Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
補給を終えたレッドキグナス中隊は、そのまま補給物資集積所周辺に留まり、遅れて到着する各部隊の補給が完了するまでの間、外周警戒を任されていた。
周囲には、まだ先程の光景の余韻が色濃く残っている。
吹き飛ばされたハイヴのモニュメント、その周囲一帯を薙ぎ払った荷電粒子砲の軌跡。
誰もが口には出さずとも、「やった」「勝った」という感情を胸の奥に抱えたまま、どこか浮き足立っていた。
――だからこそ。
「いいな! 警戒、絶対に怠るなよ!」
涼介の怒声が、集積所一帯の通信に響く。
「地下からも来る可能性がある! ここまで来て死ぬなんて馬鹿らしい真似、ぜってぇすんじゃねぇぞ!」
怒鳴りながらも、その言葉は部下だけでなく、自分自身に向けたものだった。
歓喜の直後に訪れる油断。
それがどれほど多くの仲間を奪ってきたか、涼介は骨身に染みて知っている。
「了解!」
レッドキグナス中隊の声が、揃って返る。
だが、次の瞬間。
「……張り切ってますね、大尉」
小川が、どこか呆れたように、しかし柔らかく嘆息混じりに言った。
「さっきの光景見たら、仕方ないっけね」
続いたのは富田だ。
左腕を失った不知火は、最低限の応急補修を施されただけの痛々しい姿だったが、操縦席の富田はいつも通り、どこか飄々としている。
「ま、俺も浮かれそうになったっけ。だからナベさんが締めてくれんのは、正直ありがたいっけね」
「……作戦は、まだ終わってねぇからな」
涼介が低く答える。
軽口を叩きながらも、誰一人として警戒を緩めてはいなかった。
各機が視界を分担し、センサーを張り、地下反応と周囲の地形変化を逐一チェックする。
その時、通信に割り込む声があった。
「A-02荷電粒子砲、エネルギー限界まで残り70%。
モニュメントの破壊は確認されています。基部以外は、完全に崩壊している模様です」
葵の報告だった。
淡々とした、いつもの声。
だが、その抑えきれない昂揚が、微かに混じっているのを、涼介は聞き逃さなかった。
「また、SおよびSWエリアには残存BETA反応なし。現時点では、地表の制圧は維持されています」
「……よし」
涼介は短く息を吐く。
「報告ありがとな、葵。この後の動き、命令は来てるか?」
「A-02の再砲撃は、120秒後を予定しています。それまでは警戒・待機です」
「了解した!」
涼介は即座に応じ、そして一拍置いて、いつもの調子で言った。
「無事に帰ったらデートな!」
一瞬、通信が静まり返る。
「……考えておきます」
少しだけ間を置いて、葵の声。
「……ちゃんと、帰ってきてくださいね」
その一言に、空気が和らいだ。
「けっ……」
雁部が露骨に悪態をつく。
「はいはい、ご馳走様でーす」
「戦場で惚気とか、いい度胸だなナベさん」
そんな声が続き、誰からともなく笑いが漏れる。
「結局、いつものキグナス中隊ですね」
小川が苦笑する。
「富田中尉、私たちも無事に帰ったら……あーん、ですよ?」
「ぶっ――!?」
大友の一言に、富田が盛大に声を裏返した。
「お、おい! こんな時に何言ってるっけ!」
「みっちゃん、アタシもあーんして! あーん!」
松本が悪ノリで追撃する。
「お前は……本当に……」
松原が頭を抱える。
「ホント、バカばっかり!」
紗栄が呆れたように言い放つが、その表情はどこか柔らかい。
そして。
「……でも」
真里奈が、ふと口を開いた。
「でも、これが……このキグナス中隊の強さなんですよね」
全員の視線が、一瞬だけ真里奈に集まる。
「どんな状況でも、ちゃんと笑って、前を見る。
……それが、ここまで生き残ってきた理由なんだと思います」
「……」
一拍の沈黙。
「いいこと言うじゃねぇか、真里奈!」
涼介が破顔した。
「成長したなぁ、お前」
「い、いえ……そんな……」
真里奈は少し照れながらも、仲間たちの顔を見渡す。
絶望的な戦場の中でも、笑いを失わない強さ。
それは、数多くの仲間を失いながらも、その想いを受け継ぎ、何度も立ち上がってきたレッドキグナス中隊の――誇りだった。
だが。
その空気を切り裂くように、再び葵の声が入る。
「A-02、再砲撃発射シーケンスに入りました」
全員の表情が、一斉に引き締まる。
「A-02再砲撃、10秒前。各機、衝撃に備えてください」
次の瞬間。
凄まじい轟音と衝撃が、地表を揺さぶった。
先程まで地表構造物が存在していた地点が、再度吹き飛ばされ、まるで火山の噴火のように、黒く巨大な噴煙を噴き上げる。
涼介は、その光景を見つめながら、ふと遠い記憶を思い出していた。
――天元山の噴火。
――それに続いた、あのクーデター。
「……兄貴」
胸の奥で、静かに呟く。
「もうすぐだ……もうすぐ、佐渡を取り返せる」
拳を、強く握りしめる。
「兄貴の意志と一緒に……最後まで、戦い抜いてやる」
その時だった。
――警報。
甲高いアラートが、全機のコックピットに鳴り響く。
「なんだ!? 何があった!」
涼介は即座に切り替え、葵に通信を繋ぐ。
「現在、確認中です」
葵の声は、いつも通り落ち着いている。
「A-02に、何らかのトラブルが発生した模様です」
「……トラブルだと?」
涼介の声に、焦りが滲む。
「姿勢制御不能により、墜落した可能性が高いと判断されています。ただし、国連軍から詳細な報告は、まだ――」
「クソッ!」
涼介は思わず、操縦席のコンソールを叩いた。
希望の光が見えた直後に、再び現れる不穏な影。
キグナス中隊の通信にも、無言の緊張が広がっていく。
誰も、口を開かない。
時間だけが、ただ無情に流れていった。
次に何が来るのか。
希望か、それとも――再び絶望か。
レッドキグナス中隊は、静かに、それを待っていた。