Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
長岡基地の空気は、敦賀とは違ってどこか乾いていた。重苦しい湿度と共にあった戦場の空気が嘘のように、ここではただ風が静かに通り抜けていく。
喫煙所の片隅。煙草の火をつけた保科が深く息を吸い込む。その横で涼介が壁にもたれながら煙を吐いた。
「……今日は煙草、うまくねぇな」
涼介がぼそりと呟く。富田と小川も黙って煙をくゆらせている。4人とも、言葉を選ぶように、静かだった。
「有村の奴、最後まで冷静だったよな」
保科が口を開いた。
「柊のことも気にしてたし……けど、間に合わなかった。俺たちは──また、仲間を守れなかった」
「……すいません、俺……助けられませんでした」
小川が唇を噛んだ。
「有村さんも、柊も……もっと、なんかできたはずなんですよ。俺たちが……俺が……」
「お前のせいじゃねぇよ、小川」
涼介が静かに言った。
「俺だって、柊の声……あんな必死なの、初めて聞いた。追いつけなかった。あいつ……死にたくてパニクったわけじゃねぇ。死にたくなかったから……」
「それでも俺たちは、生き残ったっけね」
富田の言葉は、どこか責めるようでもあり、ただの事実でもあった。
「生きたからには、やらなきゃなんねぇ。泣くのは今じゃない」
保科が煙草を足元で踏み消した。
「有村と柊の分まで、な。……お前らも、そう思ってるんだろ?」
「当たり前だ」
涼介が短く返した。小川も富田も、無言でうなずいた。
──
一方、A小隊の隊舎。机を挟んで松原と松本が向かい合っていた。
「……だから連携のタイミングを見直すべきだと思うんだよ」
松原が紙に戦術パターンを書きながら言うと、松本は首を傾げた。
「でも、なべ中尉が行ったら付いて行くのが早いよね?」
「……違う、だから今は鍋島中尉抜きの話を──いや、聞いてる?」
「うん。でもね、昨日見た夢の中でね、柊くんが『もうちょい間合い取ってくれ』って言ってた」
「柊は戦死してもういないし、それは夢の中の話だろ!?」
思わず突っ込みを入れる松原。
──相変わらず、噛み合わない。でも、それがこの分隊だった。
柊がいなくなった穴は大きい。だが、その穴を塞ごうとは思わない。ただ、前を見て歩くしかない。松原は静かに息をついた。
──
別室では岸本と前園がコーヒーを飲みながら会話していた。
「……有村がいなくなったのはデカいな……」
前園が力なく息を吐く。
「昔は喋んなくて、ちょっと変な奴って思ってたが、最近は……頼れるっていうか。……正直、まだ信じられねぇよ」
「俺もだ」
岸本の言葉に前園が答える。
「柊の奴……あんなに冷静だったのに。孤立しただけで、あんな……」
「誰だって、パニックにはなる。あの状況なら、俺だって同じだったかもな」
前園が淡々と語る。
「戦場は、何度踏んでも怖ぇ。自分だけじゃない、仲間が死ぬのが一番、怖ぇよ」
──
女子更衣室では、大友が紗栄の髪を乾かしていた。
「無理しなくていいのよ。泣きたいなら泣きなさい」
「……泣きませんよ」
紗栄は唇をかみしめていた。肩は細かく震えていたが、涙はこぼれなかった。
「同期だったもんね、柊。……ちゃんと受け止めなきゃ前には進めないぞ」
「わかってます。でも……悔しくて。怖くて……」
そのとき、青島が無表情で入ってきた。片腕にはまだ包帯が巻かれている。
「不安定な状態では、また誰かが命を落とします。今は、立ち止まる時ではありません」
その言葉に、紗栄も大友も背筋を正した。
「……青島中尉、強いですね」
「強くはありません。ただ、必要だからそうしているだけです」
淡々と答えた青島に、大友が少しだけ笑った。
「それでも、心配したんだぞ、あんたのこと」
「ありがとうございます。ですが私は、まだやることがありますので」
少し空気が落ち着いたところで、紗栄がぽつりとつぶやいた。
「そういえば……青島中尉って、チビ兄とはどうなんですか?」
「……なんでもありません」
「うわ、食い気味に否定した!」
「なんでもありません」
どこか口調に焦りが混じったように見えたのは気のせいだったか。
大友が笑い、紗栄もつられて笑う。青島は無表情のまま、ほんの一瞬だけ視線を落とした。
こうして日常に戻ったキグナス達はまた歩き出す。