Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
医務室の天井は、やけに白かった。
「……以上が診断結果です」
医官の声は淡々としている。
だが、その内容は富田にとって十分すぎるほど重かった。
「左肩から上腕にかけての神経損傷が残っています。
日常動作には問題ありませんが、戦術機の高G機動――特に近接戦闘は、
再発のリスクが高い」
「……つまり?」
「前線衛士としての復帰は、現実的ではありません」
富田は、しばらく黙っていた。
怒りも、悲しみも、驚きもない。
ただ、「あぁ、そうか」と思っただけだった。
「……わかったっけ」
短く答えると、医官は少しだけ安堵した顔をした。
「教導部への転属を勧められています。
あなたの戦歴と判断力なら、教官として――」
「……考えとくっけ」
医務室を出た富田は、廊下の壁にもたれかかった。
腕は、まだ重い。
不知火の操縦桿を握る感覚は、もう戻らない。
「俺、終わったっけね……」
自嘲気味に笑った、その時だった。
「終わってないでしょ」
振り向くと、そこに大友が立っていた。
腕を組み、いつもの調子でこちらを見ている。
「……聞いてたんかい」
「医務室の前で立ち聞きする趣味はないよ。
でも、顔見りゃわかる」
大友は、富田の横に並んで壁にもたれる。
「……悔しい?」
「そりゃ悔しいっけ。
まだやれたつもりだったし」
「でも、無理して死なれるよりはいい」
きっぱりと言い切る声。
富田は、少し驚いて大友を見る。
「大友さん……」
「生き残ったんでしょ。
なら、生き方を変えるだけ」
大友は、ふっと笑った。
「それにさ。
あんた、教官向いてるよ」
「……俺が?」
「そう。
口は悪いけど、後ろはちゃんと見てた。
ああいう人、教える側に回ると強い」
富田は、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと呟く。
「……キグナス、離れるのは寂しいっけね」
「うん」
大友は否定しない。
「でも、あの子たちの“帰れる場所”になるのも、
立派な役目だよ」
その言葉に、富田の胸が詰まった。
⸻
数日後。
レッドキグナス中隊の簡単な集会が開かれた。
形式ばったものではない。
ただの「報告」だ。
富田は、一歩前に出る。
「……俺、教導部に行くっけ」
一瞬、空気が止まる。
「負傷の影響で、前線は無理になった。
だから――ここまでだっけ」
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
最初に口を開いたのは、雁部だった。
「……あーあ。
また一人、減っちゃうじゃねぇか」
軽い口調だが、声は震えている。
「ごめんな。
最後まで一緒に居たかったっけ」
富田は、視線を落とし、ぐっと歯を食いしばる。
「……でもよ」
顔を上げる。
「お前らが前線で生き残るのを、
後ろから支えるっけ。
それも、キグナスだと思うっけ」
視線が、小川に向く。
「小川」
「……はい」
「お前ならちゃんと隊長として隊を引っ張っていけるっけね」
富田は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「判断を迷う時もあるだろうけど、
独りで抱え込むな。
周りを使え」
そして、ちらりと紗栄を見る。
「特に……
前を向いて突っ走る奴がいる時ほどな」
紗栄は、少し驚いたように目を瞬かせる。
小川は、その視線の意味を理解したのか、
わずかに息を呑んだ。
「……はい。
必ず、守ります」
富田は、満足そうに頷いた。
「それでいいっけ」
最後に、ぐるりと全員を見る。
「俺はここで降りるけど、
キグナスの一員であることは変わらないっけ」
声が、少し震える。
「……みんな、生きて帰れよ」
堪えきれず、涙が一筋落ちた。
その瞬間、大友が前に出て、
富田の肩を軽く叩いた。
「行ってきな」
それだけだった。
富田は深く一礼し、背を向ける。
扉の前で、少しだけ立ち止まり、振り返る。
「……ありがとな」
そして、レッドキグナスを去っていった。
⸻
その後。
小川は、格納庫の片隅で一人考え込んでいた。
「……後ろから支える、か」
その隣に、いつの間にか紗栄が立っている。
「富田中尉……
なんか、ズルいよね」
「え?」
「ちゃんと“次”を見つけてる」
小川は、少し考えてから答える。
「……俺たちも、見つけないとな」
紗栄は、少しだけ微笑んだ。
「うん。
一緒に、ね」
その言葉に、小川は一瞬言葉を失い、
それから小さく頷いた。
――レッドキグナスは、変わっていく。
だが、想いは確かに引き継がれていく。
前線を降りた者も、
残った者も。
それぞれの「その後」を、生きていくのだ。