Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
――1998年8月15日、午後。
東山の稜線が濃い灰色の煙に隠れ、洛中の街並みが炎と瓦礫に沈んでいた。千年の都は、無数のBETAの足音に蹂躙されている。
サマートライアングル大隊、最後の一団が伏見周辺で抵抗線を張っていた。
「くそっ……完全に包囲されたぞ!支援砲撃はもう期待できねぇ!」
激震のコックピット内、涼介の声が震える。目の前には、川を越えてなだれ込む突撃級の群れ。赤黒い体躯が夕陽に染まり、まるで炎そのもののようだった。
「兄貴!そっちはどうだ!」通信チャンネルに叫ぶと、保科中尉――いや、今や臨時のキグナス中隊長の声が返る。
『伏見ルートは閉鎖された。だが西山越えのルートがまだある。残存部隊は全力で脱出に移れ!芹澤も安藤もいねぇ。もう時間がねえんだ……!』
真凜大尉の戦死から数時間。まともな整備も補給もないまま、再び出撃し続けたレッドキグナスは、もはや半壊状態だった。
C小隊の芹澤を皮切りに全滅、B小隊の白田と中原。先ほど南の伏見稜線で全滅が確認されたイエローライラ中隊。ブルーイーグル中隊も壊滅的な損害を被っていた。
「江上さん!、そっちの損害は!?」
「お前に心配されるタマじゃねぇ……が、こりゃもうダメかもしれん」
もはや涼介たち残された衛士たちは、仲間というより戦友だった。
敵の波は、断続的に、しかし確実に押し寄せる。突撃級、戦車級、要撃級。無限に湧いてくるかのように京都盆地を埋め尽くし、味方の陣形を食い破ってゆく。
それでも、涼介は思う。真凜大尉なら、ここでも諦めなかっただろうと。
「江上さん、突破しましょう。……真凜大尉が命をかけて俺たちを生かした。その意味、無駄にしたくない」
短く「……ああ」と返す江上。
それが合図だった。
――午後16時13分、サマートライアングル大隊の残存兵力は、京都防衛戦の最終撤退命令を受けた。
レッドキグナス中隊を中心に、ブルーイーグルの数機と整備員、指揮車両らも混じった残存戦力。10機以下となった戦術機と、数十名の兵士たちが、西山回廊ルートを通って退路を開いた。
「跳躍ユニット、推進剤残量20%……あとは走りで逃げ切るしかねぇな」
涼介の顔に、汗が滲む。コックピット内の酸素も薄い。
背後では、崩れゆく街並みの中、BETAの群れが引き裂かれた瓦礫の道を埋め尽くしながら追ってくる。もう空は赤くなっていた。
「……京都、落ちるな」
誰かの呟きが通信に乗った。誰も否定しなかった。
最後尾を務めていた江上が、機体の半身を盾にして瓦礫を抑えながら無言で援護を続ける。
「もうすぐだ……耐えろ……!」
中継基地まであと数十キロ。道中、残された補給地点も遮蔽施設もない。だが、この地獄を生き延びることが、真凜大尉の想いを継ぐことなのだと、涼介は知っていた。
そして、我武者羅に駆け抜け、時に戦いだだ後退した――数日後、レッドキグナス中隊は長岡基地に帰還する。
両脚を引きずりながらも動く激震、弾痕にまみれた装甲、そして荒れ果てた表情の衛士たち。
その中で、白鳥真凜大尉の不在はあまりにも大きかった。
涼介は誰よりも静かに、しかし強い眼差しで、整備デッキに降り立った。
その瞳に宿っていたのは、初陣の震えでも、喪失の哀しみでもなかった。
それは、「これから」を背負う覚悟だった。