎ”のように入り込んだ。

「脚、来ます!」小川の警告が遅れなく飛ぶ。

前園が、涼介の壱型丙を押し返すように前へ出た。

「園さん――!」

脚が落ちる。打撃――いや、串刺し。鋭い脚先が、前園の機体腹部を突き貫いた。

「……っ!」涼介の喉が鳴る。

「前園少尉!」紗栄の悲鳴。

「くっそ、今すぐ引き抜くっけ!」富田が砲を構えて前園機を突き刺した脚を撃ち、圧をかける。が、要塞級は脚の先端を動かさず、腹部で衝角を回す。

「クソッ、離れねぇ……! 酸の兆候は――」

『微量確認、尾節拡張……近く、散布来ます』葵。

「全機離れろ! 園さんから離れ――」涼介の命令が喉の奥で崩れる前に、前園が動いた。

 

 貫かれた機体のまま、前園が操縦桿を引き切った。串刺しの脚を“ガイド”に、自らの機体を跳ね上げ、わずかでも角度を変えて――壱型丙と要塞級の間に、細い三角の隙間を作る。

 そこに、ほとんど重なるように尾節の衝角が突き込まれた。酸が噴く。

「――っ!」

 前園が受けた。自分だけが確実に酸域に入る角度で。

 装甲が泡立ち、背面が沈む。反転、衝撃、刹那の空白。

 彼は最後まで、ひと言も発しなかった。ただ、手が、わずかに合図を切った。

 ――行け。

 

 涼介の喉が燃えた。

「園さん――――――!」

 叫びと同時に涼介は前へ出た。長刀が落ち、要塞級の脚の関節に深々と入る。

「富田、ぶっ放せ!」

「……任せろっけ!」

 120mmが直下で爆ぜる。脚が折れ、巨体が崩れ落ちる。酸の泡がさらに広がる。

「下がれ、下がれ――!」小川が全機を引き、後退のラインを敷き直す。

 泡の向こうで、前園の機体識別信号が、静かに消えた。

 

 沈黙が、一秒。二秒。

『……前園浩輔少尉、信号ロスト』葵の声は、いつもより一段だけ柔らかかった。

 涼介は歯を噛み――そして、息を吸った。

「……前を向け。今すぐだ。園さんが空けた“間”が、閉じる前に」

 

「了解」小川が返す。感情の波を押し殺した、いつも通りの声だった。「A小隊、左へ一枚、B小隊は中央を繋ぐ。C小隊は外からカバー。――いけるか」

「いけるっけ」富田の返答は短く重い。「前園少尉の分まで、撃つっけ」

「私も……撃ちます」真里奈の声には泣きが混じり、しかし震えではなかった。

「……僕らは進みます」松原が低く添える。

「しゃあねぇ、暴れてくるか」雁部が鼻を鳴らす。「ナベさん、俺ら、まだいけるぞ」

 

「――行くぞ!」

 涼介の号令と同時、砲火が再び編まれた。松本と松原が刃の交差で前面を裁ち、雁部が機動で押し込めて、富田と大友が弾幕を張る。紗栄の砲撃が光線級の目を潰し、小川が“間”を詰める。

 高橋のイエローライラ、江上のブルーイーグルスも、穴だらけになった翼を必死に広げた。

「江上さん!」涼介が通信を開く。「右、押し上げる! 隊形合わせてくれ!」

「合わせるで! ……こっちは2人、置いてきた。お前らは、その分まで前出い!」

「任せろ!」

 

 黒い波の上に、さらに黒い峰が現れる。突撃級の列。

「松本、前!」

「はいな〜!」

 松本の長刀が閃光のように降り、突撃級の背を一気に五つ裂いた。切っ先が地面を擦り、火花が走る。

「松原、右!」

「はい!」針のような精密射が、要撃級の背目を片端から落としていく。

 

『エコー先行隊が旧羽吉に到達。タダラ峰跡周辺でBETAの移動を拘束中。――今はあなたたちのラインが鍵』

「聞いたな!」涼介が吠える。「ここで崩れたら、向こうが死ぬ! ――押し返せ!!」

 

 銃火が重なり、爆炎が段差に沿って走る。

 江上の隊から、短い悲鳴。

「甲斐田が、落ちた……すまん、鍋島」

「謝るな! 生き残った全員で前に出る!」

 イエローライラからも、二、三……短い名乗りと共に信号が消える。

 そのたびに、涼介は噛み殺すように呟いた。

「――見てろ、岸本さん、園さん、裕平、静、俺たちは、まだ止まらねぇ」

 

 やがて、爆炎の壁の向こうで、群れがわずかに退いた。

『前面の密度低下を確認。――ウィスキー主力、旧高瀬側とのライン接続まで、100メートル』

「このまま繋ぐ!」小川が呼気と同じ速度で指示を流す。「A小隊は左斜め前、B小隊は中央、C小隊は右斜め前――三斜線の楔を打ち込む。足を止めるな」

 

「了解!」

 涼介は壱型丙の腰を落とし、長刀を低く構える。視界の端に、亀裂だらけの街路、焼け付いた鉄骨、倒れた標識。

 ――前園の最後の手の合図が、まだ胸の内で熱を帯びている。

「行くぞ。俺に続け。絶対に、ここを“BETAの場所”にするな。俺らの場所にする」

「了解!」

「了解……!」

「了解っけ!」

「了解!」

 

 刃が走る。

 砲声が重なる。

 光線級が倒れ、要撃級が崩れ、突撃級の背が割れる。

 黒い波の向こうに、わずかな平坦が見え始める。旧高瀬方面――ウィスキー本隊の骨格が延びてくる。

『連絡――ウィスキー主力の先頭と接触。ライン、接続!』葵の声が一段明るくなる。

「よっしゃああ!」雁部が吠える。「繋いだぞ、ナベさん!」

「繋いだ。――まだ終わりじゃない。第三段階の終盤、ここからだ!」涼介が叫ぶ。

「江上大尉! 高橋大尉! まだ生きてるか!」

「生きとるわ!」江上の笑い声は、血の味を隠さない。「お前ら、ようやった! ……ここから、もうひと踏ん張りや!」

「俺もいるぜ!」高橋が息を切らしながら割り込む。「帝国の底力、見せようや!」

 

 葵が最後に告げる。

『……前園浩輔少尉の戦死を記録。ブルーイーグルス、追加二名、イエローライラ四名、戦死を記録。――ですが、ラインは繋がりました。皆さんの手で』

 

 涼介は一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。

「――前へ。佐渡を取り戻すまで、俺たちは止まらない」

 

 壱型丙がまた吠える。

 サマートライアングル大隊は、喪失を背に載せたまま、それでも前へ――旧沢根の地図上の線は、確かに、わずかに、前へ押し出されていった。

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