Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達 作:NageT
涙が落ち着くと、涼介と紗栄は保科を伴い、改めて両親に敬礼して別れた。
テントを出ると、冷たい風が顔を撫でる。保科の任務はキャンプの視察だったため、三人はそのまま施設内を歩く。
だが、目に飛び込んできたのは現実の重さだった。
政府直属の帝国軍兵士が、難民に向かって怒鳴り散らし、力任せに押し倒す。食料配給の列を崩し、子どもからパンを奪い取る姿もあった。
一方、駐留国連軍兵士は酒瓶を片手に、女を抱き寄せ金を握らせている。物陰からはすすり泣く声、嫌がる女性の腕を引く影が見えた。
「……くそっ!」
涼介は拳を握り、今にも飛び出しそうになった。
しかし保科が腕を掴み、低い声で「やめろ」と制した。
「なんでだよ!」涼介が噛みつく。
「今はよせ」
その一言に、涼介は保科の目を見た。そこに宿る深い怒りと冷たい決意に、一瞬言葉を失う。
「……わかったよ」
涼介は渋々腕を引き、視察を続けた。
しかし、どこを見ても同じ光景が広がっていた。
疲れ切った人々、一部とはいえ、腐敗した兵士、無力な自分たち。
保科が震える声で言った。
「この光景、絶対忘れるな」
「忘れねぇよ……絶対忘れない」涼介と紗栄の声が重なる。
「ここにいる腐った軍人みたいには、絶対なるなよ」
保科の搾り出すような声が響く。
「こんなクソ共を守るために軍人になったわけじゃねぇけどな」
涼介が地面を蹴りつける。
「……私たちは、この人たちを守りたくて軍人になったんだから」
紗栄が呟く。
鍋島兄妹の瞳は、闇の中で鋭く光っていた。
「それならいい。俺は今日呼んでくれた本土防衛軍の大尉殿に挨拶してから行く。先にヘリポートへ向かってろ」
背を向け歩き出す保科。その背中に、涼介は一瞬、言葉にできない仄暗い恐怖を感じた。
保科の背中が、視界の中でゆっくりと遠ざかっていく。
その歩みは無駄がなく、だがどこか重く沈んでいた。靴底が砂混じりの地面を踏みしめるたび、乾いた音が耳に残る。
涼介は無意識に息を呑んだ。
――あの背中、知ってるはずなのに……なんだ、これ。
胸の奥に、氷の刃を押し当てられたような感覚が走った。背筋を伝う冷たいものと、言いようのないざわめきが、彼の心を掴んで離さない。
「……兄貴、なんか変だよな」
隣で紗栄も、わずかに眉をひそめていた。彼女の声はかすれており、風に流されるとほとんど聞き取れないほどだった。
「変っていうか……あれは……」
涼介は言葉を探すが、うまく見つからない。
「……怒ってる、だけじゃねぇ。もっと深い……」
二人は立ち止まり、保科の背中が視界から消えるまで見送った。