Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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The Day Afterーー鍋島涼介

帝都近衛軍基地から少し離れた医療区画の一室。

夜明け前の空気は冷たく、窓の外はまだ薄暗い。

 

涼介は、椅子に深く腰を下ろしたまま、

しばらく動けずにいた。

 

膝の上で組んだ手が、微かに震えている。

 

(……俺が?)

 

何度も何度も、自分に問いかける。

 

戦場では考えなかったこと。

いや、考えないようにしていたこと。

 

――父親。

 

要塞級の前に立つより、

レーザー照射の警告音を聞くより、

今のほうが、よほど心臓に悪い。

 

扉の向こうから、かすかな産声が聞こえた瞬間、

涼介の背筋が強張る。

 

(……生きてる)

 

それがまず、真っ先に浮かんだ感想だった。

 

医療スタッフに促され、部屋へ入る。

そこには、疲れ切った顔で、それでも穏やかに微笑む葵と、

腕の中に、小さな命がいた。

 

「……」

 

言葉が出ない。

 

葵が、静かに言う。

 

「泣いてもいいですよ」

 

その一言で、堪えていたものが崩れた。

 

涼介は、嗚咽を噛み殺すように顔を伏せる。

戦場で、仲間を失った時ですら流さなかった涙が、

止めどなく溢れてくる。

 

「……ごめん」

 

絞り出すような声。

 

「何に対してですか?」

 

葵が問い返す。

 

「……全部だ」

 

無茶をしたこと。

帰れないかもしれないと思わせたこと。

それでも、信じさせてしまったこと。

 

葵は、首を横に振る。

 

「あなたは、帰ってきました」

 

それが、すべてだと。

 

涼介は、そっと赤子を覗き込む。

 

小さな手。

小さな胸の上下。

確かな生命。

 

「……守る」

 

自然と、そう呟いていた。

 

もう、誰かの背中を追うだけの男じゃない。

守る理由が、ここにある。

 

父親になるということは、

強くなる理由を、未来に持つということだった。

 

鍋島涼介は、父親になった。

それは彼がこれまでに得た、どんな勲章よりも重かった。

 

 

近衛で生きる、という選択

 

数週間後。

涼介は、帝国近衛軍の黒い軍服に袖を通していた。

 

肩章も、階級章も、以前より重く感じる。

それでも、迷いはなかった。

 

葵は、その姿を少し離れた場所から見ている。

 

「……似合ってます」

 

そう言うと、涼介は照れたように頭を掻いた。

 

「正直、怖ぇよ」

 

戦場が、ではない。

 

近衛という場所で、

自分がどこまで通用するのか。

家族を背負ったまま、どこまで行けるのか。

 

葵は、一歩前に出る。

 

「怖くていいんです」

 

そして、涼介の胸に手を置く。

 

「あなたは、もう一人で戦っていません」

 

その言葉は、

どんな命令よりも、

どんな叱責よりも、重かった。

 

格納庫。

黒い武御雷が静かに佇んでいる。

 

涼介は、それを見上げながら、ふと思う。

 

(俺は、まだ戦う)

 

だがそれは、

死に場所を探すためではない。

 

帰る場所があるからこそ、

生き延びるために戦う。

 

そこへ、聞き覚えのある声。

 

「相変わらず、面倒そうな顔しておるな」

 

振り向けば、

かつて戦場を共にし、今は上官となった男が立っていた。

 

渡凌牙。

 

「父親になったもんでね」

 

「それはめでたいな!これで死ねぬ理由がまた1つ増えたな」

 

短い会話。

それだけで、十分だった。

 

戦場は続く。

だが、涼介の戦い方は、確実に変わっていた。

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