Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
――1999年 秋・最前線敦賀基地 作戦前夜 ブリーフィングルーム
薄暗いブリーフィングルームに、緊張した空気が漂っていた。ホログラフで投影された出雲地方の地形図と、BETAの集積ポイントとみられるルートが赤い線で浮かび上がる。
「これより、“八雲作戦”の作戦概要を説明する」
前方に立つのは、帝国近衛軍作戦参謀の月打雷賀中佐。無駄のない口調が、耳に冷たく響く。
「本作戦は、2000年春に予定されている”出雲奪還作戦”に向けた前哨戦であり、BETAの中規模集積を間引くことを主目的とする帝国近衛軍、帝国本土防衛軍、帝国陸軍の三軍による合同作戦である。対象地域は島根県・出雲市を中心とした山間部――」
レッドキグナス中隊の面々は前列のブロックにまとまって座っている。
最前列で中佐の説明を真剣な眼差しで聴くのは、中隊長・保科隼人大尉。彼の隣で地図に視線を落とすのは鍋島涼介中尉。手元のノートに殴り書きする勢いでメモを取りながらも、時折、後列を気にする素振りを見せていた。
その後方、初陣となる鍋島紗栄少尉は、背筋を正し、資料に目を落としながらも硬い表情を隠せずにいる。隣に座るのは教育係の大友美香少尉で、そっと小声で言葉を掛けた。
「緊張してるの、紗栄ちゃん?」
「……はい。でも、ちゃんとやります」
絞り出すような返答ながら、瞳に揺るぎはなかった。
前園少尉はそのやり取りを無言で横目に見ていたが、ふと視線を逸らしてスクリーンに集中する。富田中尉の隣には小川少尉と岸本少尉。この2人は言葉少なに全体を見守る姿勢を崩さない。
「本作戦では、帝国本土防衛軍および近衛軍との合同運用となる。貴官らレッドキグナス中隊には、第2波制圧部隊として後方からの制圧および掃討任務を担当してもらう。敵戦力は最大級の要塞級を含む推定師団規模。だ、油断すれば即死だ。気を引き締めてかかれ」
「了解ッ!」
重く響く声で答えるのは保科。直後、各小隊長――鍋島、富田もそれに続き、各小隊員が声を揃える。
その後、近衛軍側の部隊長が挨拶を始めたが、涼介はふと振り返り、後列にいる妹――紗栄の姿を見つめる。あの泣き虫だった少女が、今では不知火に乗って命を預ける軍人になっている。そのことが、涼介の胸に複雑な感情を呼び起こしていた。
ブリーフィング後、全員が退室を始める中、保科が涼介の肩を軽く叩く。
「……紗栄の初陣だな。だけど大丈夫だ、あいつはやれる」
「……チビの頃から知ってんだろ、兄貴。あんな奴が戦場に立つなんて、ちっとも想像できなかったさ……」
「それでも立ってる。それだけで十分だ。お前が騒げば、かえって紗栄の足を引っ張る」
涼介は黙って頷いたが、視線の先にはやはり紗栄の後ろ姿があった。
その頃、紗栄はひとりでモニター前に立ち、再投影された戦域マップを見つめていた。
「……見ていてくださいますか、あの時助けてくれた名前も知らない衛士さん……今度は、私が誰かを守れるように……」
誰に語るでもなく呟かれたその言葉を、背後から静かに聞いていたのは、コマンドポスト担当・青島葵中尉だった。
「鍋島少尉。緊張されているのですね」
「……あっ、青島中尉。はい、でも、大丈夫です。失敗はできませんから」
「初陣で完璧を目指す必要はありませんよ。……ご自身を見失わなければ、きっと乗り越えられます……それに仲間もいます。」
「……ありがとうございます。青島中尉こそ、あの……不安ではないですか?」
「私の仕事は、皆さんが無事に戻ってこられるように戦域の管制をすることです。信じています。鍋島少尉を含め、みなさんの力を」
紗栄は目を見開き、深く頷いた。
「……はいっ!」
こうして――
出撃の時は、刻一刻と迫っていた。
新生レッドキグナス中隊。
その一員として、鍋島紗栄の初陣が、今まさに幕を開けようとしていた。