Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
「よし、隊形確認」
涼介は切り替える。
「A小隊が前で引き剥がす。B小隊は中核。小川、真里奈、江上さんで穴を埋めろ。C小隊は後ろ。富田、紗栄、大友姐さん、火線切らすな。撤退路を“道”に変えるぞ」
「了解!」
9つの声が重なる。
――レッドキグナス中隊、9機。
それに江上を加え計10機が“影”として寄り添う。だが主軸はあくまでキグナス。無駄死にする気はない。自分たちが殿だ。ここで折れたら、撤退していく友軍が背中から食われる。
涼介は壱型丙を前に出す。
跳躍ユニットが呻き、砂塵が舞う。視界の先には、黒い波がうねっていた。
地表を覆う戦車級、要撃級、突撃級の群れ。
その中に要撃級の腕が、槍の森のように突き出している。
「来るぞ……!」
松原の声。
次の瞬間、要撃級が地面を抉って飛び出し、不知火の進路に前肢を叩きつけた。
「チビ兄、左!」
紗栄の叫び。
「見えてる!」
涼介は長刀を抜き、真っ直ぐ踏み込む。
突撃。直進。
壱型丙の刀が振り下ろされ、要撃級の前肢が切断される。だが一体斬った程度では終わらない。次が来る。次が――次が。
「松松、右を掃除!」
涼介が短く指示。
「了解、僕が釣ります!」
松原が前に出て要撃級の視線を引き、松本がその背後に回り込む。
「えいっ!」
松本の長刀が、要撃級の背を割った。
一瞬の連携。迷いがない。練度が違う。
「バカヤベー……松松コンビ、相変わらずだな!」
雁部が笑いながら、突撃砲を連射する。
36mmの曳光が線になり、戦車級の群れを“削る”。削っても削っても湧く。湧くからこそ、削り続ける。
「C小隊、火線維持してください! 撤退路に穴をあけて!」
小川の声が重なる。B小隊指揮に入ったことで、全体の呼吸が整う。
「真里奈、前に出すぎるな。三歩前で止めろ。そこで撃て」
小川の指示は具体的だ。
「……はい!」
真里奈が噛み締めるように返す。
昔のように、焦って突っ込まない。
喰らいつく、ではなく――“役割を守って喰らいつく”。
「江上さん、右に戦車級が密集。散らしてください」
小川が言う。
「任せとき。……ほら、散れ散れ!」
江上の不知火が36mmを薙ぎ、群れの密度を崩す。
散った群れに、富田の120mmが叩き込まれる。
「まとめて吹っ飛べぇぇぇ!!」
富田が吠えた。
爆炎が撤退路の一角を空ける。
「富田中尉、左腕ないのに元気すぎですよ」
大友が苦笑いで言う。
「片腕でも撃てるっけ! ……大友さん、転ぶなよ!」
富田が返す。
冗談のような会話。だが、これは互いの恐怖を殺すための“儀式”だ。
「転ばないよ! さっき転んだのは――」
大友が言いかけた瞬間、地面が盛り上がる。
「地中反応! 前方20!」
真里奈が叫ぶ。
突撃級の装甲殻が土を割って現れ、撤退路へ“楔”のように突っ込んできた。
重い。硬い。止められない。
「紗栄!」
涼介が叫ぶ。
「了解っ!」
紗栄の支援突撃砲が火を噴く。
一点集中。装甲の継ぎ目へ――。
突撃級がよろめいた。完全には止まらない。だがその瞬間の“遅れ”が命を救う。
「大友姐さん、回れ! Bの後ろ、穴埋め!」
涼介が怒鳴る。
「了解!」
大友が機体を滑らせ、B小隊の背後へ入る。
CとBを繋ぐ“縫い針”が、隊列を崩させない。
撤退――という言葉のわりに、彼らは後ろを向きながらも、戦っている。
戦って、押し返して、退く。
退いて、押し返して、また退く。
一進一退。
だが、その“退き方”が、ただの敗走ではない。
撤退路を守るための戦いだ。
「……大尉、友軍が追い付いてきます」
葵の声が割り込む。
「後退ライン、予定より三分遅延。しかし許容範囲です」
「よし……!」
涼介は歯を食いしばる。
