Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

88 / 224
第七十九話 仙台の現状

涙が落ち着くと、涼介と紗栄は保科を伴い、改めて両親に敬礼して別れた。

テントを出ると、冷たい風が顔を撫でる。保科の任務はキャンプの視察だったため、三人はそのまま施設内を歩く。

だが、目に飛び込んできたのは現実の重さだった。

政府直属の帝国軍兵士が、難民に向かって怒鳴り散らし、力任せに押し倒す。食料配給の列を崩し、子どもからパンを奪い取る姿もあった。

一方、駐留国連軍兵士は酒瓶を片手に、女を抱き寄せ金を握らせている。物陰からはすすり泣く声、嫌がる女性の腕を引く影が見えた。

 

「……くそっ!」

涼介は拳を握り、今にも飛び出しそうになった。

しかし保科が腕を掴み、低い声で「やめろ」と制した。

「なんでだよ!」涼介が噛みつく。

「今はよせ」

その一言に、涼介は保科の目を見た。そこに宿る深い怒りと冷たい決意に、一瞬言葉を失う。

「……わかったよ」

涼介は渋々腕を引き、視察を続けた。

 

しかし、どこを見ても同じ光景が広がっていた。

疲れ切った人々、一部とはいえ、腐敗した兵士、無力な自分たち。

保科が震える声で言った。

「この光景、絶対忘れるな」

「忘れねぇよ……絶対忘れない」涼介と紗栄の声が重なる。

「ここにいる腐った軍人みたいには、絶対なるなよ」

保科の搾り出すような声が響く。

「こんなクソ共を守るために軍人になったわけじゃねぇけどな」

涼介が地面を蹴りつける。

「……私たちは、この人たちを守りたくて軍人になったんだから」

紗栄が呟く。

鍋島兄妹の瞳は、闇の中で鋭く光っていた。

 

「それならいい。俺は今日呼んでくれた本土防衛軍の大尉殿に挨拶してから行く。先にヘリポートへ向かってろ」

背を向け歩き出す保科。その背中に、涼介は一瞬、言葉にできない仄暗い恐怖を感じた。

 

保科の背中が、視界の中でゆっくりと遠ざかっていく。

その歩みは無駄がなく、だがどこか重く沈んでいた。靴底が砂混じりの地面を踏みしめるたび、乾いた音が耳に残る。

 

涼介は無意識に息を呑んだ。

――あの背中、知ってるはずなのに……なんだ、これ。

胸の奥に、氷の刃を押し当てられたような感覚が走った。背筋を伝う冷たいものと、言いようのないざわめきが、彼の心を掴んで離さない。

 

「……兄貴、なんか変だよな」

隣で紗栄も、わずかに眉をひそめていた。彼女の声はかすれており、風に流されるとほとんど聞き取れないほどだった。

「変っていうか……あれは……」

涼介は言葉を探すが、うまく見つからない。

「……怒ってる、だけじゃねぇ。もっと深い……」

二人は立ち止まり、保科の背中が視界から消えるまで見送った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。