Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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第百五十三話 帰還 ――そして、光

近衛第16大隊の青い武御雷を先頭に、部隊は七浦沖の戦術機母艦へ向かっていた。

空は異様なまでに静かで、先程までの砲声や悲鳴が嘘のようだった。

 

戦術機母艦群が浮かぶ海域が、視界に入る。

 

「……見えた」

 

涼介の呟きに、誰も返事をしない。

皆、黙っていた。

 

傷だらけの不知火。

弾数は心許なく、推進剤も限界。

それでも――全機、飛んでいる。

 

「レッドキグナス各機、順次着艦準備に入れ」

 

母艦からの誘導が入る。

 

「了解……」

 

涼介は短く返し、機体を降下させる。

脚部を伸ばし、甲板に着艦した瞬間――

張り詰めていた何かが、少しだけ緩んだ。

 

「……帰ってきた」

 

誰かが、そう呟いた。

 

次々と着艦する不知火。

最後に、青い武御雷が旋回し近衛の母艦へ進路を変える。

 

「よく戦った」

 

近衛の指揮官が一言だけ残し、通信を切った。

 

格納庫に入った瞬間、

涼介は操縦桿から手を離し、深く背もたれに沈んだ。

 

――生きてる。

 

それだけで、今は十分だった。

 

「兄貴」

 

小川の声が入る。

 

「……なんだよ」

 

「約束、守りますから」

 

涼介は一瞬黙り、ふっと笑った。

 

「当たり前だろ」

 

その直後だった。

 

全艦共通通信が開く。

 

『――各員、傾注』

 

葵の声。

だが、いつもの淡々とした調子とは違う。

 

『A-02……凄乃皇弐型のコアユニット、回収完了を確認』

 

一瞬、空気が震えた。

 

『……ただし、機体の再起動は不可能と判断されました』

 

誰かが、息を呑む音。

 

『これより、プランGを最終段階へ移行します』

 

涼介は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……来るか」

 

『爆破まで、120秒』

 

格納庫内がざわめく。

誰もが、理解していた。

 

佐渡が――消える。

 

「……紗栄」

 

涼介は、私用回線を開く。

 

「チビ兄……?」

 

モニターに映る紗栄の顔は、煤と汗で汚れていた。

 

「見るか?」

 

短い問い。

 

紗栄は、一瞬だけ視線を伏せ――

そして、頷いた。

 

「……見る」

 

「逃げてもいいぞ」

 

「やだ」

 

即答だった。

 

「最後まで見る。紗栄達の生まれた島だもん」

 

涼介は、何も言えなかった。

ただ、隣に並ぶように機体を向ける。

 

格納庫の大型スクリーンに、佐渡島が映し出される。

 

崩壊したハイヴ。

抉られた地形。

それでも、まだ“島”はそこにあった。

 

『60秒』

 

誰かが、拳を握る。

 

『30秒』

 

富田が、黙って腕を組む。

大友は、目を閉じて手を合わせている。

松本は珍しく静かで、松原は歯を噛み締めていた。

真里奈は、ただ画面を見つめている。

 

『10……9……』

 

涼介は、紗栄を見る。

 

「……チビ兄」

 

「なんだ」

 

「佐渡、きれいだね」

 

あまりにも、残酷な言葉だった。

 

『3……2……』

 

「……チビ兄」

 

紗栄の声が震える。

 

「帰る場所、なくなってもさ」

 

『1』

 

「それでも――」

 

閃光。

 

言葉が、世界から消えた。

 

音が、遅れて来る。

 

海が盛り上がり、

地面が“膨れ上がり”、

次の瞬間――

 

佐渡島が、閃光に包まれ爆ぜた。

 

白と黒の光が、全てを飲み込む。

巨大な衝撃波が海を押し広げ、

空が裂ける。

 

誰も、声を出せなかった。

 

「……」

 

涼介は、歯を食いしばる。

 

(兄貴……)

 

記憶が、溢れ出す。

 

隼人と勝負した光景。

いつも遊んでいた公園。

佐渡の海。

夜の風。

家族の笑い声。

 

全部――光に消えた。

 

紗栄の肩が、震えている。

 

「……チビ兄……」

 

涼介は、何も言わず、ただ回線を繋いだままにした。

 

涙は、出なかった。

代わりに、胸の奥が焼けるように痛む。

 

『……爆破、完了』

 

葵の声が、震えていた。

 

『現時刻を待って甲21号作戦……主要目標、達成』

 

その言葉が、

あまりにも重く、虚しく響いた。

 

「……終わったな」

 

涼介が、ぽつりと呟く。

 

「……うん」

 

紗栄が答える。

 

「でもさ」

 

涼介は、ゆっくりと拳を握った。

 

「俺たち、生きてる」

 

紗栄は、涙を拭いながら頷く。

 

「……生きてる」

 

「だったら」

 

涼介は、前を見る。

 

「ここで終わりじゃねぇ」

 

兄貴として。

衛士として。

生き残った者として。

 

「次は――守る番だ」

 

画面の向こうで、佐渡のあった場所は、

ただ静かな海になっていた。

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