Muv-Luv Alternative:Red Cygnus 血染めの白鳥達   作:NageT

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第八十三話 隼人と涼介

 屋上から降りるコンクリートの階段は、どこか湿った冷たい空気を帯びていた。靴底が段差を踏むたび、硬質な反響が空虚に響く。保科隼人の胸の内には、幾重もの感情が絡まり、ほどける気配を見せなかった。

 確かに――この国を憂う気持ちはある。いや、それはずっと心の底に燃えていた炎のようなものだ。親父もお袋も、直接手を下されたわけではない。それでも、あの腐りきった政府の無策と無関心が二人を死へ追いやったのだと、隼人は信じて疑わなかった。

 

 テレビで見たことがある。歴史の本でも読んだ。

 皇武院殿下――征夷大将軍として、この国をまとめ上げた神々しいお姿。あの姿に憧れた少年時代の自分を、隼人は今でも鮮やかに覚えている。もしも涼介や紗栄がいなかったなら、迷わず近衛を目指していただろう。殿下のために剣を振るう未来を選んでいただろう。

その皇武院殿下を蔑ろにしている今の政府はやはり許せない。

 

 しかし――自分には、あいつらがいる。

 いつも危なっかしく、先頭で突っ込んでは死にかける、死と背中合わせの弟分・涼介。

 泣き虫で、だが芯の強い妹分・紗栄。1人っ子だった自分を本当の兄のように慕ってくれた、かけがえのない存在。軍人になってからは余計に心配が募った。

 ――俺が守らなきゃ。あいつらは、俺の残された家族だ。

 

 そんな思考の渦に飲まれながら、階段を降りきる。

 ふと、基地全体が妙な熱気に包まれていることに気づく。

 すれ違った他部隊の衛士に声をかけると、興奮気味に言った。

「大尉んとこの鍋島がPXで演説してたんですよ! それがもう熱いのなんのって!」

 さらに別の整備兵も笑顔で話しかけてくる。どうやら涼介が仙台で見た地獄を語り、仲間たちに「同じ悲劇を繰り返すな」と訴えたらしい。それは瞬く間に人を集め、即席の演説になったのだという。

 

 「……あいつがねぇ」

 隼人は口元を緩め、ぽつりと呟く。

 

 出会う人、出会う人が涼介の言葉に奮い立ち、力をもらったと誇らしげに言う。士気は確実に高まっていた。

 ――涼介も一端になったもんだな。

 弟が認められたような誇らしさと同時に、胸の奥に小さな寂しさが芽生える。

 もう、自分がいなくても紗栄の兄貴をちゃんとやれるかもしれないな……。

 

 そんなことを考えていると、ふいに廊下の向こうから涼介が現れた。

「兄貴……」

 少し頬を赤く染め、驚いた表情の涼介。その目はまだ熱気の残滓を宿して、わずかにギラついている。

 

「なんか演説したんだって聞いたぜ!」

 努めて軽く言うと、涼介は一気に言葉をまくし立てた。

「あぁ! 仙台みたいな場所を二度と作らねぇようにって、みんなで頑張ろうぜって言うだけだったんだが……気づいたら熱くなっちまってさ、話してたらいつの間にか人が集まっててよ!」

 

 興奮した様子の涼介に、隼人は笑いながら肩を叩いた。

「いいじゃねぇか。そういうお前の熱いとこ、昔から好きだぜ」

「ありがとよ、兄貴」

 屈託のない笑顔。佐渡にいた頃から、こいつは変わらない。

「軍人が締まりのない顔すんな」

 軽く頭を小突くと、「へへっ」と笑い、涼介は胸を張った。

「まぁ俺もやる時はやるんだぜ!」

 

 隼人の脳裏に、戦場の記憶が蘇る。

 地獄の京都戦。仲間を失い、自分が隊長となった日。

 明星作戦――G弾で滅びゆく横浜を並んで見たこと。

 出雲作戦――仲間の屍を越えて逃げ延びたこと。

 幾多の死地を共に駆け抜けたこのかつての少年は、もう立派な衛士だ。

 

 ――もう、お守りは必要ないかもな。

 

 そう思い、ふと口を開いた。

「なぁ涼介、じゃんけんしようぜ」

「はぁ? じゃんけん? 急にどうした?」

「そういやお前との勝負の始まりもじゃんけんだったなってな」

 

 理由は忘れた。ただ、あの時から自分は絶対に負けなかった。それが兄貴の意地だった。

「よく覚えてんなぁ……。でもいいぜ、やってやろうじゃん!」

「じゃーんけーん……ぽん!」

 

 二人の声が、熱気を帯びた基地の廊下に重なって響いた。

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