Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
訓練用の模擬戦エリアは、戦場よりも静かだった。
だが白鳥真里奈にとって、その静けさはむしろ重かった。
「A小隊、前進準備」
通信に小川の声が流れる。
淡々としているが、どこか意図的に距離を取っているようにも聞こえた。
――試されてる。
そう思った瞬間、背筋が伸びる。
真里奈の不知火は、A小隊の最後尾ではなく、先頭から三番目に配置されていた。
前に出す。
だが、いきなり先頭は任せない。
それが小川の判断だった。
「真里奈、聞こえてるな」
「はい!」
「今日は訓練だ。だが“訓練だから”という言い訳は通用しない」
「承知しています!」
返事と同時に、真里奈は操縦桿を強く握る。
手のひらに汗がにじむ。
前方には模擬BETA役の無人機群。
数は少ないが、動きは実戦データを反映した厄介なものだ。
「行くぜぇ!」
雁部の声と同時に、A小隊が前進する。
跳躍ユニットの噴射音が重なり、地面が震えた。
――前に出る景色。
今まで何度も見てきた。
姉の背中。
涼介の背中。
雁部の豪快な突撃。
松原の冷静な位置取り。
松本の無茶な機動。
それらが、今は視界の中ではなく、自分の内側にある。
「左から来る!」
真里奈は叫ぶと同時に機体を滑らせた。
36mmを短く、無駄なく撃つ。
撃破確認。
――早い。
自分でも驚くほど、判断が迷わない。
今まで後ろから見てきた動きが、身体に染みついている。
「真里奈、前出すぎるな!」
「了解!」
引く。
だが引きすぎない。
涼介がよくやっていた“半歩だけ引く”位置。
次の瞬間、別方向から模擬要撃級が現れる。
「右、挟まれる!」
松原の声。
真里奈は考えなかった。
反射的に跳躍し、敵の進路に割り込む。
「私が引きつけます!」
「無茶すんな!」
雁部の怒号。
だがもう遅い。
模擬要撃級の前肢が迫る。
一瞬、死の感覚が脳裏をよぎる。
――違う。
目を閉じない。
松原の声が、過去の記憶と重なる。
「戦場で目を閉じるな」
真里奈は、真正面から受けず、半身でかわした。
完全回避ではない。
だが、致命傷ではない。
その隙を、松本が突く。
「ナイス〜!」
撃破。
無人機が沈黙する。
訓練場に、わずかな静寂が落ちた。
「……真里奈」
小川の声が、少し低くなる。
「今の判断、説明しろ」
「はい!」
真里奈は息を整えながら答える。
「正面で受けたら、後続が巻き込まれると思いました。
完全回避は無理でも、進路をずらせば時間は稼げると判断しました」
「誰の動きだ?」
一瞬だけ、迷う。
「……鍋島大尉です」
通信の向こうで、誰かが小さく息を吸う音がした。
「……続けろ」
訓練はその後も続いた。
小さなミスはあった。
被弾もした。
だが、致命的な破綻は一度もなかった。
最後の模擬敵を撃破した瞬間、小川が短く告げる。
「訓練終了」
不知火が静止し、真里奈は深く息を吐いた。
全身が震えている。
「白鳥真里奈」
「はい!」
「前に出る資格はある、今後はA小隊で突撃前衛だ」
その一言に、胸が熱くなる。
「ただし」
小川は続ける。
「前に出続けるには、もっと強くなれ。
守る覚悟と、退く勇気、両方だ」
「……はい!」
通信が切れる。
雁部が、横に並んできた。
「正直言うとな」
「……はい」
「最初は無理だと思ってた」
心臓が跳ねる。
「でも、今のは“前に出る奴の目”だったぜ」
それだけ言って、雁部は離れていった。
「これからお隣さんだね〜よろしく〜」
松本が嬉しそうにクネクネしていた。
松原は短く頷くだけだった。
だが、それで十分だった。
格納庫へ戻る途中、真里奈はふと立ち止まる。
――前に立った。
まだ不安はある。
まだ怖い。
それでも。
「……一歩、追いついたかな」
誰に聞かせるでもなく、呟いた。
その背中は、もう誰かを追うだけのものではなかった。