Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
桜花作戦終結から、一ヶ月。
長岡基地の冬は相変わらず冷え込みが厳しく、乾いた空気が肺の奥まで突き刺さるようだった。
だが、その寒さにもどこか懐かしさを覚えるほど、彼らは生き延びて戻ってきていた。
基地の片隅、使い古された喫煙所。
壁に貼られた注意書きは煤で黄ばみ、灰皿は相変わらず溢れ気味だ。
「……やっぱ、ここが一番落ち着くっけね」
そう言って紫煙を吐いたのは富田だった。
包帯こそ外れたものの、腕の可動域はまだ万全ではなく、寒さのせいか時折顔をしかめている。
「富田中尉は医務室に戻れって何回言えば気が済むんですか」
小川が呆れたように言いながらも、自分も煙草に火をつける。
「いいじゃねぇか。生きて戻ってきた祝いみてぇなもんだろ」
「祝いにしては煙草臭すぎるでしょ」
雁部が笑いながら割って入る。
「バカヤベーよ、でもまぁ……わかるっしょ。
戦場から帰ってきて、まずここに来ちまうのは」
涼介は何も言わず、黙って煙草を吸っていた。
紫煙の向こうに見える空は、皮肉なほどに澄み切っている。
甲21号作戦。
桜花作戦。
あまりにも多くのものを失い、あまりにも多くのものを背負った。
それでも――生きている。
「なぁ鍋島」
富田が、ぽつりと声をかける。
「俺たち、しっかり生き残ってるっけね」
「……ああ」
短い返事。
だが、その一言に詰まった感情は、全員が理解していた。
⸻
その夜、食堂。
長岡基地に残る、レッドキグナス中隊の全員が揃っていた。
欠けた席もある。二度と埋まらない席もある。
だが、今夜だけは――生きて帰ってきた者たちが、同じ釜の飯を食う。
笑い声は大きく、料理はやけに豪勢だった。
「だからその時、雁部がよ!」
「いやいや、あれはナベさんが無茶したからだろ!」
「ちょ、松本!それ盛ってない!?」
「盛ってないよ〜事実だよ〜」
いつものやり取り。
いつもの空気。
だが、涼介は、どこか上の空だった。
箸を置き、ゆっくりと立ち上がる。
「……なぁ、みんな」
一瞬で、空気が変わる。
「話がある」
その一言で、全員が察した。
⸻
「俺は――」
涼介は、一人ひとりの顔を見渡す。
「レッドキグナス中隊を離れる。
帝国近衛軍に行く」
一瞬の静寂。
そして、ざわめき。
「……は?」
「ちょ、チビ兄?」
紗栄の声が震える。
「兄貴の夢だった。近衛軍は」
涼介は続ける。
「八雲作戦で見た強さ。
甲21号作戦の最後に、俺たちを救った“あの強さ”。
……俺は、まだ足りねぇ」
拳を握る。
「もっと守れる力が欲しい。
だから、近衛で――鍛え直す」
紗栄の目に、涙が溜まる。
「……チビ兄、いなくなっちゃうの?」
「居なくなるわけねぇだろ」
涼介は、真っ直ぐ妹を見る。
「強くなる為に、俺は進む」
紗栄は俯き、しばらく黙った後、小さく頷いた。
「……うん」
⸻
「陸」
涼介は小川を見据える。
「次の隊長はテメェだ。キグナスを頼む」
一瞬の沈黙。
「……兄貴」
小川は立ち上がり、真っ直ぐに返す。
「任せてください。
最強の部隊にしてみせます」
涼介は肩を叩く。
「約束忘れんなよ!頼んだぞ!」
「兄貴よりはよっぽど上手くやれますよ」
いつもの皮肉混じりに返し小川が拳を突き出す。
涼介も拳を突き出し、2人の拳がぶつかる。
⸻
「富田。大友姐さん」
「寂しくなるっけねぇ!」
富田が突然号泣し、涼介に抱きつく。
「どこ行っても兄弟だっけ!同じ釜の飯食った仲だっけ!」
「ちょ、富田中尉……ほらほら、泣かないの」
大友も目に涙を溜めながら、背中を叩く。
⸻
「ナベ大尉が行くなら、アタシも行こっかな〜」
松本が軽い調子で言う。
「バカ言うな」
涼介は苦笑しながら言う。
「松本。
お前が次のストームバンガード1だ」
「……うん!任せて〜」
「軽いんだよお前は」
「それが持ち味だろ」
松原がため息混じりにツッコミを入れるが、
松本の目は、確かに覚悟を帯びていた。
「松原」
「はい……」
「お前だけが頼りだ」
「……善処します」
⸻
「雁部」
涼介が言いかけた瞬間、
「言葉はいらねぇよナベさん」
雁部はサムズアップする。
「またどっかで一服付き合え」
ぶっきらぼうに一言だけ言うと食事をかっ込み始める雁部、その目には、確かに涙があった。
⸻
「鍋島大尉……」
真里奈が立ち上がる。
「もっと……学びたかったです」
「真里奈」
涼介は拳を突き出す。
「お前はもう立派なキグナスだ。誇れ」
真里奈は涙を浮かべながら拳をぶつけた。
「……忘れません」
⸻
「つーわけでよ」
涼介は、最後に言う。
「近衛に行っても、名前が聞こえてくる部隊でいろ。
レッドキグナス中隊は――最強であれ」
「了解!!」
九人の声が、揃った。
⸻
鍋島涼介の、レッドキグナス中隊での戦いは、ここで幕を閉じる。
だが、戦争は終わっていない。
彼らも、彼も、これからも戦い続けるだろう。
人類の勝利まで。
赤い白鳥は、空を渡る。
次の戦場へ向かって。