Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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第百五十二話 兄貴

黒い壁が、動いた。

 

要撃級の前肢が地面を叩き割り、戦車級の群れが押し寄せる。

視界を埋め尽くす数、匂い、振動。

逃げ場はない。退路は潰され、背後も側面も“敵”で埋まっていた。

 

「……来るぞ!」

 

涼介の声に、九機の不知火が一斉に踏み込む。

殿――最後尾。

だが、もう“後ろ”という概念はなかった。

 

「松原、左! 松本、右を抉れ!」

「了解!」

「えいっ!」

 

松松コンビが同時に跳ぶ。

一機が要撃級の注意を引き、もう一機が側面から切り裂く。

だが、倒しても倒しても、次が来る。

 

「雁部! 押し返せ!」

「バカヤベー! 数が多すぎるっつーの!」

 

36mmが唸り、曳光が走る。

戦車級が弾け、闘士級が吹き飛ぶ。

だが、BETAは“数”で押してくる。

 

「C小隊、火線維持! 穴を作るな!」

小川の声が全体を束ねる。

冷静だが、余裕はない。

 

その時だった。

 

「……っ! 富田中尉!」

 

大友の叫び。

富田の不知火が一瞬、沈んだ。

 

「富田中尉が!」

紗栄が声を上げる。

 

地面に転がるBETAの死骸。

そこに脚を取られ、体勢を崩した瞬間――要撃級の前肢が振り下ろされた。

 

「くっ――!」

 

衝撃。

鈍い音。

富田の不知火が吹き飛び、地面を転がる。

 

「富田中尉!」

真里奈が叫ぶ。

 

「……っつぅ……やってくれるっけね……」

 

通信が繋がる。

富田は生きていた。

だが、警告音が鳴り止まない。

 

「右脚、いかれたっけ……動き、半分も出ねぇ……」

 

「無理すんな! 後ろに下がれ!」

涼介が叫ぶ。

 

「まだ撃てるっけ!」

富田が吠える。

片腕、片脚。

それでも砲身を向け、引き金を引く。

 

「……この人、ほんとに化け物ですね……」

小川が呟く。

 

だが、その奮戦も長くは続かない。

BETAの波は、確実に距離を詰めていた。

 

涼介は一瞬、視界の端で紗栄を見る。

必死に、歯を食いしばって撃ち続ける姿。

泣いていない。だが、限界が近い。

 

 

涼介は、全体通信とは別のチャンネルを開いた。

秘匿回線。

 

「……小川」

 

「はい?」

即答。

だが声は苛立ちを隠していない。

 

「このクソ忙しい時になんですか?」

 

「いいから聞け」

 

一瞬の沈黙。

 

「……死んでも紗栄を守れ」

 

短く、重い言葉。

 

「……は?」

小川の声が低くなる。

 

「それが“兄貴”としての条件だ」

涼介は続けた。

「俺は気付いてる。お前があいつをどう思ってるか」

 

沈黙。

銃声と爆音だけが、回線の向こうで鳴る。

 

「……随分、勝手ですね」

 

「勝手でいい」

涼介は笑った。

「だから――」

 

一拍置いて、叫ぶ。

 

「俺を兄貴と呼べ!」

 

「……はぁ!?」

 

「兄貴になれば俺は無敵だ!」

訳のわからないことを、真顔で言う。

 

沈黙。

次の瞬間、小川が小さく笑った。

 

「……わかりましたよ」

 

不敵な笑みを含んだ声。

 

「兄貴」

 

その一言で、涼介の胸が熱くなる。

 

「よし」

涼介は頷いた。

「頼んだぞ」

 

秘匿回線を切る。

 

次の瞬間、全体通信を開く。

 

「――全機聞け!」

 

声が、戦場を裂く。

 

「顔上げろ!視野を広く持て!“死ぬ気で生きろ”!」

 

一瞬の間。

 

「B小隊、動き回って道作れ! C小隊は富田を中心に火線集中! A小隊の野郎どもは俺に続け!」

 

「了解、兄貴!」

小川が即座に返す。

 

一瞬、全員が固まった。

 

「……兄貴?」

雁部が聞き返す。

 

「え? 兄貴?」

松本がきょとんとする。

 

「おぉ、そういう事!」

大友だけが一瞬で理解し、テンションを上げる。

「なるほどねー!」

 

「……?」

紗栄はポカンとしたまま、撃ち続ける。

 

その瞬間だった。

 

涼介が、前に出た。

 

今まで以上に、無茶な動き。

突っ込む。

斬る。

跳ぶ。

受ける。

返す。

 

その動きは――隼人に似ていた。

 

「……保科大尉?……」

 

誰かが、そう呟いた。

 

涼介は止まらない。

止まれない。

 

「来いよ……オラ!」

吠えながら、要撃級の前肢を斬り落とす。

そのまま踏み込み、次を斬る。

 

だが、限界は確実に来ていた。

 

警告音。

弾数低下。

推進剤残量、危険域。

 

「兄貴! 左!」

小川の声。

 

涼介が振り向く。

――遅い。

 

要撃級の前肢が、視界を埋める。

 

その瞬間。

 

轟音。

 

視界の端で、青い閃光が走った。

 

要撃級が、真横から吹き飛ぶ。

 

次の瞬間、戦場の空気が“変わった”。

 

重く、鋭く、圧倒的な殺気。

 

「……来た」

 

松原が呟く。

 

地平線の向こうから、青が来る。

 

青い武御雷。

将軍仕様。

 

その動きは、今まで見てきたどの戦術機とも違った。

 

速い。

正確。

無駄がない。

 

一振りで要撃級を断ち、

一斉射で戦車級を薙ぐ。

 

「近衛第16大隊、展開!」

重厚な声が通信に響く。

 

「殿、ご苦労であった」

 

青い武御雷の隊長機が前に出る。

 

「ここからは、我々が引き受ける」

 

赤、白、黒の武御雷が続き、周囲のBETAが、文字通り“蹴散らされていく”。

 

「……すげぇ……」

雁部が呟く。

 

「桁が違いますね……」

小川が息を吐く。

 

戦場は、一気に“整理”されていった。

 

「レッドキグナス中隊」

青い武御雷の指揮官が言う。

「よく持ち堪えた。誇れ」

 

涼介は、深く息を吐いた。

 

「……援護感謝する」

 

「帰投する」

指揮官が続ける。

「共に来い」

 

「了解……」

 

9機の不知火が、ゆっくりと武器を下ろす。

 

戦いは、終わっていない。

だが――ここは、生きて帰れる。

 

涼介は一瞬、佐渡の地を見る。

 

(……まだ、終わらせねぇ)

 

兄貴として。

衛士として。

 

レッドキグナス中隊は、近衛第16大隊と共に、帰還路へと向かった。

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