Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
通信が簡潔に区切られ、空気が一段ひきしまる。
「――江上さん、高橋さん、拾い上げ頼んだぜ。俺たちは行く」
涼介の言葉に、誰も返事を待たない。跳躍ユニットの唸りだけが、すでに戦意を代弁していた。
「A小隊、前へ出るぞ! 俺の背中、絶対に見失うな!」
『了解!』
壱型丙が吠えるように加速する。左に雁部、斜め後ろに松本と松原の松松コンビ”。
地表は既に更地と化し、瓦礫と黒焦げの残骸が延々と続く。
頭上の空では、なおも遠方で光線が稲妻のように走り、時折、遅れて黒い煙柱が立つ。
「雁部、左の帯域。突撃級の列、割るぞ!」
「了解だナベさん、置いてくなよ!」
雁部の不知火が低く滑り込み、突撃級の足を撃ち抜く。続けざま、涼介の長刀が閃光になり、装甲殻の継ぎ目を断ち割った。
「次いくぞ、ついて来い!」
「松原、松本。前方“L”の開けた低地、面で掃け!」
「了解、僕が先行します! 松本、角度合わせて!」
「まっかせろーい!」
松原の36mmが几帳面な連射で戦車級の鼻先を順に抉り、松本の斜め上からの火線が“抜けた”個体の頭部を一発で止めていく。
「……綺麗に揃うね〜これ」
「当たり前だ!散々訓練してきたんだ!」
背後では、B小隊が二人きりの“脳”で全体を支えている。
「小川より全機。A小隊の進出軸、右45度から要撃級が回り込む。真里奈、俺の火線に合わせて外側から刈り取れ」
「はいっ!」
小川の120mmが短く二発、要撃級の群れに穴を穿つ。その“窓”を読んだ真里奈が瞬時に滑り込み、感覚器を正確に叩き潰す。
「……ナイス。呼吸、上がってないな」
「上げません。中尉の背中、見失いませんから!」
「良い返事だ。じゃ次、左の凹地へ――」
C小隊は、戦場の“道”を作る。
「富田ぁ、前へ! 砲撃で“突撃砲道”を開け!」
「任せろ鍋島! 右、36mmで削る! 左、120mmで穿つっけ!」
富田の不知火が、二種の火力をテンポ良く切り替えながら、BETAの群れを“押し退ける”ように割っていく。
「小さい鍋島、要撃級の肩の“陰”! そこ、狙えるか!」
「見えてる!――落ちて!」
紗栄の支援突撃砲がまっすぐ抜け、要撃級が糸の切れた操り人形みたいに崩れ落ちる。
「グッドショット! 次っけ次っけ! 止まるな!」
「了解っ、富田中尉!」
そして、全体の縫い目を走るのが――大友だ。
「BからCへ移動。真里奈ちゃん、追い付き速度良し。弾薬、次のコンテナまで持つ?」
「……残弾20%。でも行けます」
「無理は半分だけ。残り半分は私が受ける。――富田中尉、右側の“溜まり”、私が散らします!」
「助かるっけ! そこ散らばるとAが楽になる!」
大友の120mmが、押し寄せる戦車級の群れの“腹”を撫でるように削ぎ、群れの動きが一瞬ばらける。その刹那、A小隊が突き刺さる。
「ありがとな、大友姐さん!」
「いいから前見て! 涼介が視界から消えたら、泣くからね!」
「へっ!泣くなよ大友姐さん! 俺が泣かすのは紗栄だけで十分だ!」
「ナベさん、それフラグだぜ!」
「うるせー雁部、折って前出るぞ!」
火線は切れない。誰かが撃ち、誰かが斬り、誰かが縫う。
レッドキグナス中隊――戦場に散る瞬きの星が、今はひとかたまりの流星の様に前線を走っていた。
⸻
「止まるな」「抜けろ」「斬り抜けろ」
「前方、低い稜線越え! その裏、要撃級の塊!」
「俺が割る!」
涼介の壱型丙が稜線へ飛び込み、頂点で一瞬だけ加重を抜いて“滑る”。長刀が稲妻の弧を描き、要撃級の前腕の付け根、前腕を正確に断つ。
「雁部、右は任せた!」
「はいよぉ!」
雁部の36mmが要撃級の脚を縫いつけ、松本の跳躍からの“縦一文字”が、頭ごと落とす。
「松原、残りの外し、掃除!」
「了解。――三、二、一、クリア」
「小川、A小隊の左外側、薄い!」
