Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
冬になり、2000年も終わりを告げようとしていた。
長岡基地の朝は、寒さと静けさに包まれている。
整備区画では戦術機に霜がうっすらと付き、点検を終えた整備員たちが凍えながら手をこすっていた。
その一角、訓練区域へと続く渡り廊下で、鍋島紗栄は冬用のいつもより重たいコートの前をきゅっと握りしめていた。
「……寒い。雪、降るのかな」
「降っても文句言うなよー。砲撃手が手をかじかませたらシャレになんねーんだからな」
そう声をかけてきたのは雁部だった。
煙草は吸わずに手で遊んでいるのは、紗栄が過去に「火薬の匂いと混じるからやめてください」と言ったからかもしれない。
「雁部少尉、いちいち絡んでこないでください。邪魔です」
「おー、こわ。お兄ちゃん譲りの突っかかり方だなー。ま、そこが可愛いんだけど」
「うるさいです」
それだけ言い捨てて早足で訓練区画に入っていく紗栄に、雁部は悪びれもせず笑った。
けれど目の端には、確かな敬意が浮かんでいた。
雪がちらつく中、紗栄の足取りは、迷いなくまっすぐだった。
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模擬演習開始──今回の想定は山岳斜面を用いた防衛戦。
砲撃支援の位置取りと、敵の集中砲火を想定した回避パターンが肝となる。
「紗栄ちゃん、前に出すぎないで。ブラストの火線に入る」
「了解です、大友少尉」
C小隊の二機が丘陵部に陣取る。大友は防御支援、紗栄は中距離砲撃。
その背後では富田と前園が機体を低姿勢で構え、常に遮蔽物との距離を測っていた。
そんな中、紗栄のモニターに突如、A小隊からのの緊急通信が割り込んだ。
「おい!紗栄、そこは火線の交差点だぞ!ずれろ!」
涼介の声だ。いつの間にか松本とともに前線に回り込んでいたらしい。
「チビ兄が勝手に回り込んで来たんでしょ!?後方支援の射線くらい確認してください!」
「……最近生意気になってきやがって。」
涼介のぼやきに、大友がくすりと笑う。
「似てますよね?あのふたり?」
「まあ……ね。根っこはお互い直上型のおバカだからな、心配になるけど……ああやって支え合ってるっけね、あの兄妹」
富田が大友の呟きに答える。
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その後、演習終了後のブリーフィング。
「松本。何度言えばわかる?お前は機体制御は抜群だが、周囲との連携意識が希薄すぎる」
保科が呆れたように言うと、松本はポカンと首をかしげた。
「ホカ大尉。あたし、ちゃんと横見てましたよ?」
「見てるだけで動かなかったら意味ないんだよ……」
「えぇ……じゃあ見て、動いて、考えて、感じろって……めっちゃ忙しいじゃん」
「その忙しいのが戦場ですよ」
その横で、紗栄がポツリと呟いた。
その言葉に、保科が複雑な表情をする。
「その通りだな。紗栄、今日の配置は悪くなかった。だけど敵の分散状況を見て、もう一歩踏み込んでも良かった」
「はい。反省します」
珍しく素直な紗栄に、隣にいた雁部が耳打ちする。
「“反省します”なんて言えたんだ。」
「あとで機体の冷却材に砂糖でも混ぜておきますね」
「殺す気か」
軽口を叩きながら、どこか微笑ましい空気が広がる。
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その日の夕方、整備区画の片隅で、涼介が大友にコーヒー缶を差し出した。
「大友少尉。ありがとな。紗栄のこと、ずっと支えてくれててよ」
「……こっちこそ感謝してるよ。チビ兄がいてくれて良かったって、たまにぽろっと言ってたよ」
「マジか。いや、マジか」
「二回言ったね」
ふたりの笑いが、白い息に混じって空に昇っていく。
冷たい風が吹く中でも、温もりは確かにそこにあった。