Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
―出撃―
朝靄が消えきらぬ敦賀基地のカタパルトに、レッドキグナス中隊の不知火が整列していた。帝国本土防衛軍と近衛軍の各部隊が周囲で最終点検を行う中、青島葵中尉が作戦指令を読み上げていた。
「……以上が、我がレッドキグナス中隊の初動任務です。主攻部隊である近衛第24連隊の突入に合わせ、我々は西側斜面より第7波形群に斜行、掃討殲滅を実施――繰り返します」
沈着冷静な声が戦術ネットに響く。隊員たちはそれぞれのコックピットで、淡々と最終チェックを進めていたが、各機から流れる呼吸音は一様に荒く、緊張が空気を支配していた。
「なあ鍋島の、いつもだけど作戦の前は……胃が痛いっけ」
「……ああ、俺もだよ、富田」
涼介は喉を鳴らして一息ついた。戦術画面に映る友軍機群の多さ――これが日本帝国軍全体の一大作戦であることを実感させた。
「ふぅ……なあ青島中尉」
「はい?」
ふと、通信ラインの先にいる青島の声を聞いて、涼介はふと笑った。
「今日無事に帰ってきたら、さ。一緒に食事でも……行こうぜ」
一瞬だけ、通信の向こうが静かになった。
「そうですね。では考えておきます。中尉がご無事でしたら、ですが」
「おっと、そりゃ厳しいな。じゃあ、死ねねぇなこりゃ」
「みなさんが無事で帰還されるよう、私も祈っています」
涼介はそれを聞き、口元を引き締めた。「じゃあ、いってくる」と短く返し、戦術画面を切る。緊張に息が詰まりそうな戦場でも、このやりとりだけは、どこか日常を思い出させるものだった。
一方その頃、C小隊の紗栄はコクピットの中で、震える指先を握りしめていた。機体の冷たい内部が、心まで冷たくしていく気がした。
「小さい鍋島、深呼吸しろっけ。吸って、吐いて……よし」
富田中尉のいつもの焼津訛りが落ち着いた響きで届く。紗栄はそれに従い、ぎこちなく呼吸を整えた。
「緊張して当然だ。だが、お前の役目は制圧と支援だ。焦るな。まずは――“死の8分”を超えることだけ考えるだよ」
“衛士の初陣平均生存時間――8分”。
誰もが知っている忌まわしい数字。それは、戦術機乗りとして最も過酷な現実であり、初陣の者に重くのしかかる呪いだ。
「はい……!」
その隣では、柊直樹も無言のまま首を縦に振っていた。表情は冷静に見えるが、指先の微かな震えが彼の内心を物語っている。
「行くぞ、レッドキグナス!作戦開始だ!」
保科の号令とともに、中隊は一斉に跳躍ユニットを吹かし、戦術エリアに突入していく。広がるのは黄土色の荒野。既に本土防衛軍と近衛の先行部隊が交戦を開始していた。濛々とした砂塵の中、BETAの群れが蠢き、咆哮を上げる。
「A小隊、前進!総員、抜刀ッ!」
涼介の号令に、松原、松本、柊が追随する。不知火の長刀が閃き、第一波の要撃級へ切り込む。
「B小隊、展開開始!スプレッド陣形!小川、岸本、有村、援護に入れ!」
「了解ッ!」
「こっちは任せろ!」
小川の機体が即座に反応し、迫る戦車級に射撃を叩き込んだ。迷いのない判断――どこかで必ず仲間が背中を預けてくると信じている者の動きだった。
「C小隊、前方丘陵に制圧ラインを展開!小さい鍋島、配置につけ!」
「っ、了解!」
緊張が喉を締め付ける。だが、機体は動く。指が、足が、身体が、訓練で叩き込んだ通りに戦術機を操る。
時刻は――投入から7分48秒。
「あと……少し……!」
彼女の視界に、突撃級の巨体が迫る。だがその時、横合いから前園の機体が一閃し、敵影を弾き飛ばした。
「……生きろよ、少尉」
前園の低い声に、紗栄は喉が詰まりそうになりながらも頷いた。
時刻――投入から9分24秒。
“死の8分”を、超えた。