Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
鍋島涼介はこの日、机の上に置かれた志願書をじっと見つめて唸っていた。
名前、生年月日、出身地──そこまでは問題ない。
問題は、その下。志願理由の欄だ。
「……正直に書くか、カッコつけるか……だな、ん〜わからん!」
隼人がいなくなってからもう既に半年が過ぎていた。
春の港で見送ったあの日を思い出すたびに、胸がざらつく。
佐渡に残った自分は、ただの“子ども”だった。
中等教育を受けながらも、心ここにあらずの毎日。
気づけば何をしていても、思考のどこかに“あの背中”が焼きついて離れない。
兄貴のやつは、今どこで戦ってるんだろう。
どんな敵と、どんな仲間と、どんな顔で戦ってるんだろうか。
──だったら、見に行けばいい迷う必要はない。
気づいたら、そう思っていた。
「お前らが戦わなくて済むように」なんて言葉は、ちゃんちゃらおかしい。
そんなの、誰が頼んだよ。
「……勝手に“守る側”に回るなよ、兄貴……」
涼介の目が、志願書の空白を埋めていく。
理由の欄には、こう書いた。
>『俺は負けてない。ただ、まだ勝ってないだけだ』
そして、こう締めくくった。
>『兄貴に追いつくために、俺も絶対に衛士になる』
ボールペンのインクが乾くのを待ちながら、涼介はふぅと息を吐いた。
これで、自分も“あっち側”に行ける。
玄関から「チビ兄!早く降りて来ないとごはん冷めるよー!」と妹の声が飛ぶ。
鍋島紗栄──涼介の妹。明るくて、元気で、泣き虫で、ちょっと子どもっぽい。
彼女を置いて行くのは、ちょっとだけ胸が痛んだ。
だけど、行くしかなかった。
このままじゃ、自分は一生“あの背中”に届かない。
⸻
出発の日、港にはいつもの朝の風が吹いていた。
大きな荷物を肩に背負いながら、涼介は船を見上げる。
数ヶ月前、あの甲板に隼人が立っていたのを思い出す。
「今度は、俺が行く番だ」
振り返ると、紗栄が目に涙を溜めながらも笑っていた。
頑張って笑おうとしてるのが、逆に泣けた。
「……隼人兄とケンカすんなよ」
「ケンカじゃねぇよ。勝負しにいくんだ」
「……チビ兄、絶対帰っきてよ」
「もちろんだ」
涼介は軽く拳を突き出す。
紗栄がそれに拳を合わせると、心の中にぽっと灯がともる。
今はまだ、届かない背中。
けど、追いついてやる。何百戦かかろうが、絶対に──
「500戦くらいするまでには勝てんだろ!付き合ってもらうぜ!兄貴!」
船が岸を離れる。
佐渡島が少しずつ遠ざかっていく中、涼介の目は、ただまっすぐ前を見ていた。