Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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第十二話 出撃前夜 ―1998年・長岡基地

1998年、8月。

九州に上陸したBETAは瞬く間に中国・四国地方を飲み込み、日本列島を南西から焼き尽くしていた。

 

長岡基地のブリーフィングルームは、いつも以上に重苦しい沈黙に包まれていた。壁のスクリーンには、数時間前に撮影されたとされる航空偵察映像が繰り返し流されている。画面の向こうで黒い津波のように押し寄せるBETA群。補足された耐熱迷彩を纏った敵影には、陽炎のようなゆらぎが見える。

 

「――以上が、昨夜から本日にかけての状況です」

 

作戦幕僚の声が消えると同時に、誰からともなく息を呑む音が聞こえた。

 

「京都方面軍からの増援要請を受け、長岡基地の我が第17戦術機甲大隊は、明朝をもって出撃する」

 

ブリーフィングルームの空気が変わる。怒号も嘆声もない。ただ、覚悟を決めたような無言の緊張だけが全員の背筋を正した。

 

白鳥真凜大尉は、キグナス中隊の面々に視線を流すと、淡々と命じた。

 

「各分隊は今夜2000時までに最終点検と機体再調整を完了させること。以後の配置は口頭で通達する。――出撃は、明朝0500」

 

「了解ッ!」

 

一斉に響いた声の中に、涼介は確かに自分の声もあったが、その手は汗ばんで拳がわずかに震えていた。

 

──いよいよだ。俺の初陣。

 

ブリーフィング後、格納庫に戻った涼介は、自分の機体――**F-4J改 77式戦術歩行戦闘機「激震」の前に立ち尽くしていた。

グレーの塗装に覆われた無骨なその姿は、涼介の眼にはこれまでよりも何倍も巨大に見えた。

 

「緊張しとるんか、鍋島」

 

後ろからかけられた声に、涼介はビクリとした。

振り向けば、同じA小隊の先輩――江上少尉が腕組みしてこちらを見下ろしている。

 

「……少しだけっす。明日が初陣なんで」

「まぁな。気負いすぎて前のめりになるなよ。お前はストームバンガードや。先頭で派手に暴れる代わりに、踏みとどまる役目もあるんやで」

 

江上のその言葉には、戦場を知る者の重みがあった。涼介は素直に頷く。

 

「ありがとうございます、江上さん……。俺、ちゃんとやります」

「当たり前や。俺らは白鳥大尉の下で鍛えられてんだ。恥かくんじゃねぇぞ」

 

江上が去った後、涼介は静かに機体に向かって敬礼した。

それは、彼なりの儀式のようなものだった。初めての戦いに臨む前の、決意の印。

 

やがて日が落ち、長岡基地にも夜が訪れる。

整備班は不眠で作業を続け、通信員は各地との連絡に追われ、司令部では明朝の出撃スケジュールが寸刻単位で詰められていく。

 

涼介は、自分の寝台の上で寝返りを打っていた。眠れるはずもない。

白鳥大尉の指導の下で、模擬戦では何度も叩き潰されてきた。けれど、それが今の自分を作った。

 

「いつか兄貴を超える衛士になってやんよ……ぜってぇ負けねぇからな」

 

薄闇の中、涼介はそう呟いた。

それは、B小隊の中隊副長、保科隼人中尉に向けた、今はまだ届かない挑戦状だった。

 

その夜、長岡基地の空は雲に覆われ、星はひとつも見えなかった。

だが、誰もが知っていた。明日の空は、BETAの血と、衛士たちの覚悟で、赤く染まることを――。

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