Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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第百五十話 プランG

A-02のトラブル報告から、どれほどの時間が経ったのか。

キグナス中隊は補給物資集積所の外縁で警戒態勢を維持したまま、張り詰めた空気の中で待機していた。

 

誰もが分かっている。

――この沈黙は、嵐の前触れだ。

 

その時だった。

 

『――全軍に通達。これより作戦はプランGへ移行する』

 

全域共通回線に、司令部の冷たい声が流れた瞬間、空気が凍りつく。

 

「……プラン、G?」

 

誰かが、掠れた声で呟いた。

 

涼介は、思わず操縦桿を強く握りしめる。

 

プランG。

それは、事前説明で一度だけ聞かされていた――最悪の場合の選択肢。

 

A-02――凄乃皇弐型に重大なトラブルが発生し、回収も再起動も不可能と判断された場合。

凄乃皇を爆破処理するための、最終プラン。

 

「……マジかよ」

 

雁部が低く唸る。

 

人類の希望。

BETAに初めて“勝った”と、誰もが思ったあの光。

それを、自分たちの手で消し飛ばすという選択。

 

『直援部隊の一機がA-02のコアユニットを回収し、戦域を離脱します。

回収後は海上へ出て北上、旗艦《最上》にて収容予定』

 

淡々と、事実だけが告げられていく。

 

『A-02爆破処理が実行された場合、北陸地方日本海沿岸部――特に佐渡海峡に面した地域は、巨大津波により壊滅的被害を受けます』

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

涼介の視界が、僅かに歪んだ。

 

「……佐渡が……」

 

喉から、勝手に声が漏れる。

 

「佐渡が、なくなる……?」

 

誰に聞かせるでもない独り言。

 

俺たちの故郷。

兄貴と笑って、怒られて、背中を追い続けた場所。

仲間と帰ると誓った、帰る場所。

 

それら全てが、津波と爆炎に呑まれて消える。

 

胸の奥から、何かが込み上げてくる。

 

『なお、この被害予測に基づき、甲21号作戦発令と同時に本土の一次退避は完了しています』

 

葵の声が続く。

 

『人的被害は最小限に抑えられる見込みです……涼介、大丈夫ですか?』

 

淡々と説明しながらも、最後の問いかけには確かな気遣いが滲んでいた。

 

「あぁ……おぅ」

 

涼介は、必死に声を絞り出す。

 

「だ、大丈夫だ。続けてくれ」

 

正直、まともな状態ではない。

だが、ここで崩れるわけにはいかなかった。

 

――軍人である以上、命令には従う。

――その肩に掛かっているのは、人類の命運だ。

 

歯を食いしばりすぎて、歯茎から血の味がした。

 

『A-02の爆破は、横浜G弾20発分に相当する威力です。

ハイヴを、佐渡島ごと消し飛ばすことになります』

 

重い言葉が、胸に突き刺さる。

 

『ただし、これは最悪の場合です。

国連軍直援部隊によりA-02の再起動が成功した場合、実行されません』

 

希望と絶望が、紙一重で並べられる。

 

『我々、帝国軍ウィスキー部隊は、七浦海岸沖の戦術機母艦への順次撤退を開始してください』

 

「……了解した」

 

涼介は、静かに応えた。

 

通信が切れる。

 

一瞬の沈黙。

 

「……聞いたな、お前ら」

 

涼介は中隊回線を開く。

 

「撤退だ」

 

「……了解」

 

返事は揃ったが、誰の声にも覇気はなかった。

 

先程までの笑いは消え、モニター越しに見える顔は皆、硬い。

 

――だが。

 

涼介は、一拍置いて、続けた。

 

「ただしだ」

 

全員の視線が、涼介に集まる。

 

「撤退はするが……俺たちキグナス中隊は、殿に志願する」

 

ざわり、と空気が揺れる。

 

「これは俺の我儘だ」

 

涼介は正面を見据えたまま、言い切る。

 

「最後まで佐渡に居てぇ。それだけの理由だ。

……文句あるか?」

 

一瞬の沈黙。

 

そして、最初に口を開いたのは――

 

「ないですよ、大尉」

 

小川だった。

 

「どうせ殿をやるなら、信頼できる人たちでやるべきです。

……それがキグナスでしょう」

 

「紗栄も、最後まで居たい!」

 

モニターに、紗栄の顔がドンとアップで映る。

 

「……ブッ」

 

「紗栄ちゃん、顔デカいよ」

 

大友の一言に、思わず笑いが零れた。

 

張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。

 

「仕方ねぇなぁ……」

 

雁部が肩を竦め、不敵に笑う。

 

「早く帰って一服決めたいところだけどよ。

バカ兄妹に付き合ってやりますかい」

 

「ねぇねぇ、帰る前にさっきのアレ拾ってこ?」

 

松本が、無邪気に言う。

 

「出来る訳ないだろ……犬や猫じゃないんだから」

 

松原が即座にツッコむ。

 

「もう撤退、始まってますよ!」

 

真里奈が慌てて遮る。

 

「じゃー、最後にやるっけね!」

 

富田が低く気合を入れて締める。

 

その瞬間。

 

「……ちょい待ち」

 

聞き慣れた関西弁が割り込んだ。

 

キグナス中隊の前に、一機の不知火が降り立つ。

 

「江上さん……?」

 

涼介が目を見開く。

 

「おう」

 

通信越しでも分かる、疲れ切った、それでも力のある声。

 

「混成部隊じゃ撤退も足並み揃わんからな。

他の部隊に任せてきたわ」

 

短く息をつき、続ける。

 

「俺も元キグナスや。

……そっちも頭数、足らんやろ?」

 

「……願ってもねぇ!」

 

涼介の顔に、思わず笑みが浮かぶ。

 

「よろしく頼むぜ!」

 

「おうよ。ほな、俺はB小隊に入るで」

 

江上は即断する。

 

「指揮はそのまま小川。楽させてもらうわ」

 

「……自分が、ですか?」

 

小川が驚く。

 

「そんな驚くなや」

 

江上は軽く笑う。

 

「お前の能力を買っての判断や。

撤退の間だけや、気楽にやり。上手く使ってくれ」

 

「……そう言うなら、働いてもらいますよ」

 

小川が、皮肉混じりに返す。

 

江上を加え、フォーメーションの再確認は一瞬だった。

撤退戦に特化した布陣。

そして――殿。

 

「行くぞ」

 

涼介が、短く言う。

 

「戦いは……まだ終わっちゃいねぇ」

 

レッドキグナス中隊は、静かに機体を動かし始めた。

 

希望と絶望の狭間で。

それでも、最後まで――佐渡の地に立つために。

 

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