Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
長岡基地の朝は、戦場よりも静かだった。
それでも真里奈にとって、この静けさは落ち着くものではない。
格納庫の奥、照明がまだ半分しか点いていない通路で、白鳥真里奈は不知火の脚部を見上げていた。
冷えた装甲に手を当てると、昨夜の戦闘の感触がまだ残っている気がする。
――また、後ろにいた。
そう思った瞬間、胸の奥がわずかに痛んだ。
「……またか」
誰に聞かせるでもなく呟く。
昨日も、その前の日も、真里奈はB小隊の位置からA小隊の背中を見ていた。
小川の指示に従い、討ち漏らしを掃討し、危険が迫れば下がる。
正しい。
理性的で、確実で、生き残るための配置だ。
それでも。
「……それじゃ、姉さんも、鍋島大尉も……」
真里奈は言葉を切った。
真凜の背中。
そして、涼介の、あの無茶なまでに前へ出る姿。
命を賭けるように突撃し、それでも部隊を押し上げていった姿が、脳裏から離れない。
――私は、まだ後ろにいる。
その時、背後から足音がした。
「こんな時間から格納庫? 珍しいね」
振り向くと、そこには紗栄がいた。
眠そうな顔で、だがどこかいつもより落ち着いた表情をしている。
「目が覚めちゃって……」
真里奈は正直に答えた。
「そっか。私も」
二人は並んで不知火を見上げる。
一時期なら、沈黙が気まずかったかもしれない。
だが今は、不思議と落ち着く。
「ね、真里奈」
「はい」
「……前に出たいって、思ってる?」
その一言で、胸の奥を見透かされた気がした。
真里奈は一瞬だけ視線を伏せ、それからゆっくりと頷いた。
「……はい」
紗栄は驚かなかった。
ただ、少しだけ息を吸ってから言う。
「そっか。A小隊?」
「……はい」
はっきり答えた瞬間、心臓が強く打った。
怖くないわけがない。
前に出るということは、死に近づくということだ。
それでも。
「私、ずっと誰かの背中を見てきました。姉さんの……鍋島大尉の……」
真里奈は拳を握る。
「でも、超えたいんです。
同じ場所に立たないと、超えられないって思って……」
紗栄はしばらく何も言わなかった。
それから、少しだけ笑った。
「……チビ兄、聞いたらきっと無茶だって言うよ」
「言いますね、絶対」
二人は小さく笑った。
「でもさ」
紗栄は続ける。
「チビ兄は……涼介は、逃げなかった人だよ。
怖いのに、前に出るのをやめなかった」
その言葉に、真里奈は強く頷いた。
「だから……私も、逃げません」
その日の午後、編成の再確認が行われた。
小川が端末を操作しながら、各小隊の配置を読み上げる。
「……以上が暫定配置です」
一瞬の間。
その空気を破ったのは、真里奈だった。
「小川大尉」
「ん?」
「私を……A小隊に配置してください」
その場の空気が、わずかに揺れた。
雁部が目を丸くし、大友が「おっ?」と声を上げる。
松原は無言で真里奈を見つめ、松本は「マジ?」と呟いた。
小川は、すぐには答えなかった。
「理由は?」
「前に出たいからです」
「……それだけ?」
「はい」
真里奈は一歩前に出る。
「私はまだ未熟です。
でも、後ろにいても、姉さんも……鍋島大尉も、超えられません」
小川は、しばらく真里奈の目を見ていた。
逃げていない。
強がってもいない。
「……危険だぞ」
「承知しています」
「死ぬかもしれない」
「……はい」
それでも、目は揺れなかった。
小川は小さく息を吐き、端末を操作する。
「仮配置だ。
次の訓練で判断する」
真里奈の胸が、熱くなった。
「ありがとうございます!」
「勘違いするな」
小川は淡々と言う。
「守られる前衛はいらない。
守れる前衛だけだ」
「……はい!」
その夜、真里奈は不知火のコックピットに座り、静かに目を閉じた。
怖い。
それでも、足は前を向いている。
「……白鳥真里奈」
自分の名前を、口に出して呼ぶ。
姉の妹ではない。
誰かの背中を追うだけの存在でもない。
「私は、前に出る」
その決意はまだ小さい。
だが、確かに芽吹いていた。
――そしてその一歩が、
彼女を“本当のキグナス”へと変えていくことになる。