Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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第百四十八話 希望の光と明日への咆哮

A-02が発射シーケンスに入り、秒読みが始まろうとしていた。

 

補給コンテナ集積地点の周囲は、相変わらず“安全”とは程遠い。遠方で艦砲が腹の底を叩き、空には光線級のレーザーが蜘蛛の糸みたいに走る。だがキグナス中隊の全機は、いまだけは戦闘を止め、機体に繋がれた補給アームの作動音を聞きながら、データリンクの一つの表示に釘付けになっていた。

 

直援部隊――A-01。

機密保持のため部隊名も所属も伏せられたまま、ただ“精鋭”というラベルだけが踊っている。

 

その12機が、数万規模のBETA群を相手に戦いながら、重光線級だけで40以上を落としていた。

 

「……は?」

 

最初に声が漏れたのは雁部だった。

笑いでも悪態でもない、純粋な“理解不能”の声。

 

「40って……重光線級ですよ?」

小川の声は低い。彼は数字を見間違えた可能性を一瞬で潰した。――違う。データが更新されるたび、撃破数がさらに増えている。

 

「同じ人間とは思えねぇ……」

富田が唸る。焼津訛りの豪快さが消え、目の前の現実に言葉を失っていた。

 

松原は唇を噛み、松本はただ画面を見たままぽかんとしている。

真里奈は呼吸を忘れたように固まっていた。

大友は祈るように手を握り、紗栄は涙の跡がまだ残った顔で、必死に瞬きを繰り返している。

 

「……精鋭ってレベルじゃないね」

紗栄がやっと絞り出す。声が震えていた。

「うん……しゅごいです……」

真里奈が小さく呟く。その事実に呆けているのか噛んでしまってる事にも気づいていない。

 

涼介は、モニターの数字から目を離せないまま、喉の奥で笑った。

笑うしかない。

そんな働き、あり得るのか。――あり得ないのに、現実として起きている。

 

「だから国連の“新兵器”なんだろ……」

涼介は苦く言いかけ――そこで、視界の端が揺れた。

 

重い着地衝撃。

砂塵。

そして、目の前に降り立つ数機の不知火。

 

「――お前らも生きとったか!」

 

聞き慣れた関西弁が、戦場の雑音を突き破る。

 

涼介の眼前に、数時間前に別れたはずの江上の不知火がいた。

その後ろに並ぶ機体は混成。――不知火、陽炎、激震。損傷している機体もある。塗装は煤け、装甲は抉れ、あちこちに応急パッチ。だが、立っている。動いている。

 

「お互い様だよ。よく無事で――」

 

涼介の声が、思わず明るくなる。

江上は苦い顔で笑った。

 

「だいぶ減らされしもうたがな……」

視線が一瞬、地面に落ちる。

「高橋も……食われもうたわ」

 

その一言に、空気が一瞬固まった。

イエローライラの中隊長、高橋功太。

軽薄に笑って拳を合わせた、あの男が――。

 

「……そっか」

涼介は短く言うしかなかった。胸の奥が、また一段重くなる。

 

江上は顔を上げ、佐渡島ハイヴ――甲21号目標の方向を見た。

涼介もつられて、同じ方向を見る。

 

「いよいよ、やな」

「……いよいよだな」

 

戦術機の通信に、A-02砲撃開始のカウントダウンが表示される。

 

10、9、8――。

 

全員が、呼吸を止めた。

 

7、6、5――。

 

その時だった。

 

“4”に差しかかった瞬間、遠方――砲撃予定地点の上空に、8本の光の線が収束した。

光線級、あるいは重光線級のレーザー。狙いは一点。

 

A-02――凄乃皇弐型へ。

 

「A-02、レーザー照射を受けていますッ!! 照射源8ッ!!」

 

国連軍のオペレーターの声が、焦りを露わにして響く。

同時に、戦場の誰もが理解する。

 

――8本。

一発でも当たれば蒸発する“死”が、8つ。

それが一機に集まっている。

 

舌打ちする者がいる。

目を閉じる者がいる。

握った操縦桿に爪を立てる者もいる。

 

涼介の心臓が、ドクンと跳ねた。

 

「……終わるなよ」

誰にともなく、涼介が呟く。

頼む、持て。

持たなきゃ――全員が死ぬ。

 

「最高出力まで後4秒!」

 

オペレーターの声。

 

4秒。

普段なら瞬き2回で終わる時間が、永遠に伸びる。

 

――だが。

 

モニターのA-02は、健在だった。

 

レーザーを浴びているのに、消えていない。

蒸発も、崩壊も、ない。

“そこに在る”。

 

「……はっ」

 

涼介の口から、思わず笑いが漏れた。

ドクン!! 心臓がさらに跳ねる。

恐怖が、理解不能の興奮に塗り替えられていく。

 

「レーザー再照射ッ!! 照射源4ッ!!」

 

半分になった。

――半分でも、十分すぎる地獄だ。

 

だが涼介はもう笑っていた。

笑うしかない。

衛士が最も恐れるものの一つ、“レーザー照射”を、合計12本も浴びて、なお健在。

 

「……なんだよそれ」

雁部が乾いた笑いを漏らす。

「バカヤベー……ほんとバカヤベー……」

 

カウントダウンが“0”になる。

 

次の瞬間、遠くの戦場から――一筋の光が伸びた。

細い、しかし圧倒的に“密度”を感じる光。

真っ直ぐに、真っ直ぐに、ハイヴのモニュメントへ。

 

一瞬の静寂。

 

そして、遅れて轟音。

 

