Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
長岡基地の夜は静かだった。格納庫にうなる補助電源の音だけが、闇の中に響いている。誰もが明日の作戦に向け、わずかな休息を求めていた。
一角の喫煙所には、いつもの顔ぶれが集っていた。
「……初陣の時ってさ、夜眠れたか?」
静かに煙を吐きながら、富田宏明中尉がぽつりと問う。
「覚えてねぇな。気付いたら朝になってて、そのまま出撃してた」
そう返すのは、鍋島涼介中尉。煙草をくわえながらも、眉間に深くしわを寄せていた。
「初陣の話なら、俺は緊張でゲロっちゃって。待機中に中でやらかして……地獄でした」
笑うように言ったのは、小川陸少尉。だがその目は、ふと暗い底を覗かせる。
「……俺も、初陣は滝本に背中を押されて出た。今思えば、あれがあったから今もここにいる」
誰よりも穏やかに語ったのは保科隼人大尉。煙草を咥えたまま、視線は遠くの夜空を見ていた。
涼介は黙っていた。
妹・紗栄の初陣──それが、明日だ。
言葉にできない緊張が、胸の奥で膨らみ続けていた。
そのころ、紗栄の部屋では静かに時が流れていた。
紗栄は机の前で手帳を開いていた。今日の訓練記録と、装備チェックのメモ。ペンを握る手が、かすかに震えている。
そんな彼女の隣に座ったのは、コマンドポスト担当の青島葵中尉だった。
「鍋島少尉、緊張されているのですね」
「……はい。すみません、隠せてませんね」
「いいえ。隠す必要もないと思います。初めての実戦なのですから、怖くて当然です」
青島の声は柔らかく、けれど芯がある。
「……青島中尉は、怖くなかったんですか?」
「怖かったですよ。今でも怖いです。私はCP《コマンドポスト》なので前線には出ませんが、私の指示で誰かが帰ってこられないかもしれない。」
紗栄は目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。
「チビ兄が……いえ、鍋島中尉がいるから、平気なフリしてました。でも、正直怖いです。震えが止まりません」
「大丈夫です。震えるのは、生きたい証拠です。……それに、貴女は一人ではありません」
「……ありがとうございます」
ほんのわずかに、紗栄の頬が緩んだ。
PXでは、新入りの柊直樹少尉がC小隊の前園や大友と談笑していた。
「いやあ、なんだか妙に静かですね。出撃前夜って、こんなもんですか?」
「……むしろ、騒がしい方が落ち着かない」
前園が短く答えた。
「俺なんか、何回出撃しても寝れませんよ。なのに富田中尉は高いびきで……」
「それは……寝るふりかもね」
「え、そうなんですか?」
大友の言葉に、柊が驚いて目を丸くする。
「明日死ぬかもしれない。……だから、目を閉じてでも眠る。あの人は、そういう人だ」
誰もがそれぞれの夜を過ごす中。
涼介は喫煙所から戻る足を止め、作戦配置図の前で立ち尽くしていた。
その背後から、紗栄がそっと声をかけた。
「……チビ兄」
「紗栄……寝ろよ、もうすぐ消灯だ」
「チビ兄こそ。……緊張してるんでしょ」
「してねぇよ。俺が震えてどうすんだよ……!」
声を荒げて、だがその眼差しは切実だった。
「ま、ここで紗栄に会えてよかったわ」
「……私も」
ほんの少し、照れくさそうに言って、紗栄は一歩引いた。
「鍋島中尉。公私混同は控えてください」
「お、おう……って、まだ言うかそれ」
「軍人ですから」
それでもその口元には、微笑みが浮かんでいた。
そして──夜は更ける。
誰にも明日は分からない。だが、皆の心には確かなものがあった。
仲間と共に生き延びる。
それだけを信じて。
レッドキグナス中隊、出撃を前に──ただ静かに、夜が更けていく。