Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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第百五十一話 帰る

「よし、隊形確認」

涼介は切り替える。

「A小隊が前で引き剥がす。B小隊は中核。小川、真里奈、江上さんで穴を埋めろ。C小隊は後ろ。富田、紗栄、大友姐さん、火線切らすな。撤退路を“道”に変えるぞ」

 

「了解!」

 

9つの声が重なる。

――レッドキグナス中隊、9機。

それに江上を加え計10機が“影”として寄り添う。だが主軸はあくまでキグナス。無駄死にする気はない。自分たちが殿だ。ここで折れたら、撤退していく友軍が背中から食われる。

 

涼介は壱型丙を前に出す。

跳躍ユニットが呻き、砂塵が舞う。視界の先には、黒い波がうねっていた。

 

地表を覆う戦車級、要撃級、突撃級の群れ。

その中に要撃級の腕が、槍の森のように突き出している。

 

「来るぞ……!」

 

松原の声。

次の瞬間、要撃級が地面を抉って飛び出し、不知火の進路に前肢を叩きつけた。

 

「チビ兄、左!」

紗栄の叫び。

 

「見えてる!」

涼介は長刀を抜き、真っ直ぐ踏み込む。

突撃。直進。

壱型丙の刀が振り下ろされ、要撃級の前肢が切断される。だが一体斬った程度では終わらない。次が来る。次が――次が。

 

「松松、右を掃除!」

涼介が短く指示。

 

「了解、僕が釣ります!」

松原が前に出て要撃級の視線を引き、松本がその背後に回り込む。

 

「えいっ!」

松本の長刀が、要撃級の背を割った。

一瞬の連携。迷いがない。練度が違う。

 

「バカヤベー……松松コンビ、相変わらずだな!」

雁部が笑いながら、突撃砲を連射する。

36mmの曳光が線になり、戦車級の群れを“削る”。削っても削っても湧く。湧くからこそ、削り続ける。

 

「C小隊、火線維持してください! 撤退路に穴をあけて!」

小川の声が重なる。B小隊指揮に入ったことで、全体の呼吸が整う。

 

「真里奈、前に出すぎるな。三歩前で止めろ。そこで撃て」

小川の指示は具体的だ。

 

「……はい!」

真里奈が噛み締めるように返す。

昔のように、焦って突っ込まない。

喰らいつく、ではなく――“役割を守って喰らいつく”。

 

「江上さん、右に戦車級が密集。散らしてください」

小川が言う。

 

「任せとき。……ほら、散れ散れ!」

江上の不知火が36mmを薙ぎ、群れの密度を崩す。

散った群れに、富田の120mmが叩き込まれる。

 

「まとめて吹っ飛べぇぇぇ!!」

富田が吠えた。

爆炎が撤退路の一角を空ける。

 

「富田中尉、左腕ないのに元気すぎですよ」

大友が苦笑いで言う。

 

「片腕でも撃てるっけ! ……大友さん、転ぶなよ!」

富田が返す。

冗談のような会話。だが、これは互いの恐怖を殺すための“儀式”だ。

 

「転ばないよ! さっき転んだのは――」

大友が言いかけた瞬間、地面が盛り上がる。

 

「地中反応! 前方20!」

真里奈が叫ぶ。

 

突撃級の装甲殻が土を割って現れ、撤退路へ“楔”のように突っ込んできた。

重い。硬い。止められない。

 

「紗栄!」

涼介が叫ぶ。

 

「了解っ!」

紗栄の支援突撃砲が火を噴く。

一点集中。装甲の継ぎ目へ――。

 

突撃級がよろめいた。完全には止まらない。だがその瞬間の“遅れ”が命を救う。

 

「大友姐さん、回れ! Bの後ろ、穴埋め!」

涼介が怒鳴る。

 

「了解!」

大友が機体を滑らせ、B小隊の背後へ入る。

CとBを繋ぐ“縫い針”が、隊列を崩させない。

 

撤退――という言葉のわりに、彼らは後ろを向きながらも、戦っている。

戦って、押し返して、退く。

退いて、押し返して、また退く。

 

一進一退。

だが、その“退き方”が、ただの敗走ではない。

撤退路を守るための戦いだ。

 

「……大尉、友軍が追い付いてきます」

葵の声が割り込む。

「後退ライン、予定より三分遅延。しかし許容範囲です」

 

「よし……!」

涼介は歯を食いしばる。

三分。三分あれば救える。三分あれば死ぬ。

 