地平線が割れたような衝撃が、腹の底を突き上げる。

爆発が起きる。

いや、爆発という言葉では足りない。

“消滅”だ。

 

殺到していたBETAの群れを巻き込みながら、ハイヴのモニュメントが吹き飛ぶ。

先程まで悠然と聳え立っていた憎き佐渡島ハイヴの象徴が、一瞬で――粉に、塵に、光に溶けた。

 

視界を埋め尽くすほどいたBETAも同じだ。

まさに一瞬。

根こそぎ、消えた。

 

砲撃開始地点から抉られた地面だけが、一直線に残り、

その先には――“何もない”。

 

無くなったのだ。

そこにあったものが、存在ごと。

 

作戦に参加している将兵全員が、言葉を失った。

 

口を開けて呆ける者。

ただ、事実を真っ直ぐ見つめる者。

理解が追いつかず、目を見開いたまま固まる者。

 

殺伐としていた戦場が、無音になる。

あれだけ響いていた悲鳴も、怒号も、銃声も、途切れる。

 

――ハイヴが砕けた。

――人類が、とうとう。

――BETAに、一矢報いた。

 

「うぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!!」

 

涼介の雄叫びが、部隊内通信を震わせた。

涼介だけではない。戦場のあちこちから歓喜の咆哮が上がり、誰かが泣き笑いで叫び、誰かが嗚咽のまま吠える。

 

涼介は叫びながら、涙を流していた。

 

「兄貴……見てるか……!」

 

喉が焼ける。

息が詰まる。

それでも叫ぶ。

 

「この光景を……兄貴と見たかったぜ……!」

 

隼人の笑い顔が、脳裏をよぎる。

“生き残って笑っていろ”と書いた遺書の文字が、胸の奥で燃える。

 

小川は目を閉じ、静かに涙を流していた。

「遂に……遂に人類が……」

言葉にならない言葉を紡ぎながら、拳を握る。握りしめる。震えるほどに。

 

富田は、腕を組んだまま豪快に泣いていた。

「やった! やったっけ! 人類の勝利だっけ!!」

泣きながら頷く。泣きながら笑う。

 

雁部はひたすら叫ぶ。

「バカヤベーよ! バカヤベー!! なんだ今の!!」

 

松原は無言で涙を流し、

その横で松本が跳ねるように騒いだ。

 

「スゲー! あれスゲー! アタシもあれ欲しい!!」

「やめろ」

松原のツッコミが入るな声色は優しい。

 

大友は微笑みながら泣いていた。

泣きながら、消し飛んだ方向を見て、そっと息を吐く。

そこには、これまで彼女が見てきた“死”と“耐える時間”が、まとめて報われたような静けさがあった。

 

真里奈は呆けたように固まっていたが、頬を伝う涙だけは止まらない。

「……姉さん……」

誰にも聞こえないほど小さく呟く。

“姉の意思を継ぐ”と固く握りしめていたものが、少しだけ形を変える気がした。

継ぐのは影じゃない。――“ここに生きている自分”だ。

 

そして紗栄が――限界まで溜め込んでいたものを、全部吐き出した。

 

「すごいよ! すごい! しゅごぉいよぉあぁぁ~!!」

 

顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫ぶ紗栄に、涼介がすかさず通信を飛ばす。

 

「お前の顔が一番すげぇわ!!」

 

一秒遅れて、全員が紗栄の顔をモニター越しに確認し――どっと笑いが起きた。

 

「ちょ、チビ兄ぃぃ!!」

「だって! だってすごかったんだもん!!」

紗栄は怒る。怒るが、まだ感情の整理がついていないのか、顔は怒りながらニヤけていて、さらに笑いが起きる。

 

「紗栄、泣き笑いって器用だね……」

大友が涙声で言うと、

「大友さんも泣いてるじゃん!」

紗栄が返し、また笑いが膨らむ。

 

戦場のど真ん中で。

死と隣り合わせで。

それでも、笑った。

 

それが“生きている”ということだった。

 

先程まで懐疑的だった。

本当に撃つのか。

本当にハイヴを黙らせるのか。

そんな便利な兵器があるなら、最初から出せ――涼介は何度もそう思った。

 

だが今、目の前で、疑念は文字通り消し飛ばされた。

頑強な地表構造物と、地上のBETAごと。

希望の光として。

 

「……江上さん」

涼介が、まだ涙声のまま呼びかける。

 

「なんや」

江上も、声が震えていた。悔しさと、喪失と、それでも勝ったという事実が、全部混ざっている。

 

涼介はハイヴが消えた方を見たまま、言った。

 

「……やったな」

「……あぁ。やったったわ」

 

誰かが、また歓声を上げる。

誰かが、また泣く。

誰かが、沈黙のまま拳を握る。

 

A-02が作ったのは“勝利の光景”だけじゃない。

ここに残った者たちに、「まだ戦える」と思わせる力だった。

 

そして、涼介は拭い切れない涙をそのままに、深く息を吸い込む。

次の地獄が来る。

勝ったから終わりじゃない。

勝ったからこそ、ここからが“詰め”だ。

 

「――よし」

涼介の声が、また隊長の声になる。

 

「キグナス中隊、聞け。泣くのはあと5秒だ。……5秒だけ泣け。そんで――また走るぞ」

 

「了解!」

涙声の「了解」が重なり、

その重なりは、さっきの歓声よりもずっと強く響いた。

 

人類は、確かに一矢報いた。

だからこそ。

 

彼らは、まだ前へ行く。

 

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