Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
長岡基地に着任して一週間。
雁部雅史は、早くも中隊の空気にすっかり馴染んでいた。
「ナベさーん! 飯行きましょう飯ッ! 小川さん、岸本さんもっ!」
食堂へ向かう廊下で、遠慮という言葉を知らぬ大声が響く。涼介は呆れたように額を押さえた。
「ナベさんって呼ぶのやめろって言ってんだろ、バ雁部!」
「えぇ〜? でも松本も“ナベ中尉”って呼んでたっすよ?」
「アイツはアレでいいんだよ!お前はこっちの秩序を乱すな!」
後ろからついてくる松原が、こっそり小声で松本に話しかける。
「雁部少尉って、すごく……距離近いよね」
「うん。犬っぽいよね!人懐っこくて、でも強いっていうか。あたし、好きかも」
笑いながら話す松本の隣で、雁部は振り返りもしないまま涼介と談笑している。
どこか憎めないその態度は、隊の空気をわずかに柔らかくしていた。
雁部が国連軍から来たことは皆知っていたが、彼自身はそれを積極的に語ろうとはしなかった。だがある日、喫煙所での何気ない会話から、その片鱗が垣間見えた。
「“狂犬雁部”って、ホントに呼ばれてたのか?」富田が煙草を咥えたまま聞く。
「まぁ……言われてたっすね。でも自分じゃ自覚なかったっすよ。勝手に向こうが騒いでただけ」
雁部は煙を吐き出しながら、珍しく真面目な顔をしていた。
「国連軍じゃ、何かと“成果”が求められてて。お偉方の理屈じゃなくて、現場の感覚で動く俺は扱いづらかったらしくて。後は日米安保条約の一方的な破棄とか明星作戦の時のG弾とかでイラついてた時に、アメ公の上官がG弾のおかげで横浜のハイヴは消し飛んで良かったなんてのたうってたんでブッ飛ばしちゃって、更迭されて謹慎、出向扱いでここに来てって感じっすかね」
「なるほどねぇ結構複雑だっけね」と富田が唸ると、保科が穏やかに言った。
「お前の感覚は、うちじゃ武器になる。今はそれでいい」
「大尉……バカヤベーっすね、そういうとこ」
雁部は笑った。保科も、それに小さく頷いた。
一方、小林洋平はといえば、着任当初の硬さは未だに残っていた。
規律を守り、無駄口を叩かず、訓練でも作業でも一分の狂いもなくこなす。
誰もが“真面目だ”と認める、だがそれ以上に踏み込もうとする者はいなかった。
そんな中、ある日、装備チェックをしていた小林の元へ、保科が近づいた。
「小林、お前のチェックリスト、すごいな。中隊長の俺が使いたくなるくらいだ」
「ありがとうございます。本土防衛軍では、個人のミスは部隊の失点とみなされましたので」
「そうか……うちはもう少し雑かもしれないな。でも、気になる点があったら遠慮なく言ってくれ。お前が気づいたことで、誰かが助かるかもしれない」
「……承知しました、大尉」
小林は一礼しながらも、しばし保科の顔を見つめていた。
その視線には戸惑いが混じっていた。命令ではなく、信頼を前提とするその態度が、彼にはまだよくわからなかったのだ。
――数日後。
喫煙所。富田、涼介、小川、そして雁部が談笑する中、小林が偶然通りかかる。
「あ、小林少尉。休憩か?時間あるなら少し話さないか 」
富田が声をかけた。小林は一瞬立ち止まり、珍しく迷ったような顔を見せる。
「……失礼します」
ぎこちなく腰を下ろした小林に、雁部が軽く煙草の箱を差し出す。
「吸います?」
「いえ、嗜みません。……ですが、ありがとうございます」
雁部は笑って「カッチカチだなぁ〜」と小川にこっそり耳打ちし、また涼介に小突かれていた。
「……ふむ。面白い部隊です」
ぽつりと呟いた小林の言葉に、保科は遠くからそれとなく目を向けた。
その目には、何か確かめるような静かな光が宿っていた。