視界の端に、撤退していく友軍機が見えた。

傷だらけの陽炎、脚を引きずる激震。

それらが“生きて”走っている。

それだけで、殿をやる意味はある。

 

だが――黒い波は、止まらない。

 

「……来すぎだろ」

雁部が呟く。笑えない声。

 

「地中侵攻、増えてます」

松原が言う。

「……追撃じゃない。増援が“流れてきてる”」

 

撤退路を塞ぐように、地中から新たな群れが湧く。

狙っている。

BETAは退路を理解しているかのように、退路へ群れを流し込んでくる。

 

「小川! 前、詰まり始めた!」

涼介が叫ぶ。

 

「分かってます。……全機、右へ300。地形の窪地を使って流します」

小川が即座に答えた。

 

「窪地……?」

真里奈が息を呑む。

 

「壁を作るんだ。死骸も地形も、全部使う」

小川は淡々と、しかし狂気じみた冷静さで言った。

「大尉、前を斬って。富田中尉はそこに爆圧。雁部、散らして。松松は受け止めて返す。大友さん、穴埋め続行。紗栄、突撃級の脚を落とす」

 

「――了解!!」

 

全員が動く。

疲労は限界を超えている。

だが“考える”ことだけは止めない。止めた瞬間、死ぬ。

 

爆炎が上がり、死骸が積み上がり、撤退路が“壁”に変わる。

戦車級の群れが壁に詰まり、密度が上がる。

そこへ36mmと120mmが叩き込まれる。

削る。削る。削る。

そして退く。

 

「……なんとか、抜けるよ!」

松本が叫んだ。

視界の先、窪地の出口が見える。

あと数百。

あと数百――で撤退ラインに届く。

 

その時。

 

地面が、沈んだ。

 

「――ッ!?」

 

一瞬の無音。

次の瞬間、窪地の出口側から、要撃級が“壁”のように立ち上がった。

一体ではない。

二体、三体――。

 

「……包囲……?」

真里奈の声が震える。

 

さらに背後。

さっきまで壁になっていた死骸の山が、下から崩れる。

突撃級が掘り返し、群れが“回り込む”。

 

「おいおい……マジかよ」

雁部が息を呑む。

 

「……やられた」

小川が短く吐いた。

最悪の形。

退路を読まれ、窪地に誘導され、出口を塞がれた。

 

涼介は壱型丙を止めた。

止めたくない。止めたら死ぬ。

だが、目の前は黒い壁。左右も黒い波。背後も黒い海。

 

撤退路が、消えた。

 

「……テメェら」

 

涼介の声が低く落ちる。

全員が息を殺す。

笑いは消え、軽口も消え、ただ機体の警告音だけが鳴っている。

 

「囲まれた、な」

 

誰も否定できない。

否定するには、目の前の現実があまりに重い。

 

要撃級が前肢を広げる。

戦車級が地面を埋める。

突撃級が“匂い”を追い、無数のBETAがうごめく。

数は――数えられない。

 

涼介はふと、胸の奥が冷たくなるのを感じた。

佐渡。兄貴。帰る場所。守りたいもの。

全部、ここで終わるのか――そんな考えが頭を掠める。

 

だが、次の瞬間。

 

「……大尉」

小川が言った。

声は震えていない。

「まだ、終わってません。……僕ら、レッドキグナスです」

 

「……そうだっけ」

富田が笑った。片腕のないまま。

「ここで終わるほど、俺ら器用じゃねぇっけね」

 

「バカヤベー。……囲まれたなら、ぶっ壊して出るだけっしょ」

雁部が歯を見せる。

 

「……はい」

真里奈が短く返す。

恐怖はある。だが目は閉じない。

 

「紗栄、泣くなよ」

涼介が言うと、

 

「泣いてない! ……泣いてないもん!」

紗栄が叫んだ。叫びながら、声が揺れる。

 

大友が、静かに言う。

「……ねえ、みんな。帰ろう。絶対。帰って……また、笑おう」

 

その一言が、胸に刺さった。

涼介は、ゆっくり息を吸う。

 

「……よし」

 

壱型丙の長刀を握り直す。

目の前の黒い壁を見据える。

 

「――全機、構えろ」

 

その声に、9つの機体が、同時に武器を上げた。

 

そして、BETAの波が――

こちらへ、押し寄せてくる。

 

絶望は、もう目の前にある。

だが、レッドキグナス中隊は、まだ折れていない。

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