Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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第百四十九話 絶望が腹を鳴らす

補給を終えたレッドキグナス中隊は、そのまま補給物資集積所周辺に留まり、遅れて到着する各部隊の補給が完了するまでの間、外周警戒を任されていた。

 

周囲には、まだ先程の光景の余韻が色濃く残っている。

吹き飛ばされたハイヴのモニュメント、その周囲一帯を薙ぎ払った荷電粒子砲の軌跡。

誰もが口には出さずとも、「やった」「勝った」という感情を胸の奥に抱えたまま、どこか浮き足立っていた。

 

――だからこそ。

 

「いいな! 警戒、絶対に怠るなよ!」

 

涼介の怒声が、集積所一帯の通信に響く。

 

「地下からも来る可能性がある! ここまで来て死ぬなんて馬鹿らしい真似、ぜってぇすんじゃねぇぞ!」

 

怒鳴りながらも、その言葉は部下だけでなく、自分自身に向けたものだった。

歓喜の直後に訪れる油断。

それがどれほど多くの仲間を奪ってきたか、涼介は骨身に染みて知っている。

 

「了解!」

 

レッドキグナス中隊の声が、揃って返る。

 

だが、次の瞬間。

 

「……張り切ってますね、大尉」

 

小川が、どこか呆れたように、しかし柔らかく嘆息混じりに言った。

 

「さっきの光景見たら、仕方ないっけね」

 

続いたのは富田だ。

左腕を失った不知火は、最低限の応急補修を施されただけの痛々しい姿だったが、操縦席の富田はいつも通り、どこか飄々としている。

 

「ま、俺も浮かれそうになったっけ。だからナベさんが締めてくれんのは、正直ありがたいっけね」

 

「……作戦は、まだ終わってねぇからな」

 

涼介が低く答える。

 

軽口を叩きながらも、誰一人として警戒を緩めてはいなかった。

各機が視界を分担し、センサーを張り、地下反応と周囲の地形変化を逐一チェックする。

 

その時、通信に割り込む声があった。

 

「A-02荷電粒子砲、エネルギー限界まで残り70%。

モニュメントの破壊は確認されています。基部以外は、完全に崩壊している模様です」

 

葵の報告だった。

 

淡々とした、いつもの声。

だが、その抑えきれない昂揚が、微かに混じっているのを、涼介は聞き逃さなかった。

 

「また、SおよびSWエリアには残存BETA反応なし。現時点では、地表の制圧は維持されています」

 

「……よし」

 

涼介は短く息を吐く。

 

「報告ありがとな、葵。この後の動き、命令は来てるか?」

 

「A-02の再砲撃は、120秒後を予定しています。それまでは警戒・待機です」

 

「了解した!」

 

涼介は即座に応じ、そして一拍置いて、いつもの調子で言った。

 

「無事に帰ったらデートな!」

 

一瞬、通信が静まり返る。

 

「……考えておきます」

 

少しだけ間を置いて、葵の声。

 

「……ちゃんと、帰ってきてくださいね」

 

その一言に、空気が和らいだ。

 

「けっ……」

 

雁部が露骨に悪態をつく。

 

「はいはい、ご馳走様でーす」

 

「戦場で惚気とか、いい度胸だなナベさん」

 

そんな声が続き、誰からともなく笑いが漏れる。

 

「結局、いつものキグナス中隊ですね」

 

小川が苦笑する。

 

「富田中尉、私たちも無事に帰ったら……あーん、ですよ?」

 

「ぶっ――!?」

 

大友の一言に、富田が盛大に声を裏返した。

 

「お、おい! こんな時に何言ってるっけ!」

 

「みっちゃん、アタシもあーんして! あーん!」

 

松本が悪ノリで追撃する。

 

「お前は……本当に……」

 

松原が頭を抱える。

 

「ホント、バカばっかり!」

 

紗栄が呆れたように言い放つが、その表情はどこか柔らかい。

 

そして。

 

「……でも」

 

真里奈が、ふと口を開いた。

 

「でも、これが……このキグナス中隊の強さなんですよね」

 

全員の視線が、一瞬だけ真里奈に集まる。

 

「どんな状況でも、ちゃんと笑って、前を見る。

……それが、ここまで生き残ってきた理由なんだと思います」

 

「……」

 

一拍の沈黙。

 

「いいこと言うじゃねぇか、真里奈!」

 

涼介が破顔した。

 

「成長したなぁ、お前」

 

「い、いえ……そんな……」

 

真里奈は少し照れながらも、仲間たちの顔を見渡す。

 

絶望的な戦場の中でも、笑いを失わない強さ。

それは、数多くの仲間を失いながらも、その想いを受け継ぎ、何度も立ち上がってきたレッドキグナス中隊の――誇りだった。

 

だが。

 

その空気を切り裂くように、再び葵の声が入る。

 

「A-02、再砲撃発射シーケンスに入りました」

 

全員の表情が、一斉に引き締まる。

 

「A-02再砲撃、10秒前。各機、衝撃に備えてください」

 

次の瞬間。

 

凄まじい轟音と衝撃が、地表を揺さぶった。

先程まで地表構造物が存在していた地点が、再度吹き飛ばされ、まるで火山の噴火のように、黒く巨大な噴煙を噴き上げる。

 

涼介は、その光景を見つめながら、ふと遠い記憶を思い出していた。

 

――天元山の噴火。

――それに続いた、あのクーデター。

 

「……兄貴」

 

胸の奥で、静かに呟く。

 

「もうすぐだ……もうすぐ、佐渡を取り返せる」

 

拳を、強く握りしめる。

 

「兄貴の意志と一緒に……最後まで、戦い抜いてやる」

 

その時だった。

 

――警報。

 

甲高いアラートが、全機のコックピットに鳴り響く。

 

「なんだ!? 何があった!」

 

涼介は即座に切り替え、葵に通信を繋ぐ。

 

「現在、確認中です」

 

葵の声は、いつも通り落ち着いている。

 

「A-02に、何らかのトラブルが発生した模様です」

 

「……トラブルだと?」

 

涼介の声に、焦りが滲む。

 

「姿勢制御不能により、墜落した可能性が高いと判断されています。ただし、国連軍から詳細な報告は、まだ――」

 

「クソッ!」

 

涼介は思わず、操縦席のコンソールを叩いた。

 

希望の光が見えた直後に、再び現れる不穏な影。

キグナス中隊の通信にも、無言の緊張が広がっていく。

 

誰も、口を開かない。

 

時間だけが、ただ無情に流れていった。

 

次に何が来るのか。

希望か、それとも――再び絶望か。

 

レッドキグナス中隊は、静かに、それを待っていた。

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