Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
訓練校での日々は、過酷な中にも確かな絆が芽生える時間だった。
朝五時の起床ラッパと共に飛び起き、布団を畳む暇もなく点呼列へと駆け込む。風呂は10分、食事は10分、掃除は15分。規律と効率こそが命と叩き込まれ、やがて候補生たちはそれが当たり前となっていく。
「おい涼介、早くしねぇと今日の味噌汁がなくなるぞ!」
食堂の列で振り返ると、坊主頭の池田裕平がどんぶり片手に声を上げた。
「なに!? あの給仕係の子に盛ってもらわなきゃ意味ねぇんだよ!」
涼介は列の隙間を縫うように走り、目当ての窓口へと駆け込んだ。そこには柔らかな笑顔の給仕係、岩城優子の姿がある。細身の身体に似合わず、重い鍋を軽々と持ち上げる様子に、涼介も裕平も一目惚れしていた。
「おはようございます、岩城さん!」
「おはよう。今日も頑張ってね」
笑顔に照れていると、横から裕平が肩をどつく。
「おいおい、俺のほうが早かっただろ?」
「それはお前の脚が短いからだ!」
無意味な言い合いに、岩城はくすりと笑う。それだけで、どんな疲れも吹き飛ぶような気がした。
そんな他愛ない毎日の中でも、訓練は一切手を緩めない。特に実戦形式の模擬戦では、班編成ごとの成果が数値で毎日晒される。成績が悪ければ班ごと連帯責任で特別訓練だ。
ある日、鍋島班は訓練成績が最低評価を記録し、夜間の追加訓練を命じられた。責任者の班長となった涼介は、必死に仲間を集めて戦術確認を行っていた。
「俺が突っ込みすぎてるのはわかってる。でも俺を囮にして、歳刀と静で左右から包囲できれば、突破口は作れる!」
地面に描いた戦術図に、皆が前のめりになる。その中で歳刀慶は腕を組んだまま言った。
「……その囮が死んだらどうする?」
「死なねぇよ。だって俺はお前らに助けてもらうつもりで突っ込むからな!」
「バカかお前は」と静が呆れた声を上げるが、微かに笑っていた。彼女は相変わらず厳しく口うるさいが、鍋島班の中でも最も信頼される存在だった。
「……でもまぁ、そういうバカがいた方が、部隊ってのは動くもんかもな」
歳刀が呟くと、裕平が「お、珍しく認めたぞ」と肘でつついた。笑いが起きる。
鬼教官・井上勝の目の届かない夜の片隅で、彼らはようやく「仲間」としての形をつくりはじめていた。
夜遅く、訓練場の脇でクールダウンをしながら、涼介はぽつりと漏らした。
「……あのさ、兄貴もこうして訓練受けてたのかなって思うと、俺も頑張らなきゃって思うんだ」
「ふーん、偉いじゃん」
静が腕を組んだまま目を細める。「でもその割に、あんた全然勝ててないらしいじゃん? その兄貴分に」
「うっ……そ、それはその……い、いまのところ100戦0勝なだけで……!」
「それ、普通の人は“絶望”って言うんだけどな……」
歳刀が静かに笑い、裕平は腹を抱えて笑い転げた。
──汗と泥と笑い。
銃声も、爆音も、まだ本物ではない訓練校の中。それでも彼らは、確かに兵士としての輪郭を形作りはじめていた。