三分。三分あれば救える。三分あれば死ぬ。
視界の端に、撤退していく友軍機が見えた。
傷だらけの陽炎、脚を引きずる激震。
それらが“生きて”走っている。
それだけで、殿をやる意味はある。
だが――黒い波は、止まらない。
「……来すぎだろ」
雁部が呟く。笑えない声。
「地中侵攻、増えてます」
松原が言う。
「……追撃じゃない。増援が“流れてきてる”」
撤退路を塞ぐように、地中から新たな群れが湧く。
狙っている。
BETAは退路を理解しているかのように、退路へ群れを流し込んでくる。
「小川! 前、詰まり始めた!」
涼介が叫ぶ。
「分かってます。……全機、右へ300。地形の窪地を使って流します」
小川が即座に答えた。
「窪地……?」
真里奈が息を呑む。
「壁を作るんだ。死骸も地形も、全部使う」
小川は淡々と、しかし狂気じみた冷静さで言った。
「大尉、前を斬って。富田中尉はそこに爆圧。雁部、散らして。松松は受け止めて返す。大友さん、穴埋め続行。紗栄、突撃級の脚を落とす」
「――了解!!」
全員が動く。
疲労は限界を超えている。
だが“考える”ことだけは止めない。止めた瞬間、死ぬ。
爆炎が上がり、死骸が積み上がり、撤退路が“壁”に変わる。
戦車級の群れが壁に詰まり、密度が上がる。
そこへ36mmと120mmが叩き込まれる。
削る。削る。削る。
そして退く。
「……なんとか、抜けるよ!」
松本が叫んだ。
視界の先、窪地の出口が見える。
あと数百。
あと数百――で撤退ラインに届く。
その時。
地面が、沈んだ。
「――ッ!?」
一瞬の無音。
次の瞬間、窪地の出口側から、要撃級が“壁”のように立ち上がった。
一体ではない。
二体、三体――。
「……包囲……?」
真里奈の声が震える。
さらに背後。
さっきまで壁になっていた死骸の山が、下から崩れる。
突撃級が掘り返し、群れが“回り込む”。
「おいおい……マジかよ」
雁部が息を呑む。
「……やられた」
小川が短く吐いた。
最悪の形。
退路を読まれ、窪地に誘導され、出口を塞がれた。
涼介は壱型丙を止めた。
止めたくない。止めたら死ぬ。
だが、目の前は黒い壁。左右も黒い波。背後も黒い海。
撤退路が、消えた。
「……テメェら」
涼介の声が低く落ちる。
全員が息を殺す。
笑いは消え、軽口も消え、ただ機体の警告音だけが鳴っている。
「囲まれた、な」
誰も否定できない。
否定するには、目の前の現実があまりに重い。
要撃級が前肢を広げる。
戦車級が地面を埋める。
突撃級が“匂い”を追い、無数のBETAがうごめく。
数は――数えられない。
涼介はふと、胸の奥が冷たくなるのを感じた。
佐渡。兄貴。帰る場所。守りたいもの。
全部、ここで終わるのか――そんな考えが頭を掠める。
だが、次の瞬間。
「……大尉」
小川が言った。
声は震えていない。
「まだ、終わってません。……僕ら、レッドキグナスです」
「……そうだっけ」
富田が笑った。片腕のないまま。
「ここで終わるほど、俺ら器用じゃねぇっけね」
「バカヤベー。……囲まれたなら、ぶっ壊して出るだけっしょ」
雁部が歯を見せる。
「……はい」
真里奈が短く返す。
恐怖はある。だが目は閉じない。
「紗栄、泣くなよ」
涼介が言うと、
「泣いてない! ……泣いてないもん!」
紗栄が叫んだ。叫びながら、声が揺れる。
大友が、静かに言う。
「……ねえ、みんな。帰ろう。絶対。帰って……また、笑おう」
その一言が、胸に刺さった。
涼介は、ゆっくり息を吸う。
「……よし」
壱型丙の長刀を握り直す。
目の前の黒い壁を見据える。
「――全機、構えろ」
その声に、9つの機体が、同時に武器を上げた。
そして、BETAの波が――
こちらへ、押し寄せてくる。
絶望は、もう目の前にある。
だが、レッドキグナス中隊は、まだ折れていない。