Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
A-02のトラブル報告から、どれほどの時間が経ったのか。
キグナス中隊は補給物資集積所の外縁で警戒態勢を維持したまま、張り詰めた空気の中で待機していた。
誰もが分かっている。
――この沈黙は、嵐の前触れだ。
その時だった。
『――全軍に通達。これより作戦はプランGへ移行する』
全域共通回線に、司令部の冷たい声が流れた瞬間、空気が凍りつく。
「……プラン、G?」
誰かが、掠れた声で呟いた。
涼介は、思わず操縦桿を強く握りしめる。
プランG。
それは、事前説明で一度だけ聞かされていた――最悪の場合の選択肢。
A-02――凄乃皇弐型に重大なトラブルが発生し、回収も再起動も不可能と判断された場合。
凄乃皇を爆破処理するための、最終プラン。
「……マジかよ」
雁部が低く唸る。
人類の希望。
BETAに初めて“勝った”と、誰もが思ったあの光。
それを、自分たちの手で消し飛ばすという選択。
『直援部隊の一機がA-02のコアユニットを回収し、戦域を離脱します。
回収後は海上へ出て北上、旗艦《最上》にて収容予定』
淡々と、事実だけが告げられていく。
『A-02爆破処理が実行された場合、北陸地方日本海沿岸部――特に佐渡海峡に面した地域は、巨大津波により壊滅的被害を受けます』
その言葉を聞いた瞬間。
涼介の視界が、僅かに歪んだ。
「……佐渡が……」
喉から、勝手に声が漏れる。
「佐渡が、なくなる……?」
誰に聞かせるでもない独り言。
俺たちの故郷。
兄貴と笑って、怒られて、背中を追い続けた場所。
仲間と帰ると誓った、帰る場所。
それら全てが、津波と爆炎に呑まれて消える。
胸の奥から、何かが込み上げてくる。
『なお、この被害予測に基づき、甲21号作戦発令と同時に本土の一次退避は完了しています』
葵の声が続く。
『人的被害は最小限に抑えられる見込みです……涼介、大丈夫ですか?』
淡々と説明しながらも、最後の問いかけには確かな気遣いが滲んでいた。
「あぁ……おぅ」
涼介は、必死に声を絞り出す。
「だ、大丈夫だ。続けてくれ」
正直、まともな状態ではない。
だが、ここで崩れるわけにはいかなかった。
――軍人である以上、命令には従う。
――その肩に掛かっているのは、人類の命運だ。
歯を食いしばりすぎて、歯茎から血の味がした。
『A-02の爆破は、横浜G弾20発分に相当する威力です。
ハイヴを、佐渡島ごと消し飛ばすことになります』
重い言葉が、胸に突き刺さる。
『ただし、これは最悪の場合です。
国連軍直援部隊によりA-02の再起動が成功した場合、実行されません』
希望と絶望が、紙一重で並べられる。
『我々、帝国軍ウィスキー部隊は、七浦海岸沖の戦術機母艦への順次撤退を開始してください』
「……了解した」
涼介は、静かに応えた。
通信が切れる。
一瞬の沈黙。
「……聞いたな、お前ら」
涼介は中隊回線を開く。
「撤退だ」
「……了解」
返事は揃ったが、誰の声にも覇気はなかった。
先程までの笑いは消え、モニター越しに見える顔は皆、硬い。
――だが。
涼介は、一拍置いて、続けた。
「ただしだ」
全員の視線が、涼介に集まる。
「撤退はするが……俺たちキグナス中隊は、殿に志願する」
ざわり、と空気が揺れる。
「これは俺の我儘だ」
涼介は正面を見据えたまま、言い切る。
「最後まで佐渡に居てぇ。それだけの理由だ。
……文句あるか?」
一瞬の沈黙。
そして、最初に口を開いたのは――
「ないですよ、大尉」
小川だった。
「どうせ殿をやるなら、信頼できる人たちでやるべきです。
……それがキグナスでしょう」
「紗栄も、最後まで居たい!」
モニターに、紗栄の顔がドンとアップで映る。
「……ブッ」
「紗栄ちゃん、顔デカいよ」
大友の一言に、思わず笑いが零れた。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
「仕方ねぇなぁ……」
雁部が肩を竦め、不敵に笑う。
「早く帰って一服決めたいところだけどよ。
バカ兄妹に付き合ってやりますかい」
「ねぇねぇ、帰る前にさっきのアレ拾ってこ?」
松本が、無邪気に言う。
「出来る訳ないだろ……犬や猫じゃないんだから」
松原が即座にツッコむ。
「もう撤退、始まってますよ!」
真里奈が慌てて遮る。
「じゃー、最後にやるっけね!」
富田が低く気合を入れて締める。
その瞬間。
「……ちょい待ち」
聞き慣れた関西弁が割り込んだ。
キグナス中隊の前に、一機の不知火が降り立つ。
「江上さん……?」
涼介が目を見開く。
「おう」
通信越しでも分かる、疲れ切った、それでも力のある声。
「混成部隊じゃ撤退も足並み揃わんからな。
他の部隊に任せてきたわ」
短く息をつき、続ける。
「俺も元キグナスや。
……そっちも頭数、足らんやろ?」
「……願ってもねぇ!」
涼介の顔に、思わず笑みが浮かぶ。
「よろしく頼むぜ!」
「おうよ。ほな、俺はB小隊に入るで」
江上は即断する。
「指揮はそのまま小川。楽させてもらうわ」
「……自分が、ですか?」
小川が驚く。
「そんな驚くなや」
江上は軽く笑う。
「お前の能力を買っての判断や。
撤退の間だけや、気楽にやり。上手く使ってくれ」
「……そう言うなら、働いてもらいますよ」
小川が、皮肉混じりに返す。
江上を加え、フォーメーションの再確認は一瞬だった。
撤退戦に特化した布陣。
そして――殿。
「行くぞ」
涼介が、短く言う。
「戦いは……まだ終わっちゃいねぇ」
レッドキグナス中隊は、静かに機体を動かし始めた。
希望と絶望の狭間で。
それでも、最後まで――佐渡の地に立つために。