Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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The Day After ――大友 美香

夜の格納庫は、昼間とは別の顔をしている。

 

人の気配は少なく、

整備灯の白い光が戦術機の影を床に長く引き延ばしていた。

 

大友美香は、

使われなくなった一機の不知火の前に立っていた。

 

富田の機体だった。

 

損傷の激しい機体は既に予備部品扱いとなり、

再配備の予定もない。

 

「……行っちゃったね」

 

誰に言うでもなく、そう呟く。

 

前線から教導部へ。

“生き残ったからこその別れ”。

 

頭ではわかっている。

正しい選択だとも思う。

 

それでも――

胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたままだった。

 

「……寂しいのは、ズルいよ」

 

自分に言い聞かせるように、苦笑する。

 

その時、足音がした。

 

「大友少尉、こんな時間にどうしたんですか」

 

振り返ると、そこにいたのは小川だった。

資料端末を抱え、少し疲れた顔をしている。

 

「眠れなくてね。

 そっちは?」

 

「俺も似たようなものです」

 

二人は並んで、機体を見上げる。

 

「富田中尉の……」

 

「うん」

 

大友は頷いた。

 

「強かったね。

 あの人」

 

「はい」

 

小川は短く答える。

 

「前に出る人じゃなかった。

 でも、後ろは絶対に崩さなかった」

 

その言葉に、大友は小さく笑う。

 

「ほんと、それ」

 

しばらく沈黙が続く。

 

「……小川」

 

「はい」

 

「あなた、背負い込むタイプでしょ」

 

唐突な言葉。

 

小川は一瞬言葉に詰まる。

 

「……否定はしません」

 

「だと思った」

 

大友は腕を組む。

 

「富田がいなくなって、

 涼介もいなくなった」

 

視線を落とし、続ける。

 

「これからは、

 あなたが“真ん中”に立つ」

 

小川は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……怖いですよ」

 

「うん」

 

大友は即答した。

 

「怖くない方がおかしい」

 

そのまま、小川を見る。

 

「でもね。

 あなた一人じゃない」

 

視線が、格納庫の奥――

訓練を終えて戻ってくる紗栄の姿を捉える。

 

小川も、それに気づいた。

 

「……紗栄」

 

「気づいてるでしょ?」

 

大友の声は、柔らかい。

 

「彼女、あんたの背中、よく見てる」

 

小川は、言葉を失う。

 

「支える側ってのはね」

 

大友は、少しだけ声を落とす。

 

「前に出ることじゃない。

 倒れそうな時に、

 “そこに居る”こと」

 

その言葉は、富田が残したものと重なった。

 

「……はい」

 

小川は、深く頷いた。

 

 

翌日。

 

訓練後の休憩スペース。

 

紗栄は工具箱を脇に抱え、

大友の隣に腰を下ろした。

 

「大友さん」

 

「なに?」

 

「……富田中尉、元気かな」

 

「きっとね」

 

即答だった。

 

「泣きながら教官やってるんじゃない?」

 

「……ありそう」

 

二人は、少しだけ笑った。

 

「ねぇ、紗栄」

 

「はい?」

 

「涼介がいなくなって、怖い?」

 

紗栄は、少し考えてから答える。

 

「……怖いです」

 

「うん」

 

「でも、

 立ち止まる方が、もっと怖い」

 

大友は、その答えに満足そうに頷いた。

 

「それでいい」

 

しばらくして、紗栄はぽつりと言った。

 

「小川中……あっ小川大尉

 最近、ちょっと無理してませんか」

 

大友は、にやりと笑う。

 

「さぁ?

 どうだろうね」

 

「……気になります」

 

「なら、見てあげな」

 

大友は、優しく言った。

 

「キグナスはね、

 誰か一人が引っ張る部隊じゃない」

 

少し間を置いて、続ける。

 

「支え合う部隊」

 

紗栄は、静かに頷いた。

 

 

夜。

 

大友は、自室で装備を整えながら、

富田から届いた短いメッセージを読み返していた。

 

《教官室、意外と居心地いいっけ》

《そっちは頼んだっけね》

 

「……ほんと、ズルい人」

 

小さく笑い、画面を閉じる。

 

鏡の前で、自分の顔を見る。

 

泣いてもいない。

笑ってもいない。

 

それでいい。

 

「私は、ここに残る」

 

そう呟き、立ち上がる。

 

前に出る人を、

後ろから押すために。

 

迷う人の隣に、

黙って立つために。

 

それが――

大友美香という衛士の戦い方なのだから。

 

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