「C小隊、左へ半身で寄れますか!? 富田中尉、120mmで“壁”、紗栄少尉、外縁を撃って“誘導”!」
「いけるっけ!」
「了解、撃ちます!」
C小隊が左壁を作ると、群れの流れが“変わる”。誘導された戦車級と要撃級が“押し寄せる角度”になった瞬間、A小隊が真正面から叩き割る。
「……この波、切れる!」
真里奈が短く息を飲み、A小隊の背後を流れるように走る。
「討ち漏らしがあります、私がいきます!」
「頼んだ!」と松原。
「まりーな動けるようになったね!」と松本。
「背中、預けだぜ!」と雁部。
通信の重なりが、ちょっとだけ笑っていた。
「大友姐さん、BとCの“縫合”を続けてくれ。俺は前へ張る!」
「了解。――でも、戻ってくること。約束」
「任せろ。帰るまでが作戦だ!。今いる全員で生き残るぞ」
⸻
突入部隊がハイヴに吸い込まれてから、もう三十分が経とうとしていた。
遠くの空が、また一つ明滅する。重光線の“太い柱”はさすがに減ったが、光線級の細い“糸”はまだ縫うように飛び交い、遅れて戦術機の残骸が黒い点になって地へ落ちる。見慣れた地獄。見飽きない地獄。
「涼介、異常震源を感知しました――」
葵の淡々とした声が僅かに揺れた瞬間、地面の底が低く鳴った。
ず、ずず……と、佐渡そのものが寝返りを打つみたいに振動する。
「地震じゃない、ハイヴからの応力波……?」
小川がつぶやくのと同時、計器に赤いラインが走る。
「全機、姿勢保持! 脚を取られるな!」
「了解!」
A小隊が低い姿勢で砂利を蹴り、C小隊は砲口を下げて照準を保ったまま“耐える”。B小隊は即座に“AとCの空白”へ滑り込み、全体の隊形を崩さない。
「……今の、嫌な揺れだっけ」
「富田、珍しくビビってんじゃねぇか。」
「うるさいっけ、援護してやらねぇぞ!」
揺れは収まらない。
地表に“筋”が入る。突撃級が地中から頭をもたげたのではない。
もっと深いところ――佐渡の心臓が、何かに反応しているみたいな、不規則な脈動。
「キグナス中隊――全機に告げます」
葵の声が、静かに全体回線へ落ちてきた。いつもの淡々とした調子に、ほんのわずか、張りが混じる。
「こちらコマンド。緊急通達。ハイヴ内部より、規格外の振動波形を感知――」
突入から三十分。
地面が低く唸る。隊員たちが緊張で身構えたその時――通信回線が一斉に開かれる。
『こちら司令部――全隊に告ぐ。……国連群突入部隊、ジュリエット隊、の全滅を確認。繰り返す。突入部隊、全滅だ……なお第一層突入中のマイク、ノーベンバーの各隊は地表へ撤退中』
冷気よりも冷たい言葉が、戦場を貫いた。
「なっ……全滅だと……!?」富田が思わず声を荒げる。
「……そんな、ハイヴの第10層まで行ったはずじゃ……!」松原が息を呑む。
誰もが言葉を失った。全身を駆け巡るのは、絶望の気配。
「……バカヤベー、結構な部隊が突入してたぞ……」雁部でさえ、普段の軽口を忘れたように呟く。
真里奈は顔を強張らせ、声を震わせた。「そんな……あれだけの大部隊が……」
小川が静かに、しかし絞り出すように言った。「まだ“敗北”と決まったわけじゃない。だが、現実は……厳しい」
涼介は歯を食いしばった。胸の奥で、炎のように怒りと悔しさが渦を巻く。
「全滅……? ふざけんなよ……!」拳で操縦桿を叩きつける。
しかし、次の瞬間には顔を上げ、全員へ向けて怒鳴った。
「おい、キグナス! 動揺すんな! 突入部隊がやられたからって、俺たちまで止まるわけにゃいかねぇ! 俺たちの戦いは、まだ続いてんだよ!」
「大尉……」真里奈の目に揺れる炎。
「そうだっけな……!」富田も叫ぶ。
「俺らはまだ、生きてる!」松本が笑おうとする。
「なら、やることは一つだ」小川が冷静に結ぶ。
誰もが悔しさを飲み込んだ。突入部隊全滅の報は、心を折るには十分すぎる衝撃だった。
だが――涼介の叫びを合図に、レッドキグナス中隊はもう一度前を向く。
死地を駆け抜ける彼らの戦いは、まだ終わっていない。